第22話 今日も綺麗な星空

弥生やよいside)


『ゴオオオオ!』


 まるで獣の本能のようにけたたましい雄叫びをあげたゴーレムがこちらへ顔を向ける。


 私はもう決めたんだ。


 例え、まどかちゃんのような存在じゃなくてもしげる君を好きな気持ちは変わらない。


 だから、もう繁君には傷一つつけさせない。


 彼はあまりにも傷つきすぎた。

 今度は私がこの男子を守るんだ。


舞姫まいひめちゃん、さきちゃん。私に力を貸して!」

「いいけど。アイツには並みの魔法は効かんよ。どうすんの?」

「私が合図したら、ありったけの魔法を放って!」


「分かりました、弥生やよい


『ゴアアアア!』


 相手側も目標が決まったのだろう。

 ゴーレムが突進しながら私に迫ってくる。


 それから私の眼下に来て、腕を大きく振りかぶり、強烈なパンチをしようとする行為をする。


「舞姫ちゃん、咲ちゃん、今だよ!!」

「でりゃあああ!!」


 咲ちゃんのキテレツな男のようなりきんだ声に驚きながらも、舞姫ちゃんも魔法を唱える。


「水よ、アイツを包みこみな!」

「雷、ゴーレムに一撃を!」


『ゴオオオオ!?』


 水に包まれ、ビリビリと感電するブロックの物体。


「今だ。鋭利なる風で怪物を切り裂け!」


 その水と雷でもろくなったゴーレムの肌に加え、追加の突風でゴーレムの体を動けなくする。


「繁君!」

「えっ、何で僕なのさ?」

「いいから、私が押さえてるから、早く!」

「……ええーい、炎よ。行けぇー!」


 炎と水、そして雷が混じり合い、衝撃的な水蒸気爆発にゴーレムが小刻みに震え、あちこちに体が弾け飛ぶ。


 まさに砂場に優雅なお城を作り、それに水をぶっかけるような感覚。


 私はその芸術に酔っていた。


『グオオオオ!?』


 ゴーレムがこちらに歩くたびに体が崩れていく。


 頑丈な肩はなで肩になり、強固な胸板は洗濯板のようになる。


 さらに、弾け飛ぶブロックの肉片。

 その欠片がこちらに向かってくる。

 これは私にも予想外だった。


「いけない。舞姫ちゃん、けて!」


 砕けた隕石のような岩石の雨が舞姫の頭上に大量に降りかかる。


 あまりの緊急事態に間に合わない私たちの言葉。


『ドカーン!!』


「「いやぁぁぁ! 舞姫ぇー!!」」


 強烈な爆発音に、ありったけの声で叫ぶ私たち。


 砂煙で覆われる校庭。

 彼女に直撃した凶器のクラスター爆弾。


 スローモーションのように辺りに緩やかに飛び散っていく砂のつぶて。


 その場にいる誰しもが舞姫の死を確証した……。


****


 ……あれ?


 その割りには彼女の服の欠片がない。

 それに肉片とかもなく綺麗過ぎる周囲。

 

