Another World

増田朋美

Another World

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今日はやっと冬らしい日がやってきたなあ、という感じの寒い日だった。もう冬なんてどこかへ行ってしまうのではないかと思われるほど、暖冬の日々が続いていたから、こういう日が、やってきてくれるという事は、かえってうれしいのではないかと思われる。

製鉄所では、相変わらず家に居場所をなくし、勉強したり、仕事したりするために、何人かの利用者が来訪していたが、みんな、あることを心配して、勉強がはかどらないでいた。製鉄所の建物内では、こんな会話が交わされていた。

「本当に、どうして食べないんだろうね。」

一人の男性利用者が鉛筆の動きを止めて、こういうことを言った。

「本当だ、何日食べなかったら、気が済むんだろうか。」

別の利用者もそういうことを言っている。

「もう勘定するのを忘れちゃったよ。水穂さん、本当にこれで食べなくなって、もう最期かも知れないぞ。」

最初の利用者は、もしかしたらあり得る話かもしれないことを言った。確かに、人間は、栄養がなければ、死んでしまうのは当たり前だ。だけど、それをどうして、敢えてしようとしているのか、に関しては、誰にも分らなかった。

「そんな事、言わないであげてよ。本人だって、そんな事はしたくない筈だよ。」

二番目の利用者はそういうことを言うが、なぜ、ご飯を食べようとしないのか、については本当に誰にも分らない問題であった。

「ほんじゃあ。どうするんだ。水穂さん何も食べないじゃないかよ。俺たちは、どうしたらいいんだよう!」

と、思わず声を上げてしまうほど、水穂さんが食事をしない時期が、ずっと続いていた。本当に、これでは、どうしたらいいのか、誰も答えを見つけられないのだった。もちろん、水穂さんが、食事をしないのも問題だが、食事をさせようとしている人物の事については、何も言われなかった。

利用者たちは、とりあえず、勉強や仕事に戻ったが、やっぱり水穂さんの事が心配で、うまくいかないというのが、正直なところであった。

その四畳半では。

「ほらあ、水穂さん。ご飯食べよう。今日も、シッカリご飯を食べよう。ね、ほら、食べよう。」

ブッチャーの姉有希が、一生懸命水穂さんにご飯を食べさせようとしているが、水穂さんは、ご飯を要らないと顔をそむけてしまうのだった。

「このままだと、何も食べないで、どんどん体が弱ってしまうわよ。それでは、いけないでしょう。ほら、食べて。」

有希は、もう一度、お匙を水穂さんの顔の前に近づけたのであるが、水穂さんは、顔を反対の方へ向けて、どうしてもお匙をくちにしようとしないのである。

「どうしたらいいのかしら。もうこれで、三日以上、ご飯を食べてないことになるわ。ほら、人間は、一日で食べたエネルギーを使い果たしてしまうっていうじゃない。それでは余計に、弱っていって、もっと食べれなくなっていくんじゃないかしら。」

有希の言う通り、水穂さんの食事はその悪循環だった。水穂さんが食べなくなれば、より体も弱ってしまって、さらに食べる気がしなくなり、体力も落ちていく、という悪循環。

「ほら、食べて。どうしたの。どうして食べてくれないの。食べないと、本当に体が弱って、何もできなくなって、ついには終わってしまうのよ。それだけはどうしてもいやでしょう。だから、食べて、ね、お願い。」

有希は、しまいには懇願するように言うが、水穂さんは、どうしても食べ物を食べてくれないのだった。これでは、何をやっても糠に釘、暖簾に腕押しだった。どうしても食べ物を食べてくれない。アレルギーの問題か、それとも、病気の症状による誤嚥の問題か、そんな事は誰にも分らなかった。というより、製鉄所のメンバーは、そういうことは気にせず、とにかく食べさせることをやっていた。原因何て調べても、何にもならないのは、自身が居場所をなくしてしまった、利用者たちも知っている。だから、原因を追究しようとはせず、今ある事をやろうという姿勢が、全員に身についている。理由なんてどうでもいいから、とにかく、食べさせようという気持ちで、水穂さんに接していた。最も、こういう事ができるのは、一度病んだ経験のあるものでなければできないことかもしれない。

