第25話 隣のハートが聞こえてる(2)

しげるside)


 小鳥のさえずりのハーモニーがにぎやかな春らしい暖かめな翌朝。 


 僕は荷物を詰め込んで重くなった、いつものナップザックを背負い、ごちゃごちゃとしていたアパートのからになった部屋を見下ろしていた。


 もう、おかえりの空間ではない、さよならの自室。


 僕は泣きそうな顔を精一杯明るい顔に変えて、出会った頃を思い出すかのように別れを告げていた。


 周囲には散らかっていた畳部屋も、生活でできたごみも、大きな袋でまとめて均等に片付けた。


 あとは、空いている公共のごみ捨て場に、これらのゴミでいっぱいにするだけだ……。


(もう、あまり時間がない。急がないと……)


 僕は、せかせかとごみ袋を運び出した。


 ──外は今日も良い晴れの天気で雲一つない良い晴れの天気。


 確か、天気予報では今週は晴ればかりで傘の心配はないと言っていた。


 僕は軽やかな足取りで無数のごみ袋を捨て、軽く伸びをする。


 さあ、行こう空港へ。

 すべての終わりと始まりへと……。


****


「ヘイ、タクシー!」


 もう、これで何度目だろう。

 さっきから走っているタクシーを止めに、手を挙げて声をあげているが、一向に停まる気配がない。 


 面倒くさいから、もしかしてわざとスルーしているのだろうか?


 それとも僕自身に問題があるのか?


 青いロゴTシャツと青のジーパンのラフなスタイル。


 昨日散髪したばかりの七三分け。

 お風呂にも入って体も清めた。


 それから顔も洗い、髭も剃り、歯磨きも済ました。


 外見には問題はないはずだが……。


『どうやら困ってるようですね』


 そこへ聞き慣れた年配の女性の声がした。


 僕は冷静さを保ちつつ、慌ててその声の主へ振り向いた。


『口をぽっかり空けてどうしたのですか?』

『……何だよ。お腹でも減ったの? 銘菓めいかポッギーしかないけど?』


 それもそのはず、タケシとその母親が白の軽自動車に乗り、なに食わぬ顔で現れたからだ。


 今日も親子ともども、灰色のタイツ姿が怪しいほどに似合っていた。


「タケシ達、確かに死んだよね?

少年週刊誌みたいな登場の仕方しないでよ?」

『いや、ボク達は宇宙人だから、そう簡単にはやられないよ♪』

「あんなに粉々になって、どうやって生き返る? まずありえないからね?」


『いえ、それが生命の神秘なのです。それに素敵な映像が撮れました。人間愛って素晴らしいですね!』


 納得したように頭をうんうんとうなずく母親。

 いや、勝手に理解されても困る……。


『……まあ、それよりも足がいるんだよね。乗っていきなよ』

「……後で高額な料金設定は駄目だよ?」

『大丈夫。これは車に見せかけた宇宙船だから。ガソリンで動いてないし、空を飛ぶからタイヤもあまり必要ないし……』

「へえー。それは便利だな」


 僕が車の扉を開けようとすると、運転中の掃除機のように体ごと室内に吸い込まれる。


 室内は様々な機械のメーターやディスプレイで埋め尽くされ、戦闘機のパイロットになった気分だ。


 前の運転席には、タケシ。

 助手席には母親が腰かけている。


『それで行き先は?』

羽日はねび空港だよ。それよりタケシは免許持ってるのかい?」

『うん、ボクの住む星では16歳で取れるから……では行くよ!』


 タケシが運転席のハンドルを握ると、車の車体が浮かび、上空へと飛んでいく。


 みるみるうちに小さくなっていく大きかった交差点。

 

