第21話 いつでも機会はある

しげるside)


「もう、何やってんのよ。このドジ!」

「ごめん。油断してたぜ……」


 ゴーレムから吹き出した煙を浴びて真っ黒に染まった真琴まことがふらつきながら円に弁解している。


 彼女の性格上、この場合、彼を案じるのが普通ではないのか。


 それにさっきから、あれを使う素振りがない。


(いや、もしかして……)


「ねえ、まどか。そういえば昔、僕が飼っていた猫のミーちゃん可愛かったよね。一緒に買いにいったこと、覚えてる?」

「ええ、ミーちゃんを選ぶの大変だったよね♪」


 これは全くもっての嘘。

 猫の名前はミーちゃんでもなく、にゃんちゃんが正しい。


 僕が名前を付けるのに戸惑っていたら誰にでも分かりやすい名前を付けようと円が話して決めた名前だからだ。


 それから買ったのでもない。

 あの子猫は近所に捨てられていた捨て猫だったからだ。


「お前は円じゃないな。誰だ?」

「ふふっ……」


 円が不敵な笑みを浮かべ、しばらくして、体中から放たれたピンクの桜吹雪に彼女の体がスッポリと包まれていく。


『あらあら、変装は完璧なはずだったのに、何で母さんの変装がバレたのでしょうか?』


 そして、その花びらの中からから大人な体格の全身灰色タイツが浮かび出してきた。


 あの顔と体のフォルムからして間違いない。

 円の正体はタケシの母親だったのだ。


「昔から一緒だったからね。何気ない仕草で分かるのさ。それに円は他人を傷つける行為をやらないし……何よりその姿で使えるはずの魔法も使わないからな」

『ふふっ、あなたの方が一枚上手でしたか』


 タケシの母親が納得のお辞儀をする。


「アタイもうすうす気づいてたよ。姉妹だもん」

さきも同様です」


 さすが、昔ながらの仲間だけのことはある。


「……おい、これはどういうことなんだ。何で円ちゃんじゃないんだ?」

『円さん本人にお願いされて昨日の宿泊先で入れ替わったのですよ……彼女自身、何やら試してみたいことがあるとか……』

「何だよ、それなら一言言ってくれよ……」


 何も知らないのは円と古くからの接点がなかった真琴だけのようである。


 ──そこへ、あの巨大なパンチが真琴を襲う。


「真琴、危ない!」


 一足先に舞姫まいひめが気づいたが真琴は完全にアウトのはずだった。


 そこを庇う女性の姿。

 あのタケシの母親だった。


『お母さん、大丈夫!?』


 真琴がタケシの母親に何度も感謝の礼をするなか、何かを察したのか、タケシがいきなり空間を裂き、母親のかたわらに駆けつける。


 タケシの母親は左足を負傷していた。

 血は出ていないが、その箇所は赤く腫れ上がっている。


 痛みで一人では立ち上がれない姿から深い傷を負ったかも知れない。


 そこへ忍び寄る黒い大きな影。

 あの倒したはずのゴーレムだった。


「何で動けるんだよ?」

「まさか、自動制御装置が働いたか!?」 


 僕が疑問点を投げかけると、真琴が説明する。


「操縦者の緊急時に備えて、自動で動く仕組みになってるが、こいつはヤバいぜ……」

『……赤く輝いた目からにして、バーサーカーモードのようですね……』


 片足を引きずるタケシの母親の話によると、このゴーレムのモードは昔の冷戦中に作られた機能があり、発動すると一心不乱に殺戮を繰り返す破壊兵器になるらしい。


 一度発動したら最後、ゴーレム本体を粉々に粉砕するまで狂気を繰り返すとか。


 まさに狂った戦士の踊りのようなバーサーカーモードである。


『ああ、なったら最後、誰にも止められません……』

「なんてこったい……」


 真琴が地べたに座り込み、両手を広げて観念のポーズを取る。


「簡単に諦めるなよ。まだ打つ手はあるかも知れないよ。炎よっ!」


 僕の放った炎がゴーレムの頭に命中する。

 攻撃を受け、ゆらりと揺れるゴーレム。

 だが、それの足止めは一瞬だけだった。


『ゴオオオオー!』


 厚くゴツゴツとした胸板を叩きながら、ゴリラのような雄叫びをあげるゴーレム。


 次の瞬間、ゴーレムは素早い移動でジャンプして降り立ち、舞姫と咲ちゃんとの輪に襲いかかっていた。


「何やね。早すぎやろ!?」


 舞姫に絶望をもたらすゴーレムのパンチ。

