第百九十回 ……月末。それは七月の終わり。


 ――今日は、もう金曜日。明日からは葉月を迎える。


 そして……

 まだ夏休みではない。その一週間先と、知らされる。


 ホームルームの時間の中で。

 または、令子れいこ先生の音声と、そのお言葉により。



 つまりは八月八日から……それは、中止になった花火大会。緊急事態宣言の発令がなくても、もう至る所で自粛モードになっているの。例えるなら、駅の電光掲示板。緊急事態宣言の時期に使われていた文面が走る。個々の判断と謳いながらも……


 自粛を促しているの。

 そんな中での帰り道。


 僕らは最寄りの駅を……改札口を出たの。その瞬間のことだ。


 ――声をかけられた。


 千佳ちか……と。僕の名を。それは傍にいる可奈かなでもなければ、梨花りかでもないの。紛れもなく僕の名を呼んでいるの。少し間を置き、振り向く振り返る。で、振り返ったらね、


 本当に、


 本当に、久しぶりなの。迷わずアクション! 駆け出すの、胸に飛び込むの。


太郎たろう君!」


 との、素直な思いが、その名を声にしたの。


 でも、同時にハッとなる。

 梨花が、梨花がこの場にいる。……もう遅いの、目の当たりにしちゃったの。


 視線を注ぐ僕に梨花は、微笑みながら顔を横に振り、僕にではなく太郎君に、「千佳のことお願いね。何処か連れてってあげて、花火大会の代わりにね」……と、言ったのだ。


 太郎君はね、……太郎君は「ああ、任せとけ梨花姉」と、元気いっぱいの返事だった。



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