 すぐさま、景色は青空一色に染まり、そこを貫き、雲海の世界でピタッととどまる。


 それから車は雲の上を走り始めた。


 まるで雪が降り積もった大地をソリですべるかのように……。 


 僕は、そのめぐりめくる新鮮な出来事にただ圧巻あっかんさせられていた。


****


 やがて、目的地の羽日国際空港が見えてくる。


 さすが日本最大の空港だけあり、空から見ても半端なく大きい。


 僕らはちっぽけな豆粒で向こう側は大きな円の皿。


 まさに鬼ヶ島で豆粒の僕らを待ち構えるかのようなたたずまいだ。


 その駐車場に僕らは着陸する。

 だが、これに誰も気づく人はいない。

 

 その理由を説明すると、実はこれは宇宙人の特殊能力で、この車は見えない存在になっており、僕らもこの車から乗り降りしないと見えない。


 ようするに、この能力により、普段からこの地球を誰にも気づかれずに探索できるわけだ。


 しかし、たまに間違って、その乗り物の姿(俗に言うUFO) がバレてしまう場合があり、気づかれた人から映像を撮影され、テレビや新聞などのメディアで面白半分で叩かれてしまう場合もよくある。


 何事もさじ加減が必要だが、人間は大袈裟おおげさにねじ曲げた表現をする。


 そういう点が宇宙人にとっては苦手な点であり、とっつきにくく、こうして影をひそめながら行動をしなければならない……。


 ……と、車内で長々とタケシの母親が長々と語っていた。

 そのために、あの異世界で人間の心を詳しく研究していたと……。


 また、ある程度の年齢層なら警戒されるため、まだ柔軟な考えで若い学生ならば、異世界に誘いこむ余興よきょうとして、アニメやゲームが好きだからと見せかけ、アニメショップにて遊び感覚で、その相手に不思議な能力を伝授でんじゅする。


 しかも、お金も稼げて一石二鳥だ。


 そして、異世界ではゲーム感覚で楽しませて、その人間の隠されたデータを撮る。


 その第一志望がまさに僕らだった。


 そんな内容を知って誠に悔しいが、僕らは完全にタケシたちの手のひらで踊らされていたに過ぎないのだ。


 まあ、終わってしまったことにいたらない感情をぶつけてもしょうがない。


 それよりも早くおじさんに会わないと。


 僕は腕時計を見ながら、ターミナルへと急いだ……。


****


弥生やよいside)


『ピコピコ、ピコピコ、ピコピコ!』


 枕元にある目覚まし時計を止め、時間をのぞきみる。


 時計の針は朝の10時を指している。


 もう、しげる君はおじさんが暮らすアメリコへと旅立っただろうか。


 私は窓際に行き、カーテンをゆっくりと開ける。


 すると、小鳥のさえずりが私に語りかけてくる気がする。


 私にはその可愛いクチバシを震わせながら、『弥生やよい、本当にこれで良かったの?』と喋っているように聞こえた……。


****


 そう、これでいいんだ。

 私は繁君を愛する資格はない。 


 とっくの昔から分かっていたことだった。

 身勝手な好きの感情が相手を邪魔していたことに。


 だから、この恋を終わらせよう。

 もう、ケジメをつけよう。 


 私なんかがとがめてどうにかなる話ではない。


 それに私の家は貧しい。

 繁君を向かい入れてともに生活するほどの金銭はない。


 しかも、母親は糖尿病だ。

 経済的でも、精神的にも彼に余計な負担をかけてしまう。


 だったら初めからなかったことにすればいい。


蒼井繁あおい しげる』という男子とは初めから出会っていないことにすればいいと……。


****


 ふと、木目の板張りの床に水滴がポタリとこぼれる。


「いけない。掃除しないと……」


 拭いても拭いても水滴が落ちていく。

 それを拭いても拭いてもきりがないほどの雫の数。


 その水滴の先は私の潤んだ瞳。

 私は心の底から泣いていた……。

 