『大丈夫ですよ……』


 舞姫をかばい、救ったのはあの人だった。


『お母さん、何て無茶を!?』


 タケシ君が抱き止めた彼の母親の体には無数の穴が空いていた。


 その彼のひざに倒れこみ、ゴホゴホと咳き込む母親。


『はっ、破片が速すぎて、バリアが間に合わなかったですね……』


 母親が咳き込んだ口から乳色の液体が飛び出る。

 恐らく、人間に例えると肺から血を吐いた感じだろう。


『タケシ……』

『お母さん、待ってよ。今、宇宙船から自己修復キッドを持ってくるから』

『タケシ……いいのですよ。もう母さんは手遅れです……』


 半泣きで飛び出そうとする息子の片腕を掴む母親。


 やがて、母親はゆっくりと赤子あかごに語るかのようにさとしだす。


『いいですか……タケシ。母さんたちは、常に人に支えられて生きている存在……。これからも人に優しくするのですよ……』

『お母さん!?』

『タケシ、強く生きなさい……』

『お母さん!?』

『………………』


 タケシ君が泣きわめくなか、彼の母親は安らかに眠っていた。

 誰がこんな状況を予測しただろう。


 さっきまであんなに優しく温かい母性の存在。

 ……その存在が、今消えようとしていた。


『お母さん!!』


 タケシ君が必死に揺さぶって母親を呼ぶが、すでに反応はなかった。


「……タケシ、もういいから」


 傍に予想外の人物がなぐさめに入る。

 あの繁君だった。


 彼も小さい頃に両親を失っているから、タケシ君の気持ちに親身になれるのだろうか……。


 すると、繁君の言葉を無言で振り払い、タケシ君は、粉々になりつつも歩みを止めないゴーレムへと歩きだす。


 そのすぐさま、タケシ君の体が黄金色に眩しく輝きだす。


 体という無数の毛穴から白い蒸気が吹き出しているからにして、これから起こそうとする行動は誰の目に見えていた。


 彼はゴーレムに対して命をかけて滅ぼす気だ。


「待て、タケシ、早まるな!」

『繁君、止めないでよ。元々アイツはボクたちが発明した兵器だから。例え、刺し違えでもアイツを倒すから』


『……それにここの異次元を抜ける鍵はボクしか持っていない。ボクが消えた方が君たちには好都合じゃないかな?』

「そ、そんな、冷たいことを言うなよ。僕らはもう友達だろ。友達の行為を黙って見過ごせないよ」

『ふふっ、君は本当に円さんに似てるね。でも、ここはボクに任せてくれないかな』


『……それにボクとお母さんしか、あの暴走したゴーレムは倒せない。倒すならヤツの核を叩かないと。

ただ闇雲に攻撃しても駄目なんだ』

「だったら僕たちと協力した方が良くないか?」

『……いや、犠牲者は最小限の方がいいよ』


 そう言ったタケシ君はゴーレムのかたまりに手をのせる。


『みんな、ありがとう。ボクのワガママに付き合ってくれて。最後に素敵な想い出ができたよ……さよなら』


 タケシ君はまぶたを閉じ、何やら呪文を紡ぎだす。


『オンキリキリキリギリス……トントントントンヒトノミトン!

……カアアアアッ!!』


 タケシ君の咆哮ほうこうにより、激しい光が発せられ、ともに二つの物質が星同士の衝突のように粉々に砕け散った。


『ドカーン!!』


「「「タケシーー!!!」」」


 残された私たちは、ただ彼の名を叫ぶしかなかった。


 その場には跡形もなく消え去ったタケシ君とゴーレム。


 ぼろ切れと化した灰色のタイツに、まっさらな砂粒になった痕跡。


 今、ゴーレムは形も影もなく完全に消滅したのだ。


 そして、空からその地肌に向かい、銀色の鍵がキラキラと輝きながらゆっくり、ゆらゆらと地面に落ちていく。


 タケシ君の言っていた現実に戻れる鍵とは、このアイテムのことだろう。


「タケシ、何してくれるんだよ。勝手にくたばりやがって……」

「……繁君、落ち着いて」


 その場に座り込み、爆風で荒れた地面を殴る繁君。

 いつも温和な彼が、こんな表情をするなんて……。


 彼にとってタケシ君は、まさに親友のような関係だったかもしれない。


「繁、彼は最後まで勇敢だった。むしろ誇っていいと思うぜ」


 今頃になって私達の目の前にひょっこりと姿を現す真琴まこと


 真っ黒だった体の汚れは綺麗に取れている。

 どこかで体を洗ってきたのか?

