第一四四章 日向の恋と育む愛。

第九八六回 そして、千佳の夢。


 ――白く広がる世界。まるで宇宙空間のように無重力で、規則性のない空間。



 だからこそ、ギュッと握る手。


 夢? でも痛みを感じている。ヒーヒ―フ―と女性の声、生命を繋ぐ大切な掛け声。その表現さえも飛び越えるような、本能的なリズム。女性が命で感じる呼吸……


千佳ちか、頑張れ」と聞こえる声援。看護婦と一緒に、お母さんが手を握ってくれて、この白い扉の向こうから、声なき声援を送る……パパも、そして、これからパパになる……


 太郎たろう君。


 きっと、喜んでくれるね。約束通り、ずっと傍にいるから。


 響く僕の声。信じられない程の、大きな声。声を上げた方が、少しでも痛みが紛れるからと、看護婦は励ましてくれる。言葉はなくとも、お母さんは見守ってくれている……


 痛みの中にも、喜びがあった。


 お母さんも、僕を生む時に感じたこと。きっと共有できた。新たな生命の誕生に、祝福の思い。――痛みの涙よりも、その涙の方が、遥かに勝っているから。


 白く広がる世界は、病室……

 僕は運ばれてここに来た。真夏の暑い日だ。響く産声……我が子の誕生だ。


 そして……そばには、かいのドアップ。僕は思わず「へっ?」と声を上げた。


「千佳、大丈夫? 大きな声だったから」


「大きな声?」「ヒーヒ―フ―とか、ちょっとヤバい系に聞こえたから」って、ちょっと待って。これって夢だったの? そうだよね、そうだよね、景色が違うよね、全然。


「海、どの辺りから聞こえた?」と訊いてみる。お顔から火が出そうで。


「叫び声からかな。私もそれで起きちゃったから」と海は言う、サラリとすまし顔。


 この日、海はお家に泊まっていた。星野ほしの家にお泊りで。寝ていた場所は梨花りかのお部屋だけど、僕のお部屋はすぐ隣なもので。なので、もう仲直りはしている。梨花の仕草を見ていたら、海は何か訳ありのように思えたから。見守ってあげたいとも思えたから……



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