第四三七回 お勉強は、端午の節句も込みで。


 ――そう。五月五日は子供の日。そして端午の節句。それ以外には立夏もこの日だ。



 快晴の、大空泳ぐ鯉のぼりのはずだったけれど……あいにくの雨。

 雨で濡れた真鯉に二匹の緋鯉は、柱に寄り添う雨で重くなった身。


 傘を持ちながら、黄色の……

 僕は立ち尽くし、太郎たろう君のお家の前で見上げていた。


 すると――


千佳ちかちゃん、今日も来てくれたのね」


「おばちゃん、こんにちは」


 そう、太郎君のお母さん。僕と同じ名前の『千夏ちか』……でも、漢字が一文字違うの。そして僕を迎えてくれた。で、僕を見るなり……



「あらあら、こんなに濡れちゃって。雨の中、太郎のために本当にありがとうね。

 おばちゃんね、ちょうど千佳ちゃんに、お礼がしたいと思ってたの。それに、お風呂も沸いたところだから菖蒲湯。入って温まろうか?」


 ……って、「おばちゃんも一緒に?」


「あっ、嫌かな? 千佳ちゃんとスキンシップしたいと思ったんだけどなあ……」


 何だか残念……と思っているようなおばさんの顔。(……そう見えるだけかな?)と思いながらも僕は、「いいよ」と一言、そう言った。そしたらみるみるうちに、おばちゃんの表情が明るくなって、まるで光でも取り入れたように、とてもキラキラと、喩えるなら少女漫画のような趣の、そんなような感じの瞳にまでなって、


「嬉しい! 娘と一緒に入るの夢だったの。

 太郎もまだ寝てるから大丈夫よ。それから可愛いお着替えも用意してるから」


 って、ギュッと抱きしめるの、僕の体を。


 それに何だか、用意周到みたいな感じで、

(もしかしたら最初から計画してたの?)みたいな感じで、事が進んでゆくの。


 それからは、もう――


 あれよあれよとお洋服を脱がされ浴室で、裸の体も洗われた末に、今は二人対面の湯煙立ち上る菖蒲湯に浸かっている。浮かぶ菖蒲とよもぎの相性も兼ねつつ、ポカポカと。


 ……で、思い出すの。


「ところでおばちゃん、さっきの……娘と一緒にって?」


「そう、千佳ちゃんのこと」


 と、おばちゃんは言うけれど、それも即答で簡潔に。単刀直入も加えて。


 急に火照る。顔も体も全部――

 そう思うとそう思うとそう思うと……ブクブク……と、水疱たて。聞こえる僕の名。


「千佳ちゃん?」


 と、おばちゃんが呼ぶ僕の名。まるで、お外の世界から、耳に膜が張ったような感じと湯煙に広がる白い世界。――超気持ちいいほどの薄れゆく意識なのか、回る世界観で、パラレルワールドのような、そんな感じで……そして気が付けば、気持ちのいい風の中。



 ――団扇?


「千佳ちゃん、気が付いたようね?」「って、お前、何やってんだよ?」と、僕がぼんやり見えたのは、おばさんと太郎君。……覗き込んでいて顔が近いの。特に太郎君……


 僕は……大きな白いTシャツを着ていた。

 横になっている。おばちゃんの膝枕に頭。団扇で扇いでくれていたの。


「あの……僕は?」


「のぼせちゃったのね。お風呂で倒れたから。運んで来たのよ、太郎と二人でね」


 あっ……

 と、いうことは、僕は僕は「あの、太郎君」と、小さな声で、囁くように、


「僕の、その……見ちゃった?」

 と、訊いた。以前に見られているとはいえ、やっぱりそれでも恥ずかしく、


「ああ、見た。でも緊急事態だったから……」


 と、太郎君は気まずそうに言ったけれど、耳元でね、「でもな、綺麗だったぞ」と、赤い顔をして……囁いたの、おばちゃんに聞こえないように。今僕はどんな顔になってるのかわからないけれど、恥ずかしいけれど、とっても、とっても嬉しかったの。

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