 

 だが、繁君には、そんな投げかけは通用しなく、涙をこらえながらタケシ君の布切れを握っていた……。


****


しげるside)


「繁ちゃん、また救えなかったね……」


 そこへ、聞き覚えの女性の声が響く。

 振り向くとそこには虎顔の女性がいた。


「円、君は知っていてわざと?」


 僕はキツイ目でキッと円を見つめる。


「これで分かったでしょ。繁ちゃんは無力なんだよ。親の七光りで何でもできると思ったら大間違いだよ!」


 円が地面に落ちていたタケシの鍵を拾う。


「さあ、繁ちゃん。最後のゲームをしようか……ルールは簡単。

お互い、魔法は使わず、私とサシでこのナイフで闘って勝ったら現実へ戻れる、負けたら永遠にこの場にとどまる。オッケー?」

「……何で僕が円と争わないといけないんだよ」


 応答に変じない円が懐からナイフを二本取りだし、一方は僕の足元に投げて、僕の方に身構える。


「そう、あのゴーレムを暴走させたのが私でも腹は立たないの?」

「なっ、円、正気か?」

「繁ちゃん、ナイフを握って構えて。私は、いつだって本気だよ!」


 僕は地面に刺さったナイフを抜き取る。

 その合図と同時に同じくナイフを握った円が至近距離に迫り、僕のナイフを叩きつける。


『ガキーン!!』


 円が連続攻撃をして、火花を散らし、衝突する二つのナイフ。

 

 動揺する弥生。

 困惑する舞姫。

 青白い表情の咲。


 何を考えているか、分からない真琴。


「最後は余計だろ!」


 カメレオンが怒っても怖さは微塵みじんもない。


『ガキーン!!』


「円、どうしてこんな事をするんだ!」

「……長年、この世をさまよってるとね、考えも歪むもんよ。それそれー♪」


『ガキーン、ガキーン!!』


 上段で切りつけ、その隙にナイフを左に持ちかえ、足を切り裂こうと下段に降り下ろす円。


 僕はすかさず、その攻撃から後方に飛びのき、かろうじて難を逃れる。


「円はいつも言っていたじゃないか。弱いものを助けてこそが人生だと!」

「……ふふっ、相変わらず繁ちゃんは、お子様の考えのまま変わらないのね」


『ガキーン!!』


 円の連続攻撃を受け止める度に僕の指先がジンと痺れる。


 さすが体育会系。

 男と渡りあえる腕力は十分にありそうだ。


「円、君はそんな命をもて余す人じゃなかっただろ?」

「……でも、私は死んだ。あの身勝手な宇宙人のタケシによって……。私はまだ人生を謳歌おうかしたかった……。この気持ちが繁ちゃんに分かるの?」


『ガキーン、ガキーン!!』


 水平に流れる二段攻撃を何とかナイフで弾きながらも、僕は円の説得にかかる。


「円、人助けには犠牲もつきものだよ。君は一人の命を救ったじゃないか!」

「でも、あのタケシが飛び出さなければ、私は無事に車の免許がとれて繁ちゃんと色んな場所に行けた。

……あの宇宙人たちは私の人生をぐちゃぐちゃにした。だから消えてくれてせいせいしたわ!」


『ガキーン!!』


 正面で摩擦音を放つ二つのナイフ。

 僕はたじろきになりながらも足を強く踏みしめ、何とかこらえる。


「だからと言って人の命を軽々と奪ったら駄目だろ!」

「……繁ちゃん、あいつらは人じゃない。宇宙人なのよ。

……私たちに奇妙な術を吹き込み、こんな異世界に閉じ込めて、己の欲望の為に自由研究の課題としてもて遊んでいた。

……それが許される行為なの?」


『ガキーン、ガキーン!!』


 その場で円は体を捻らせて半回転させ、その勢いで僕にナイフごと体当たりをする。

 僕はその攻撃を横に反らし、紙一重でナイフで防ぐ。


「じゃあ、円はわざとタケシたちをこうするために、わざとここに居たのか?」

「そう、繁ちゃん。敵をあざむくには味方からって言うでしょ。私は復讐がしたかった。この世に留まれるなら、せめて張本人たちも同じ目に合わせたいと機会を伺っていたの……」


