第23話 彼の真意に
(
僕らはこの異世界からの出口を探し、辺りを散策して見つけた元学校の敷地内で、壁に埋め込められた茶色の扉を発見した。
そこをタケシの鍵で開けて、その先の扉が開けた緑色の光に染まった空間に向かい、一歩先へと進み始めていく。
先頭は
万が一に備えて男性陣が前と後ろにつく。
ひょっとしたら何かハプニングが起こるかも知れないと弥生が考えたアイデアだった。
(よし、今のところは何ともないな……)
次々と問題なく現実世界へと流れていくみんな。
もし、前方で何か異変が起きたら、この流れは止まるはず。
それがないということは、この先は安全で特に異常がないということになる。
みんな、あのゴーレムとの闘いで疲れきっていたから少しでも気が休まる場所に行かせたかった。
だからか、僕は
最後の僕が扉をくぐってゲートに飛び込む。
すると、僕の体が七色に光り、周りの空間が段々と高い目線になっていく。
あの動きづらかった小さなゴブリンから、やっと人間に戻れるのだ。
それに今度は姿が変わる途中でも痛みがないから楽に身を任せられる。
僕の心は
「──よう、お疲れさん♪」
しかし、喜びも瞬時に地獄へと替わる。
ゲートを抜け、住み慣れた大地に足を踏み入れた瞬間、そのこめかみに冷たい感触が突きつけられたからだ。
そこはいつもの僕の散らかった部屋の中だった。
念入りに戸締まりをしたはずの部屋には電灯が明々とついており、目の前には僕よりも背の高い豚顔の一人の男がいた。
そのこめかみから通じる人工的なピストルの肌触りから、命を簡単にやり取りをする冷たさが伝わってくる。
「さて、最後の一名様もご案内だな」
周りには元の人の姿に戻ったみんながいて、僕以外の全員が白い縄で縛られていた。
さすが、常に周りを観察して仲間に指示を出す生徒会長だけのことはある。
即座に異変に気づいての、早脱ぎの対応力には驚いたものだ。
だが、この現実世界では異世界のような魔法は使えないはずだが……。
「これで全員みたいだな。手をわずらわせやがって」
「やりましたな。旦那の言う通りに
ノッポの豚顔の男の後ろにいた、背の小さな方の豚顔の男が白い荷物用の縄で僕の両手足を縛る。
そのままノッポが僕に近寄り、地べたに這いつくばり動けない僕の
「
……両親が薬物使用で多額の借金作って死にやがって、二人分の生命保険ごときでは全額は返金できねえざまだ」
「え、両親が薬を使ってだって……?」
僕は我が耳を疑った。
まさか、親がそんな物に手を出していたとは……。
「まあ、旦那。コイツ自身に多額の保険かけてるかも知れねえですぜ」
小さな背丈な豚顔に似合わず、偉そうにニヤニヤしている失礼なヤツだ。
「そうだな、相棒。それに人間の内臓も高く売れるからな」
「噂の臓器売買ですかい。さすが旦那。
二人組の豚顔が僕らにピストルを向けたまま好き放題に語っている。
『……今だぜ!!』
そこへ、誰もいない空間から真琴らしき男の声がした。
「……何ヤツ? ぐぶぉ!?」
そして、ノッポのお腹が衝撃でその部分にサッカーボールが当たったかのように
そのまま苦しく膝を
「旦那、どうしたんでい? はぐぁ!?」
今度は僅かな隙をつき、小さな豚顔の頭が凹み、地面に叩きつけられる。
それは一瞬のできごとだった。
はっと気がつくと二人組は苦痛な表情で仲良く床に転がっていたからだ。
「ギャー、痛い、いてーよ!!」
さらに、小さい方は発情期のように、両手足をバタバタさせて泣き叫んでいる。
「うるさい、
男がピーピー泣くんじゃねえ!」
すぐにノッポは立ち上がり、その部下に
『──繁。聞こえるか?』
僕のすぐ横に聞き慣れた吐息がかかる。
どうやら真琴があの二人をやったらしい。
しかし、何で姿が見えないのか?