 誰もが今度こそは駄目だと、絶体絶命にさらされた。


「舞姫っー!!」


 咲ちゃんが青白い表情で叫ぶ。


****


「もう、大丈夫だよ……」


 そこへ、どこからか流れてくる心地よい音。


 ちょうど夏の青空にそよいでいる清涼感。

 あの涼しげな風鈴の音色に似ていた。


弥生やよいたん、どうして?」


 舞姫が驚くなか、あの弥生さんが体全体から風の魔法壁を放ち、ゴーレムのパンチを受け止めていた。


「……これ以上、私の大切な友達に危険な思いをさせたくないからね。気になって戻ってきたらさっそくこれだよ」


 さらにそのままの体勢でゴーレムをありったけの強風で吹き飛ばした後、弥生さんは僕に素早く詰め寄る。


『バチーン!!』


「あいて!?」


 それから僕に物凄い音の強烈なデコピンをおみまいする弥生さん。


「これでツケは返したからね。

今回はこれで多めに見てあげる。

蒼井あおい、……いや繁君」


 彼女は舌をぺろっと出してイタズラっ子のように笑っていた。


 さっきまでの悲痛な顔つきとまるで違う。

 それは別人のような凛々しい姿だった。


 散々泣き叫んだせいなのかは分からないが、少なくとも彼女を覆っていた心の闇は晴れ、彼女自身も吹っ切れたようだ。


「……繁君、さっきは取り乱してごめんね」


「……でも私、やっぱり繁君のことが好きだから諦められない」


「……だから私のことで頭が離れないように、これからもたくさんの想い出を作るんだ」


 まるでLINAのチャットのように次から次へと言葉を紡ぐ弥生さん。


 端から聞いていると第三者からでも恥ずかしい台詞の連続で、まさに風の魔法による告白の嵐だ。


 僕にはそんな彼女の姿が凛々しく見えた。

 新鮮な新たな姿にトキメキを覚える僕の鼓動……。


 だけど、それは一瞬だけだった。


 肝心の弥生さんは僕の目線から消え、ゴーレムの激しい攻撃を潜りながら反撃の機会を待っていたからだ。


 この一撃で相手を倒さないと終わる。

 そう、彼女の背中が物語っていた……。


****


弥生やよい回想シーン)


「繁君、どうしてよ……」


 繁君と喧嘩した私は一方的に繁君から離れて、見知らぬ灰色の景色の大地を走っていた。

 

 ふと、走っていて不思議な感覚が胸を過る。


 どう走っていても、このアスファルトの道が分かれていない一本道だったからだ。


 これはおかしい。

 現実ではあの学園の外の周囲は多彩な道があるからだ。


 交差点に裏通りの抜け道、さらに獣道のように広がる砂利道などなど……。


 しかし、ここにはそれらのルートが一切ない。


 ただの何のへんてつもない一本道が続いている。


『ようやく気づいたかい?』

 

 そこへ風船ガムのように膨らみながら灰色の少年が出現する。


「また、タケシ君の仕業? 今度は何をしでかしたの?」

『彼、繁君のことが知りたいんだよね?』

「……もう、彼のことはいいの。だから……」

『まあ、そんな冷たいことは言わないで。彼には人には言えない秘密があるみたいだよ』

「……そんなの私には関係ない」

『まあ、いいから黙ってこの道をついてきてよ。僕でよければ教えてあげる』


 さっきから何なんだこの宇宙人は。

 失恋で傷ついた乙女を散々挑発して楽しいのか?


「まったく、どいつもこいつも一体何なのよ……」


 どうして私に群がる男はこんな失礼で常識がない人が多いのだろう。


 私に対するあまりにも最悪な人権の無さに苦笑いしか、頭に浮かばなかった。


****


『ほら、立花さん着いたよ』


 しばらく歩いていくと、道の終着地点に辿り着く。


 そこの行き止まりにそびえ立つのは見覚えのある古びた建物だった。


 まだ、何も知らなかった私が一度だけ訪れた聖地だった場所。


 胸の中から鼓膜を通じて、あの電車音が蘇る。


 そう、そこは繁君が一人暮らしをしていたアパートだった。


『さあ、真実を確かめに行ってきなよ』


 タケシ君が空間から真ん丸な水溜まりのような緑色のゲートを開き、私に飛び込めと目配せする。

 

 しかも、それに対して私がいくら抵抗を見せても、彼はそこから一歩も動かず、強制的にゲートを勧めてくるようだ。


 どうやら口で拒否を示しても、通用しない性格らしい。

 

