第百二十三回 君の名は?


 ――その男の子は、そう問うのだ。


 今、目の当たりにいるその男の子……息のかかるほど、とても顔が近い。



 揺れは治まったけれど、まだ地に腰を据えた状態でお互い。上半身は起こしているものの、身を寄せ合って……ぎゅっと、これほどまでに距離が近いのは初めてのことで……


 何と言ったらいいのか? 安心できるとでも言うのだろうか? 不思議と懐かしいとさえも思える、心の柔らかな場所……例えるなら、そうねえ……


 猫みたいに丸くなるような、そんな心境かな?



「君の名は?」という、その問いに対して、


「その前に君の名は? ……でしょ?」と、答える。この子が悪い子ではないこと……ううん、とてもいい子。そんな直感が働いて、でも、でも……何でそんなにまでして?


 言い訳を捜しているような、それにも酷似したような、でも、若干は違うような……その様な自問自答が、このセコンド単位の間でさえ目まぐるしく繰り返され、


 たぶん光よりも高速回転で。――脳内から煙が出そうな丁度そんな時だ。


「ウルトラ・タロ」と、その男の子は答える。


「はあ? ……もう、こんな時に」と……怒ったような口調になったような気はするけれど、どことなく角のないような、ソフトに笑えるような内容で、少しは丸かったかな?


「今のは、笑うとこだったんだけどなあ……

 俺は太郎たろう霧島きりしま太郎って言うんだ。で、君は?」


 ……まず、ファーストネームからかな?


千佳ちか星野ほしの千佳……」と言い終えるもその刹那、或いは次の瞬間。



 ――千佳!


 と、僕の名を、目の当たりにいる太郎君以外の声。女の人の声だ。



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