第三十五章 青春描く、葉月のアクリル絵。

第二一一回 その門を、開けたなら。


 ――広がる青い世界。そして春というには、あまりにも無理がある。


 何故か?


 お外は、今年特有の危険な暑さだからなの。ここは避暑地で、門の役割をしている強化ガラスの出入り口は、青い光を取り入れ、更なる涼しさを追い求めていた。



 ちなみにここは一階。察しの通り芸術棟だ。


「あっ、令子れいこ先生、その子はね」


千佳ちかさん、どういうことなの?」


 こだまする言葉。……ここぞと、令子先生には物申す。百号のキャンバスと、完璧なまでに、絵を描くための準備が整っていた。だいたいそれは今、ホームルームを佐々木ささき先生にお願いしてまで、やるべきことなの? ……あなたは僕らの担任の先生でしょ?


 そう力強く言いたいところだけれど、


 ……グスッ、グスッと、この子は泣いちゃって、言いにくいことだけれど……車椅子の下に水溜まりまで作っちゃって、さらに「ママに、怒られちゃうよお……」と、言うものだから、僕は「あ、あの、君……」と、アタフタしながらも……


 キッと令子先生を見て、

 そして向き直って、「ほら、令子先生がビックリさせたから」


 と、別の意味で物申す。さすがに令子先生も少し俯き加減で、


「だって、こんなにビックリするなんて思わなかったもの。

 千佳さんの時と同じように、こらっ! って一言、そっと言っただけなのに」


 若干? 真実を捻じ曲げてのお言葉。


 この芸術棟の外でも聞こえる怒号が? それこそ僕の時と同じだよ。


 ――とか思っていたら、


「君、ごめんね。ママに怒られないように、君もお洋服も綺麗にしてあげるからね、泣かないで……ねっ、ねっ」と、令子先生は懸命に、その子を宥めていた。



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