『ガキーン!!』


 途端にその場で軽くジャンプして渾身の一撃を僕にかまし、余裕の表情を浮かべる円。

 僕はやみくもに攻撃もできず、守備の体勢で精一杯だ。


「その結果がこれなのか。それほどまでに憎かったのか……タケシたちはそう思ってないはずだぞ!」

「……まあ、何はともあれ、私の人生を狂わせたことは間違いないわよ」


『ガキーン!!』


 円による強烈な左払いの一撃に弾かれ、僕の持っていたナイフが宙を舞う。


「しまった!?」

「ふふっ、終わりね。繁ちゃん。私と一緒にあの世にいこうか!」


 円が僕の胸にナイフを突き立てる……。


****


「……だから何で、避けないのよ?」


 刺さったままの状態で僕を見上げる。

 胸元からは出血もしてなく、痛みもない。


 そのナイフの部分だけが柄先にすっぽりと引っ込んでいる。


 これは精巧にできた作り物の玩具のナイフだった。


「繁ちゃん、いつから気づいてたの?」


 円が玩具のナイフを突き立てながら信じられない目つきになっている。


「もう何年の付き合いになるんだよ。

円は、口ではどうであれ、こんなことをする人じゃないからな」


 それを聞いてカランカランとナイフを落とす円。


「あきれた。私の完敗だね……」

「円を信じていたからな」

「繁ちゃん……」


 円が僕に抱きつき、顔を僕の胸にすり寄せ、泣きついてくる。


「……私、凄く怖かった。繁ちゃんと二度と会えないと知って……。

……だから、タケシの母親がこの世に居られる方法があると言われて、わらをもすがる思いでここに居たの……。

ずっと寂しかった。凄く心細かった……」


「……もしかして、もう永遠に繁ちゃんとは会えないと思ってた。……そしたらこの世界で会えて……」


「……いなくなった私をどう思ってるのか、好きでいてくれてるか、繁ちゃんの気持ちをもう一度確かめたくて」


「だからと言って、これはやりすぎだろ……」

「ごめん、ごめんね……」


 円が謝りながら僕の胸で泣き続ける。 

 きっと彼女はその言葉の通り、凄く心細かったのだろう。


 今まで我慢していた緊張の糸がぷつりと切れ、今、あの気丈な円は一人の女の子として僕にしがみついて泣いていた……。


****


 それから、数時間が立ち、落ち着いた円がみんなを交えて和やかに談笑だんしょうしていると、突然、彼女の体がまぶしく光輝きだす。


「あっ、もう時間だね」


 段々と円の体が透明になっていく。

 どうやらお別れのときが来たようだ。

 

「舞姫。私の変わりに頑張って親孝行してね」

「ええ、円姉の分まで頑張るさかい」


「咲ちゃん、今度生まれ変わったらお友達になってね」

「分かりました。来世で会いましょう」


「弥生さん、繁ちゃんと仲良くね」

「はい。お元気で。

……でも、まさか舞姫さんのお姉さんで、しかも亡くなってるとは思いませんでした。生きていたら色々とお話がしたかったです」

「まあ、繁ちゃんは秘密主義だからね。これからも繁ちゃんをよろしくね」

「はいっ♪」


「あと、真琴。あまり調子にのるなよ!」

「何で俺だけ暴言なんだよ!?」


「そして繁ちゃん、今までありがとう……私、繁ちゃんが世界で一番大好きだったよ」

「円、僕も君の事が……」


 言いかけて、僕の口に人指し指を添える円。


「その言葉、もう私じゃなく、今の彼女にかけてあげて……」


****


 円の体が無数の光の粒になり、上空へと昇ってゆく。

 円は、今、本心により安楽に満ちた顔で成仏したのだ。


 もう、彼女には心残りはない。

 僕と長い間、幼馴染みとして連れ添ってきて、初めて伝えた愛の告白。

 僕も円の事が大好きだった。


 だから彼女に想いを伝えたかった。

 だけど伝える前に事故という形で消えてしまった。


 僕にできることは、円があの世に行っても幸せに過ごせるように願うだけだ。


 どうか、僕の事は気にせず、ゆっくりと休んで欲しい。


 そう切実に願いながら、学校を包み込んでいた奇怪な霧が消え去った廃墟になった建物から星空を見上げていた。

 

 今日も綺麗な星空だ。

 まさに新たなる旅立ちにふさわしい、そんな夜空だった……。








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