「こんにちは。」

と、玄関先で声がした。有希はすぐ、この人物が誰なのかわかって、直ぐに玄関先に言った。

「ああ、影浦先生。どうもお世話様です。どうぞ、水穂さんを見てやってください。」

玄関先には、影浦先生が立っていた。いつもの通り、定期的に往診に来てくれたのだ。最近では、こうして患者さんのところにやってきて、診察をしてくれる医者は珍しいものだ。でも、影浦先生は、車に乗って、病院まで来られる方は、本当に一握りなのだ、本当に辛い人ほど、家で閉じこもってしまっていると言って、往診を続けている。

「どうしたんですか、須藤さん。もう疲れ切ったような顔をしていますね。何かありましたか。」

と、廊下を歩きながら、影浦はそういうことを言った。

「そうですか?あたしが疲れた顔などしているのかしら?」

有希はそういうことを言うが、影浦は心配そうな顔をした。

「ええ、とても疲れた顔をしています。そういう方は、嘘をついても、それは出来ないのは、僕もよく知っていますよ。何かあったんですか?」

と、影浦は、医者らしく言った。やっぱりこういう人には、ばれてしまうのか、と思った有希は、もう本当の事を話してしまった方がいいと思って、こう切り出した。

「水穂さんが、またご飯を食べてくれなくなりました。理由は分かりません。あたしが一生懸命食べさせても、何も食べてくれません。どうしたらいいのでしょうか。」

「そうですか。」

と、影浦は大きなため息をついた。

「そういう訳でお疲れなんですね。とりあえず、水穂さんの様子を見ましょうか。」

「はい。」

有希は、四畳半のふすまをあけた。

「水穂さん、影浦先生が見えたわよ。ちょっと、起きて。座れるようであれば、ちゃんとすわって。」

有希は急いで、水穂さんの体をゆすって起こし、布団に座るように促した。水穂さんは、ああ、すみませんと言って、布団に座ろうと試みた。ところが、座ろうと試みても、体力がなくなって居るのか、体を持ち上げられなくて、どどっと布団のうえに倒れ込んだ。

「ほら、何も食べないからそういうことになるのよ。」

と有希は当たり前のようにそういって、ちょっとため息をつく。影浦は、座らなくていいから、寝たままで結構ですよ、と言っていたが、その表情は、厳しかった。

「何時から、食べないでいるんですか?」

影浦は有希に聞く。

「ええ、三日以上前からです。もう、一週間近く何も食べていません。」

有希は正直に答えた。

「そうですか、一週間何も食べてないと、動けないでしょう。そうではなくて、しっかりと食べ物を食べないといけないですよ。食べ物を食べないと、肉体はもちろんの事、精神関係だっておかしくなるでしょう。僕の下にやってきている拒食症の患者さんたちは、みんな食事をしないせいで、おかしな内容を考えて口にする妄想とか、知らない人の顔が見えて怖いだとか、そういう幻覚の症状を示す患者さんだっているんですよ。」

「幻覚!」

影浦がそういうと、有希は思わず言ってしまった。そんな事が本当にあり得るのだろうか。

「食べ物を食べないと、本当に幻覚が見えてしまうのでしょうか?」

有希が、急いで影浦に聞くと、

「はい、あります。そういう症状が出る人はいっぱいいます。食べ物をたべないと、みんなそういう事になってしまうんです。内臓が弱るだけではありません。人間は、精神もおかしくなるんです。ドラえもんの道具で、写真を見ただけで食事ができるという道具があるらしいですが、僕たち精神科の医者から見れば、そんな道具は、作ってほしくありません。」

と、影浦は静かに答えた。

「そうですか。あたしたちは、そういう栄養食とか、便利な道具があれば、あたしたちは良いなと思ってしまうけれど、そういう道具は、余り使えないという事ですか。」

有希はそう聞くと、

「そうですよ。やっぱりご飯は、人間が作ったものを食べさせるのが、一番です。ご飯とはそういうことをしないと、人間はどんどん弱ってしまうんです。そういうことですよ。」

と、影浦先生はそういった。それを聞いて、有希は何か思いついた。なんとしてでも、ご飯を食べさせなければいけないんだ!