『……俺は今、タケシから貰った魔法のリングをはめている。
……これをはめたら現実でも異世界の魔法が使える優れものさ』
「……まさか、あのタケシたち宇宙人もこれのお陰で現実世界でも不思議な力が使えたのか?」
『ご名答。さすが名探偵ヤトソン君♪
……まあ、俺のは消耗品だけどな』
「それは誉め言葉と受け止めていいのかな?」
『誉めて
そんな僕たちが小声で会話をしてる最中、あの二人組がノソノソと立ち上がる。
「テメエ、さっきから一人で何をブツブツ言ってやがる……」
明らかにノッポは怒りで顔がゆでダコのようになっていた。
どうやら真琴の姿が分からないのは本当らしい。
「旦那、コイツも薬をやっていて頭をやられてる可能性はありますぜ」
「……まあ、あの夫婦だったからな。息子がやってても不思議ではないな」
そう言い放ち、ノッポがピストルの標準を僕に向ける。
「じゃあな、せいぜい死んで金になってくれよ。ボーイ!」
『バキューン!』
畳の殺伐とした部屋に乾いた銃撃音。
だが、ノッポが発砲したピストルは、彼の手先からスッポリと無くなっていた。
「何だ、どういう事だ!?」
「旦那、援護しやす!」
『バキューン!』
小さい方が負けじと僕に弾丸を放つ。
「あがっ!?」
こちらのピストルは宙を舞っていた。
今度は小さい方が銃を握っていた赤くなった手を痛みでおさえている。
その二人組の珍風景を見て、僕はニヤリとほくそ笑んでいた。
『うまくいったな♪』
さりげないタイミングで僕に語りかける真琴。
ナイスフォローである。
「旦那。一体、どうなっているんだ?」
「……いや、今、確かに人の気配を感じたな」
『バキューン!!』
ノッポが懐からコンパクトな猟銃を出し、迷わずに姿が見えない真琴のいる方向へ撃ち放つ。
『おっと、これはやベーぜ……』
ピストルのように一直線ではない散弾銃は射程が広範囲に広がる。
これにはさすがの真琴も大幅に避けるしかない。
だが、その
ちょうど真琴の足元に茶色の紙袋が置いてあったからだ。
ノッポは、そのカサリとした音を聞き逃さなかった。
真琴が舌打ちしながら『繁、たまには掃除くらいしろよ』と
「そこかっ!」
「……させるかぁー!!」
そこへ咲のタックルがノッポの顔面にぶち当たる。
「グハッ!?」
サングラスが粉々に砕け散り、鼻血を吹きながら倒れるノッポ。
咲の後ろには縄を振りほどいた舞姫がいた。
どうやら舞姫が咲を投げたらしい。
まさに、ぶちかまされた人間魚雷。
「おま、どうやって縄から抜けたんだ? ……ぐべっ!?」
さらに小さい方の顔面には弥生の頭が直撃する。
「昔から
だからこんな縄抜けとか道具なしでも楽勝さかい。ざまーみなさんわ♪」
舞姫が誇らしげに高笑いする。
そう、この娘は昔からこうだったわけではない。
昔から円に張りついていて気弱だった舞姫は、円がいなくなると、頑張ってその性格を克服し、姉がいなくても強く生きるために、多少ヤンキーに染まった子ギャル系へと姿を変えた。
今では言葉遣いさえもギャルのそれと変わらない。
でも、ただ単に、この道を選んだわけではない。
円を失った僕を支えるために姉のようなイメージを捨て、別人格の妹としての唯一無二な存在へとなった。
よく『誰かがピンチの時は迷わずに助ける』とは、人助けに献身的な円がいつも喋っていた名台詞だ。
その言葉のように今、妹の舞姫は実行していた。
そして、ここで僕たちを守るのに身をていして頑張っている。
一見、円とは違うイメージを持たれがちだが、姉妹だけあり、血は争えない。
「おのれ、食らえ……」
小さい方が胸ポケットを探り出す。
「そうは、させません!」
「グハッ!?」
