第二一〇回 駆け抜ける、疾風のように。


 ――闇雲ではなく、光に向かって駆け抜ける。



 決めたから、


 或いは、もう決まっている行く先に向かって。


 ホームルームが長かったから。急に、本当に急な展開で、令子れいこ先生は佐々木ささき先生に振ったから。準備も待ったなしの状況だったの、きっと。……僕を水難から救ってすぐ、或いはその直前? だから何の準備の間もなく、僕らのクラスを把握する余裕も与えることもなく、令子先生はきっと、絵のことで頭いっぱいで、絵を優先にしたのだと見え見えだ。


 だからこそのランナウェイ!

 だから、疾風はやてのようになの!


 あの子が……


 あの子が危ないのだ。……事情を知らない令子先生が、同じ芸術棟にいるあの子を見つけたなら、警戒心むき出しで怒号の一つもかますだろう。僕がそうだったように……


 あの子は耐えられるのだろうか?


 無理無理無理無理! 令子先生よりも、あの子のもとへ駆け付けなければ……汗が目に染みる。視界が一瞬ぼやけるけど、僕は怯まない。流れる汗もそのままだけれど、走る駆ける駆け巡る。脳裏には、あの子の顔。戸惑う趣の白い微笑みと大きな丸い眼鏡。それから、とっても可愛いと僕は思う。学校では見かけない顔? 同級生でもなければ、同学年でもない。上級生にはとても見えない。下級生なら定かではないけれど……私服。だとすれば小学生? との具合で、思考は無限……エンドレス? エンドロールなの?


 濡れた制服はビニールの中、下着も込みで。その他の荷物も纏めてリュックの中。揺れながら揺られながら……着ているものは『梅田うめだ』と、デカデカとゼッケンに表記のある体操着。動きやすくて、これもいいなと風の中、そう思った。


 その時だ。「こらっ!」と、怒号響いた。……紛れもなく令子先生の声。


 あの時と同じ声色。あと二メートル、一メートル……芸術棟の入口まで。



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