 また、やってしまった。

 どうして今回もこんな結果をとってしまったのだろう。


 いつも別れて後悔して、また新しい恋をしての繰り返し。 


 これでは理性の欠片もない猿などと一緒じゃないか。


 でも、もういいや。

 繁君のことは忘れよう。


 しょせん、私には人を愛する資格はないのだから……。


****


『本当にそれでいいの?』


 部屋の壁から声が聞こえ、灰色の小人が私の部屋に流れ込んでくる。


「あ、あなたはタケシ君?」


 私は服のそででゴシゴシとまぶたをこすりながら、ありえない登場人物に驚く。


『積もる話は後。それより本当にそれで後悔しないのかい?』

「別に。わ、私が決めたことだから……」

『自分の想いに素直になりなよ。繁君も君を待ってる』


 タケシ君が私を玄関へと手招きする。


「でも、もう飛行機の時刻に間に合わないよ……」

『ボクを誰だと思ってるんだい?』


 タケシ君が玄関の床から緑色の丸いゲートを開ける。


『一度行った場所なら、こうやってゲートで簡単に行き来できるのさ♪』

「でも、心の準備がまだだし、私、まだ……きゃあ!?」


 タケシ君がそばに立っていた私をゲートに突き落とす。


「この極悪非道、そんなんだからいつまでたってもマザコンなのよー!!」

『そう、ボクは世界で一番お母さんを愛してるからー♪』


 タケシ君は私の悪口にも、にこやかな笑顔で見送っていた……。 

        

****


(繁side)