不意に、近くから咳き込んでいる声がした。ああ、またやったのか、と有希は水穂さんを横向きに寝かせて、しずかに背中をさすってやった。そして、口元に、タオルをあてがってやると、タオルは直ぐに、朱く染まった。

「体重がどうのと言及するわけではないですが、水穂さんも、食事をしない時期がかなり続いているのですから、もしかしたら、拒食に走り出したんでしょうか。あたし、そうなってしまうのが一番つらいんです。」

有希は影浦にそういうことを聞いた。

「ええ、確かに其れもそうかも知れません。勿論、膠原病の事は、僕もよくわかりませんよ。ですが、いずれにしても、水穂さんは、食べ物をとらないと大変なことになります。」

「わかりました。あたしが、一生懸命食べ物を食べさせるようにしますから。」

有希は一生懸命、そういうことを言った。

「ええ、それはいいんですが、須藤さんが疲れてしまわないようにしてください。」

と、影浦先生は、そういうことを言う。

「あたしは大丈夫。平気ですわ。」

有希はそういうことを言うが、影浦先生は、老々介護と同じようなものですよ。と、言った。有希はそれにむきになって、あたしはしっかりしますから!と声高らかに言った。

「わかりました。有希さんが一生懸命やってくれるようでしたら、そうしますが、もし、このまま食事をとらない状態が続くようでしたら、別の処置を考えなければならないと思います。それはやらせていただきますよ。わかりましたね、水穂さん。」

影浦は、水穂さんに言ったが、返答はなく、ただ、ひゅうひゅうと苦しそうに息をしているだけで、返事はしなかった。とりあえず、次の患者さんが待ってますから、と影浦は、風呂敷包みから、食欲を増進させる漢方薬だといって、小さな袋を取り出した。有希はありがとうございました、と丁寧にお礼を言って、影浦に往診の診察料を払った。影浦は、それを受け取って領収書を有希に手渡し、丁寧に座礼して、部屋を出て行った。

その日から、有希はまた大掛かりな食事を作り始めた。彼女は、介護食の本を図書館で大量に借りてきて、その中にある、肉や魚を使っていない料理を選び出し、一生懸命作っている。もちろん栄養価はあるのだが、作るのはかなり手間のかかる料理で、有希はかなり苦労しているようだ。

「ほら、水穂さん、サツマイモのおかゆよ。栄養たっぷりで、おいしいわよ、食べて。」

有希は、また四畳半に行って、水穂さんに黄色い芋粥をスプーンに取り、水穂さんの口元にもっていく。しかし、水穂さんは、また顔をそむけてしまうのだ。

「どうして食べないの。此間影浦先生も仰っていたじゃないの。何も食べないんじゃ、本当に体がだめになってしまうわ。」

と、有希はそう言ったが、水穂さんは食べようとしない。

「ほら、食べて。影浦先生の言う通りになってほしくないわ。ほら、食べてよ。」

と、有希は一生懸命食べさせようとするが、水穂さんはいくら一生懸命やっても、食べようとしないのである。

「どうしてヨ!」

しまいには、泣きたくなってしまう有希。それでも水穂さんは、どうしても食べようとしない。

「どうして食べないの!」

「食べる気がしないんです。」

と、しずかに水穂さんはそういうだけである。

「食べる気がしないじゃないわ。それは、病気というより、わがままよ。食べる気がしない何て、食べ物をとって生きようと思わなきゃ。人間は食べるために生きているんだから。」

有希はそういうことを言って、もう冷めてしまった芋粥の乗った匙を、水穂さんの口元へもっていった。でも、やっぱり口にしなかった。

「どうしてなんだろう。味が悪いのかしら。」

しまいにはそういう気持ちが沸いてしまう。人間、余りにも拒絶され続けていると、そういう気持ちが沸いてしまうようなのだ。自分が、悪いのではないか、自分がやってしまったのではないか、と。