その動作をさせまいと咲が軽くジャンプして小さい方の顎にひざ蹴りを食らわす。
これは非常に痛い。
「……ぶはっ!? 小腹が空いたから……ポケットにあるカキビーを食らいたかっただけですぜ……ぐぶっ……」
あまりの脳への衝撃にめまいを起こしたのか、そのまま泡を吹いて倒れこむ。
さすがの男も、これにはノックアウトだ。
あえなくダウンして崩れ落ちる小さい方の着ていた黒いスーツからカキビーの小分け袋以外に、処方せんの風邪薬のような大量のビニール袋も飛び出してくる。
白いチョークのような粉からして、間違いなく薬物だろう。
彼らは借金の肩代わりになると儲け話を持ち込み、また新たなるカモを探していたのだろう。
「……もしもし、警察ですか……家宅に不法侵入と薬物所持の疑いで怪しい二名の男を捕らえました……現住所は……」
すかさず気絶した豚顔コンビを縄で柱に縛りつけたあと、ピンクでデコられたスマホで通報する咲。
──即座に駆けつけた警察の現行犯逮捕により、二人組による、その
****
(
繁君という名の長い旅が終わった。
彼はすべてのしがらみを解き、自由の身になったのだ。
それは長い長い旅路だった。
いくばくかの誤解はあったが、最終的には無事に解決した。
また、あの壊されていた案内板の木の看板は円が異世界へと誘導するために自ら壊して行ったものだと、彼女と同行していた真琴の話にも驚いたけど……、
「ちょっ、真琴、パンツくらいはきなさいよ!」
真琴がはめていた指環が砕け、魔法の効果が切れ、丸裸の姿を現しても何ごともなく語る彼を見て、恥ずかしさのあまり、つい近くにあった目覚まし時計を彼の顔面に向かって投げてしまったのは少し反省している……。
『このビューティフルフェイスに何しやがる!?』と鼻血を吹きながら泣いていたな……。
****
「繁君。これからどうするの?」
(………)
もう、あの宇宙人が消えたせいか私には彼の心は読めない。
いや、その方が良いのかも知れない。
彼の事が好きだから、もっと知りたいと思うなら、私の口から聞いてみればいい。
恋愛とはお互いのことを探るためにひたすら会話を繋ぐことの繰り返し。
喋りが苦手なら文章を起こせばよい。
紙とペンを持って筆談してもいいし、スマホやPC、LINAなどのメール機能で文字を繋ぐのも良い。
私は心を
でも、それは間違いだった。
ようはどんな形であり、相手に伝われば良いのではない。
それでは一方的なストーカー行為になり、向こうから怪しまれてしまうのは当然だ。
本当の恋愛とは、相手のことも親身に考えて受け身になることも大切だからと知ったのだ……。
「──ごめん。とりあえず、明日の朝に動こうと思うんだ」
「……えっ、明日は学校なのに何か用があるの?」
「ちょっと
「だったら私も一緒に……」
「言っただろ。大した用事じゃないから……」
私は彼を問いつめたが、はぐらかすだけで話してくれそうにない。
どうせ、いつかは明らかになるのに、そうまでして隠す意味があるのだろうか。
それとも仲が良いふりをしていて、やっぱり私のことは眼中にすらならないのだろうか。
「ごめん。帰りにカフェによる約束だったよね。この埋め合わせは今度するから」
そう言った繁君の背中は少し寂しげに見えた。
こんな時、心を読めないのがもどかしい。
だけど、これからはそれにも慣れないといけない。
学校生活と一緒で恋愛にも楽なんてものはない。
甘えを捨てるんだ。
だけど、その頃の私はまだ彼の真意に気づいていなかった。
あの現場を目撃するまでは……。
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