 ここは私の人権は無視なのだろうか。 


 男には逆らえない乙女に生まれてきて後悔したのも束の間、仕方なくそれをくぐった。


****


 ふと、目が覚める。

 おろしたての藺草いぐさの立ち込める畳の部屋。


 あのゲートに飛び込んでから私は気を失っていたようだ。


 どれくらい時が過ぎたのだろう。


 私はその部屋からチクタクと音を鳴らすアナログの目覚まし時計を見る。


 すでに昼の12時を回っていた。


 あの異世界を冒険してからすっかり静まりかえった昼間なのに深夜のようなこの現実世界。


 あれから時はそんなに過ぎてはいない。

 その証拠にカレンダーの表記も4月のままだったからだ。

 

 部屋にはなぜか電球がついていた。


 そこにはちゃぶ台があり、あの豚顔の二人組が腕組みをしながら眠っていた。


 どうやら繁君を、待ち伏せしてたらしい。


 しかし、現実世界でも豚顔には笑える。

 人間性は顔にも表れるとはまさにこの事だ。


 頑張って努力して男を磨かないとモテないよ。


 まずはダイエットからしようか。


 だが、私の目線はすぐさま、あれに釘付けになる。


 金色の髪型、緑の瞳、小さな鼻に控えめの唇でこちらに笑いかける表情。


 等身大の紙に描かれた少女のポスターが、私の前に貼られていた。


 それも一つではない。

 色々なカラフルな髪型の少女のポスターが壁一面に貼られている。


 そのあまりにも理不尽な風景に私は吐き気をもよおした。


 ここは間違いなく繁君の家の中だよね? と部屋を見渡す。

 

 白のハンガーにかけられた見覚えのある制服に、玄関には白の運動靴……。


 信じたくはなかったが、間違いなく、ここは彼の部屋だった……。


 さらに、タンスの上には繁君本人と隣で笑っているもう一人の知らない女の子が写っている。


 写真の端のスペースには黒のマジックで『円と遊園地』と記載してある。


 この少女があの円か……。


 胸は私のEカップと比べて、胸はストンとぺったんこだが、顔は思いっきり美少女でモデル並みに可愛い。

 

 変にメイクや服装に気取った感じはなく、繁君といても違和感のない普通な少女。


(可愛くて素直そうな人だな。彼はこんな人が好きなのか……)


 また、円にはここいら周辺に飾られている少女のイラストポスターと一致する部分もあり、何となくだけど雰囲気も似ていた。


 まるで円という人物を心に刻みつけるように……。


 そこで私が写真を目に焼きつけていると、隣にある仏壇と目があった。


故人こじん蒼井博貴あおい ひろき嘉代子かよこ


 それを目で追い、私の無意識な感情にヒビが入った。


 繁君の両親は、もうこの世にはいないことは真琴から聞かされていたが、

それを改めて現実に知った瞬間、あふれ出す嗚咽おえつが止まらなかった。

 

 その気配を察したのか豚顔の二人も目を覚ます。


 私は慌てて服の袖で涙を拭う。


「……おい、お前。あの蒼井繁と知り合いなのか!」

「まあ待てよ。相棒。よく見るとコイツはなかなかの上玉だぜ」

「……確かにええ体してるもんな。でへへ」


 豚顔の二人組が、いかがわしい顔つきでより、私は白いクロス貼りの壁へと追いつめられていた。


『こりゃマズいな。立花さん、急いで戻って!』


 そんな危機を感じ取ったのか、頭の中からタケシ君の焦った声がして、その壁ぎわの壁から、閉じていたゲートが再び出てくる。


「あっ、アイツ逃げる気ですぜ!」

「相棒、急いで追いかけろ!」

「ラジャー♪」


 このままでは、ただではすまないことを察した私は迷わずにゲートに飛び込んだ。


 そこへ豚顔の二人も飛び込もうとして、ただの壁に成りはてた姿に顔を見合わせ怪訝けげんな顔をする。


「ちっ、あと一歩のところで逃がしたぜ」

「まあ、いいや。ここしか蒼井が帰れる場所はないからな。

この家にいればいつでも機会はある」

「……それより旦那、腹がへったんで昼飯にしやそうぜ」

「そうだな。腹が減ってはいくさはできんからな」


 相棒が台所に置いてあった大きな緑の風呂敷の結びを解くと、中から大量のカップラーメンが出てくる。


 まさにお宝ザクザク……。


 そこで私の意識は途切れ、それから先の二人の言葉は闇に溶けていった……。



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