「味は間違えてはいないはずよ。ちゃんと砂糖と塩だって、間違えずに入れたわ。ねえ、食べてよ。急がなくていいから、食べて。」

有希は、そういうが、水穂さんはどうしても食べてくれなかった。有希は、しまいには、泣き出してしまい、芋粥の皿の中に、涙が一滴滲んだ。

その数日後。

朝起きたブッチャーは、台所がシーンとしているのに気が付く。いつもなら、姉有希が、なにか作っているはずなのだが、そのような気配はどこにもない。

「おい、姉ちゃん。俺の朝ご飯はどうしたんだ?」

ブッチャーがそう聞くと、

「ああ、もうこんな時間、あたしは、製鉄所に行かなくちゃ。」

と、有希はぼそりと答えた。その顔は、なんとも言えないぼんやりした顔で、この世の人とは思えない顔をしている。

「そうじゃなくて、俺たちの朝ご飯はどうするんだよ。」

とブッチャーは言うが、有希はそんな事どうでも良いという顔をした。

「水穂さんが待ってるわ。すぐに行かなくちゃ。」

と、有希はそういうが、動かない。どうしたんだとブッチャーが変な顔をしてそれを見ると、

「あたし、どうしたらいいのよ!もうなにもできないじゃないの!」

有希は、テーブルにガンと頭を打ち付けた。そして、頭をテーブルに打ち付ける動作を繰り返した。

「おい、姉ちゃん!大丈夫か!」

ブッチャーが声をかけると、有希は完全に発狂してしまったらしい。ブッチャーの言葉を無視して、

「あたしは、何もできない!もう何もできない!死にたい!」

と叫びだしたのであった。ブッチャーは、もう一つの世界にいってしまったな、と確信して、有希を両腕で捕まえた。有希はブッチャーの腕にかみついたが、ブッチャーは離さなかった。こうなると、もしかしたら、姉は包丁で手首を切る可能性もある。それだけはしてもらいたくなかった。もしやりどころが悪かったら、出血多量とかで、逝ってしまう可能性もあるからだ。

「やめて!もうこれ以上、何もしたってできやしないわ。早くあたしを楽にさせてよ!」

「姉ちゃん。姉ちゃんはよくやっているよ。水穂さんの事一生懸命世話しているじゃないか。そんな事は誰でもできる事じゃない。大丈夫だよ。そういう事を生かせば、何か仕事にだって就けるはずだ。その準備期間だと思ってさ、今は、しずかに過ごそうよ。」

ブッチャーはこういう時、学生時代に柔道をやっていてよかったと思った。有希の首を腕で抑えて、相手の力を抜く技を心得ていた。だから、有希も、それが効いて、がっくりと力を抜いて、床に崩れ落ちてくれた。

でも、危ないところは脱したが、まだ、言動が危ないところが残っている。

「あたしが欲しいのは、そういう事ではないわ。」

と、有希は言い続けた。

「じゃあなんだ、言ってみてくれ。俺は、どうしたらいいのかわからない。」

ブッチャーがそういうと、

「働いていない人間は、自己主張なんか許されないのよ。」

という。それは、有希が、何十年の昔である、高校時代に、担任教師に言われた言葉である。それは、有希に直接言ったわけではなく、猿山のような生徒たちに、黒板の方を向かせるために言った言葉であると、ブッチャーは知っている。でも、精神を病んでいる人には、タイムスリップのような能力があるらしく、過去にあったことを持ち出して、そう口に出すことがあるのだ。

「姉ちゃん、そういうことを言わないでくれ。そういうことを言うから、俺たちはどうしてやったらいいものかどうかわからなくなってしまうんだ。俺は、別に姉ちゃんのことを咎める気はないよ。ただ、姉ちゃん、つかれているんだろ。その理由を教えてもらいたいだけだ。それだけだよ!」

ブッチャーがそういうと

「だったら、この辛い感情をとって!もう私にはできない!」

と言って有希は泣きじゃくる。そんな事、俺にできるわけないじゃないか、と、ブッチャーは思うのだが、そういうことを言ったら、また泣き出すことは知っている。でも素人にできるのは、こうするしかないのだった。

