6章 愛しい人 その4

 ギィッと音がして扉が開き、医者が出てきた。


「おっと、皆さんこんなところに。ご婦人も入って構いませんぞ」


 シャルロット達が部屋に入ると、先程と変わらずマルクがベットに横になり、ピエールは端に立っていた。


「マルク、相も変わらず悪運が強いな」


 マルクは寝たまま拳を上げ、ギルフォードが拳を当てた。


「あいにく、冥府の女神に嫌われているようだ」


「お前が背中に傷を受けんからだ」


「それこそ俺は死んでも死にきれん」


「それもそうだ」


 あっはっはと笑う二人を、女性二人は眉を顰めて見ていた。


「なんでしょう、騎士のジョーク?」


「笑えん」


 その後ギルフォードは、シャルロットたちに伝えた内容を、もっと詳細にマルクに聞かせた。


「そうか。これから忙しくなるな」


「陛下が即位された時にもかなり闇は取り除けたが、シーモア枢機卿自らが中央で改ざんしていたものは、今まで発覚していなかったわけだからな。膿み出しを済ませて基盤が出来れば、我が国は統率のとれた強固な国となる」


「楽しみなことだ。ところで、俺は動けるまでに時間がかかるそうだ。シャルロットたちを先に帰らせてくれ。馬車と護衛はつけてもらえるだろ?」


「もちろん」


「えっ、待つのじゃ! 妾はマルクと一緒に帰る!」


 突然話が変わって、シャルロットは驚いた。


「皇后陛下も心配しておられる。早く帰って顔を見せて来い」


「嫌じゃったら嫌じゃ!」


「……シャルロット、さっきの今で、俺の言うことが聞けないのか?」


「怪我人の言うことなど無効じゃ」


 シャルロットはプイッとそっぽを向いた。マルクは嘆息する。


「シャルロット様がいらっしゃるなら、私も帰りませんわ」


「僕だって、帰るときはマルク様と一緒ですよ!」


「人気者だな、マルク」


「やれやれだ」


 手で隠したマルクの口元は綻んでいた。


 ※ ※ ※


 そんなやり取りがあった僅か三日後、マルクに付き添っていたシャルロットに「帰国しませんか?」とアンヌが誘った。


「なぜじゃ?」


「いえ、そろそろ約束の十日に迫ってきましたし、ここではやることもありませんでしょ?」


「僕も世話をしている馬たちが心配で、戻ろうと思うんです。ご一緒にどうでしょう?」


「妾はマルクの傍におる」


「そうですか……」


 アンヌとピエールは顔を見合わせる。


「仕方がありませんわ。私たちは先に戻りますので、お気をつけになって」


「マルク様、お大事になさってください」


 そう言って二人は、あっさりとヴァローズ帝国に帰って行った。


「お前も戻らなくて良かったのか? アンヌがいないと不便だろ」


「いつも一緒じゃからな、ちと寂しいが。今はマルクの怪我を治すほうが大事じゃ」


「お前がいてもいなくても、治りは変わらん」


 むむむ、とシャルロットは頬を膨らました。


「可愛くないのう。そういう事を言うとじゃな」


「言うと?」


「言うとじゃな、……うむ、うむむむむ……」


 シャルロットは両目を閉じて頭をフル回転させが、諦めて、頭をパタリとマルクの胸の上にのせた。


「マルクの弱味が分らん。これだけ長い間妾といるのだから、隙のひとつくらい見せるものじゃ」


 シャルロットは愚痴をこぼした。


「これから、ゆっくり探せばいい」


 マルクはシャルロットの頭に手をのせた。その長い指先を、シャルロットは細い指でつまんで遊ぶ。


「そうじゃな、先は長いしの。一発逆転を狙わんとな」


「何を逆転するんだ?」


「よく分からんが」


 そんな他愛もない会話をするのが、今のシャルロットにとって、とても幸せな時間だった。

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