「繁、約束の10時だ」


 空港で荷物検査を終えたおじさんが僕にそう告げる。


「お前が、よく電話で話していた弥生という子は結局来なかったな……だが」


「大丈夫、俺たちが見送るから寂しくないぞ」

「そうですよ。失恋くらいで落ち込まないで下さい」

「繁たんはガチで頑張ったさかい。安心しーや」 


 僕の周りにはいつものメンバーがいた。

 キザな真琴まことに、励ますさき、影から支える舞姫まいひめ


 そんな別れに似合わない暖かい風景の彩りを見ながらニヤニヤと微笑むおじさん。


「……おじさんは嬉しいぞ。いつの間にか繁にもこんな素敵な友達ができたからな」


 口からの伸びきった白髪の髭を触りながら、おじさんが目頭を押さえる。


「おじさん、恥ずかしいからここで泣くのはしてくれよ。それに、もう時間だし行こうよ」

「……おっと、感傷かんしょうにふけてる場合ではない。そうだったな」


 おじさんが青いハンカチで涙を拭き、黒の大きなレザーのバッグから小さなパスポートを出して、僕の分を手渡す。


「じゃあな、みんな。学校のみんなにもよろしく!」


「元気でな。相方」

「向こうに行っても、たまには返事下さいね!」

「繁たん、バリ気合い入れてこー♪」


 僕はおじさんと一緒に歩き出す。


 過去のしがらみは捨てて、ここから僕の新たなる一歩がスタートするんだ。


****


「待って!!」


 そこへ突然の甲高い女子の声。


「待って、繁君、行かないで!!」


 僕が、ふと振り向くと、みんなの手前にピンクのパジャマ姿の弥生がいた。


 みんなも驚いている。

 それもそうだ。


 弥生の髪は寝癖でぐちゃぐちゃ、パジャマはボロボロ、おまけに足元はピンクのビニールサンダルだからだ。


 おまけに化粧もしていないスッピンな素顔ときたものだ。


 なぜ、こんな滅茶苦茶めちゃくちゃな格好なのだろう。


 それよりも昨日話した限りでは、彼女は僕の見送りには行かないと断言だんげんしていたはずだったが……。


「繁君、私も繁君が大好きぃー。だから行かないでぇー!!!」


 弥生がありったけの大声で叫び、僕の正面へと回り込んでから抱きつく。


「弥生、一体どうしたのさ?」

「繁君、海外は止めて私と一緒に暮らそ」

「弥生、困るよ……んぐっ!?」


 一瞬、僕の目の前に彼女の影が映る。

 弥生の柔らかいくちびるが僕のくちびると合わさっていた。


「……繁君、好きだよ。だから私と一緒に住もうよ」


 弥生が照れくさい笑顔で僕を見つめて告白する。


 恐らく、告白の答えを待っているのだろう。


 彼女は勇気を振り絞って打ち明けてきた。

 これは生半可な返事はできない。


 だけど僕は躊躇ためらっていた。

 僕だって彼女のことが好きだ。

 できることならそうしたい。


 でも、一緒にいると色々と彼女に負担がかかるのは目に見えてくる……。


「……繁。おじさんなら心配するな。彼女のところにいてやれ」


 おじさんが僕の肩にポンと触れ、優しい言葉を投げかける。


「こんなしわくちゃでオジジなおじさんの相手より、繁を好きでいてくれる、若くて可愛い女性の方がいいだろ」

「……でも、僕は今までおじさんに世話になったからせめて恩返しがしたくて……」


「……繁、それは君の本音かい?

人間はさ、自分のことを本気で好きな人と過ごし、何があってもお互いに身を寄せあう環境が必要だと思うよ。

……繁にとって、今まさにこの時じゃないかな?」


「……おじさん、でもさ、おじさんはそれなりの歳だし、一人だから色々と大変じゃないかと……」


「はははっ、自分の心配をしろ。

まあ、おじさんのことなら心配するな。今まで何とかしてきたんだ。これからも元気に頑張るさ!」


 おじさんが笑いながらガシガシと僕の背中を叩き、空港内に身を向けてガッツポーズをする。


「弥生さん、繁を頼んだよ」


 それからは一度も振り向きもせず、そう一言告げて、おじさんは人ごみの中へと消えていった……。


****

 

 ロビーからおじさんが居なくなるのを確認し、僕らは解散する事になった。


「……じゃあ、帰ろうか。繁君。

……きゃっ!」


 足元の床に突起物があったのか、ズルッとこける弥生。 


 そして、起き上がる際にその床に引っかけてビリビリと布の生地が破れる音。


「弥生、平気かい……おわっ!?」

「どうしたの?」

「……いや、もろに下着が見えてるから」


 そう、さっきの物に引っかけた状況で元々ボロボロだったパジャマの胸元が見事に横に避けていた。


 ピンク色の下着があらわになり、間近にいた真琴が鼻血を吹いて即倒そくとうする。


「……えっ?……きゃあぁぁ!!!」


 彼女は腕では押さえきれないたわわな胸を押さえつつ、すぐに反応した咲ちゃんと舞姫のガードにより封鎖されていた。


****


 そのドタバタ劇から10分後……。 


「繁たん、これからも頑張んなよ」


 舞姫が弥生のためにお土産みやげ店から白いTシャツを購入して彼女に着せている。

 

「舞姫、わざわざありがとう」

「まあ、礼には及ばんよ。それより弥生たんを大切にしてあげなよ」

「……舞姫、まどかもこうなることを望んでいたのかな」

「……さあね。アタイはエスパーじゃないから分からんつーの。でもさ……」

「でも……が何だい?」

「……人が人を愛するに下らん説明とかはいらないっしょ」

「ぷぷっ、そんなこそばゆい台詞、舞姫らしくないな」

「……なっ、この繁たんの生意気がー!」


 舞姫が、いつものように僕に突っかかってくる。


「ハイハイハイ、舞姫ちゃん駄目よ。絡んでいいのは恋人の私だけよ。これ以上の喧嘩の許可なら私を通じてね♪」


 そこへ仲裁ちゅうさいのごとく、強引に割って入る弥生。


「だったら弥生たん、繁たんを一日下さいな~♪」

「ぶっー、駄目でーす!」

「きぃぃー、ガチムカつくわ。この弥生たんのとんちんかんっ!」


 たちまち二人から喧嘩の火の手があがりだす。


 僕は、この火の粉を止めるのにひたすら必死だった……。


****


 そんなこんなでようやく結ばれた僕と弥生。


 これからも僕らには色んな出来事が起こるだろう。


 だけど僕は負けない。

 だって円以上に守りたい相手ができたから。


 ──これからも僕らは歩き出す。

 隣には弥生が笑ってついてきてくれる。

 彼女も僕が好きなことは目に見えている。


 本日も、そんな隣のハートが聞こえてる……。


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