「ほら、薬飲んでさ、はやくこっちに帰ってきてくれよ。姉ちゃんは過去の世界に行く必要なんか、さらさらないんだよ。」

と、ブッチャーは、戸棚の中から、頓服の薬を取り出して、有希に渡した。この薬が液体錠だったから助かった。錠剤であれば、コップを放り投げる危険があった。有希は、ごめんなさいと言って、それを飲み込んだ。水穂さんみたいに眠ってしまう訳ではないのだが、それを飲むとだいぶ落ち着いて、しくしくと普通の人が泣いている程度と同じくらいの表情になった。

「落ち着いたかい?だったら、なにがあったか話してくれ。昨日まで一生懸命俺たちのご飯を作ってくれたじゃないか。今日になってなんで何もないんだよ。」

「知らないわ。あさ起きたら、ものすごくつらくて、何もできなくなってた。」

ブッチャーがそう聞くと、有希は静かに答えた。まあ、精神障碍者が答える決まり文句だ。でも、それを責めてはいけない。それが、本当の答えだからである。

「だったら、休めばいいじゃないか。今日の朝ご飯は聰が作っておいてと、言ってくれればいいんだよ。」

ブッチャーが呆れた顔をするのをこらえながら、そういう事を言うと、

「ええ、そうだけど、あたしは働いていないから、そういうことを言ってはいけないのよ。」

有希はまたタイムスリップを起こしかけた。

「そんなの、高校の先生が、授業を聞いてほしいから言っただけの事だよ。姉ちゃんは、水穂さんの世話をしているんだから、決して怠けものじゃないし、ちゃんとやっているよ。」

本当は、それに姉ちゃんくらいの人であれば、他人の世話をする仕事なんて、絶対にできないんだよ、姉ちゃんはそれができてるんだから、と言いたいが、なぜか精神障害のある人は、自分を障害を持っていると、認識できないという特徴もあった。杉ちゃんとか、蘭さんみたいに、車いすに乗っているからとか、そういう具体的なものがわかりにくいからだろうか。理由は知らないけれど、精神障害ではなく、普通の人間と同じだと考えてしまうらしい。それは、ブッチャーにもよくわからない、もう一つの世界だった。

「そんなことないわ。あたしはだめなの。もう、何をやったって、水穂さんには届かないじゃないの。」

そういって泣きじゃくる有希に、水穂さんの名前が出たので、昨日製鉄所でトラブルでもあったかな?とブッチャーは考え直し、スマートフォンを出して、製鉄所に電話をした。ベルが三回なったあと、ハイハイもしもし、という声がした。理事長のジョチさんである。

「あ、俺です。今日ね、姉ちゃんの様子がおかしいんですよ。昨日、製鉄所で何かありましたかねえ。ちょっと今日はお休みさせますので、、、。」

「ええ、わかりました。とりあえず今水穂さんは、吉田さんと一緒ですから、心配しないでと彼女に伝えてください。」

ジョチさんは、いつもと変わらない口調で言った。なんだ、姉ちゃんのほかに手伝ってくれる人はいるじゃないか、とブッチャーはすぐにため息をつく。

「水穂さんが、余りにも食事をしないので、吉田さんに栄養食品持ってきてもらったんです。有希さん、在りとあらゆる手を尽くしてくれましたけど、どうしてもだめだった見たいでしたので、僕が吉田さんに相談しました。」

そうか、そういう事だったのか。なんで姉ちゃん、そうなっているのをジョチさんや俺に相談しないんだろう。それでこんな風な症状を出すのなら、そうしてくれた方がよほど合理的じゃないか、とブッチャーは思うが、そういう事ができないのも、精神障害だという事に気が付いた。

「あの、有希さんには、御宅でよく休むようにと言ってくださいね。水穂さんの事は大丈夫ですから。」

と、ジョチさんはそういっている。まあ、偉い人はすぐにそうやって、答えを出してしまうのだろうが、ブッチャーは、すみません、わかりましたと言って、電話を切った。

原因がわかったブッチャーは、大きなため息をついて、姉にこれを伝えようと思った。有希は、まだ、テーブルに突っ伏して泣いていた。




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