第5章 激震が及ぶ世界と秘めていた鼓動

第19話 胸が切なくなるばかり

しげるside)


 僕が在学している星屑修二ほしくずしゅうじ学園私立高等学校。


 この高校にも飛び級制度がある。


 飛び級とは高校に二年以上在学して、なおかつ、一つの学科で優秀な成績を修めた者だけが利用できる制度。


 ざっくばらんに言うと高校の途中で大学に進める制度である。


 しかし、優秀な成績とはテストの点でひたすら満点という意味ではない。


 海外などの国際社会に関わり、ずば抜けた学業を手にして、スポーツなどで日本の高校を圧倒した素晴らしい素質を持った者が得られる特権である。


 海外ではさておき、まだ日本の高校では実績経験はあまりない。


 また、もし飛び級で大学に入学できると言われても実際に入学を認めてくれる日本の大学は極端に少ない。


 ここら辺で飛び級が許される有名な大学は千春ちはや大学くらいだ。


 僕の幼馴染みのまどかは、まさに大学への飛び級でこの学校を卒業した数少ない生徒の一人だ。


 円は昔から運動神経に長けており、特に水泳の競技大会で数々の賞をとり、海外のスポーツ界にも進出。


 その優れた自由型のクロールは数多くのスポーツ業界を釘付けにした。

 

 そんな、円になぜそんなに水泳に打ち込むのが好きなのか、一度だけ理由を聞いてみたことがある。


****


(繁回想シーン)


「うーん。何ていうかさ。

しげるちゃんは大雨の災害にあってさ、目の前の増水した川で溺れてる人がいたらどうする?」

「……そうだな。危ないから即座に通報して救急隊員に頼むかな」

「ノンノン」


 ちっちっと軽く舌打ちしながら人差し指を左右に振る円。


「人任せじゃなく、その場で助けないと駄目だよ。人の命がかかってるんだから」

「……いや、普通に考えたら一緒に溺れるだろ」

「だから、それを可能にするために水泳で、私は頑張っているんだよ。

……繁ちゃんも水泳部に入部すればいいじゃん。きっとこの良さが分かるよ」

「うーん。そうだな。僕も少し考えてみるか」

「もう、焦れったいんだから。

男の子でしょ。考えるより行動するのが肝心よ」


 円がどこからともなく入部届けの紙を出して、僕に赤のボールペンを握らせる。

 

 なぜボールペンなのか。

 鉛筆とは違い、その場で消させないためだろうか。


 しかも赤色というのも気になる。


 ふふっ。

 だが、こんな事もあろうかと、僕は修正ペンを持ってきてるぞ。


「……じゃあ、考えより行動に移す円はオトコ女と言うことなのか……」

「もう、繁ちゃん、何言ってるの。

これは言葉のアヤだよ。しみじみと語らないでよね!」


 半分キレ気味な円から問答無用でボコられる。


「……わっ、分かったから石を握ったグーで僕をボコボコ殴るなよ。痛いじゃんか」

「……そっか、マゾな繁ちゃんはメリケンサックで叩く方がお好みか……」

「それ、よけい悪いからさ!?」


 止めてくれ。

 そんな鋭利な武器でやられたら命に関わる。


 僕は心底から生死をさまようところだった……。


****


 紅円くれないまどか。17歳。

 飛び級により高校二年の卒業式の日。


 他の三年生に混じって式を迎える円は、紅一点な存在で僕から見ても輝いて映った。 


 式に参加した同級生からの憧れや歓喜な視線に対して、彼女は全貌ぜんぼうな冷静なたたずまい。


 彼女は、まさに完璧な女性で隙がなかった。


 その彼女が唯一、隙を見せるのは、周りに知り合いがいないときを察した僕の前だけだった。


「円、二年間おつかれさん」


 卒業証書の入った茶色な筒を胸に抱き、同級生の女子と記念写真を撮っていた円にねぎらいの言葉をかける。


「もう、繁ちゃん。大袈裟おおげさだよ。頑張れば叶わない夢はないよ」

「それが上手い具合にならないのが人生というものだ」

「……ぷっ、繁ちゃん。何かジジクサイよ。ひょっとして頭から白髪生えた?」

「……かっ、からかうなよ。僕はいつだって大真面目だぞ」

「だから普通、そこは自分で真面目だとか言わないよ」


 すると、円が僕の耳元に近寄る。


「……心配しないで。遠くに行くわけじゃないから」


 僕へとにこにこと微笑み、そのまま優しくハグしてくる。


「ずっと、ずっと、一緒だから……」


 それを聞いた僕の瞳から感情がこぼれだす。


「千春大学に進学しても繁ちゃんの近所で暮らすから大丈夫。

……だから私の夢も応援しててね」


 円の将来の夢。


 それは救急救命士。

 まさに人助けが好きな彼女らしい。


 大好きな水泳も大学のサークル活動で続けると話してくれた。


 彼女は水泳選手としてでも売れそうな予感だったが、それはあくまでも趣味。


 円はそれを救助に活かし、少しでもたくさんの人を助けたいと心から願っていた。


 そうしたら過去に起きたあの酔狂者によるビルの爆破事故も防げるかも知れないからと……。


 ……今度はその事件が水の近くで起きても、犠牲者が未然に防げて多くの人の身の安全を確保できる可能性だってある。


 川や海などの土砂災害による二次水害に巻き込まれたらなおさらだ。


 もうあんな風に両親を失い、嘆き悲しむのは僕だけで十分だと……。


 円はきっぱりと言った。

 繁ちゃんは存分に闘ったと……。


 だから、もうこれ以上、子供に不慮の事故で肉親を失う時間を過ごさせたくない。


 子供は親がいてなんぼだ。

 子供にはかけがえのない人生に寄り添ってくれる親が必要だと……。

 

「円、まどか……」

「うん、今は存分に泣いていいよ」


 周りの生徒の目も気にせず、僕はひたすら抑えきれない感情をぶつけた。


 そんな僕に円は赤子を泣き止めるように僕の頭をよしよしと撫でる。


 わんわんと年甲斐もなく泣きじゃくる僕にとって、彼女は母親のような存在で温もりのある愛で満ちていた。


「私が正式に車の免許とったら一緒に繁ちゃんのご両親のお墓参りにいこ。

あそこは遠いからまだ二人で行ったことないでしょ」


 ──やまなしにいる遠方の実家の土地に僕の両親は眠っている。


 両親が亡くなった当初はよく叔父さんとお墓に行っていたが、最近は叔父さんとも疎遠になり、高校に入ってからは、まだ一度も参っていない。


「ねっ♪」


 彼女は意味深にそう問いかけ、僕の肩をそっと叩く。


「だからもう泣かないの。男の子は強くなくちゃ」

「……円。ごめん」

「頑張れ。男の子♪」


****


 紅円、17歳。


 まだ学生だけど心は立派な大人の母性愛にとなんだ考え。


 肉親がいない僕は、甘えられる場所が彼女であることを改めて認識させられた。


 そうこう考える場所に、この空間に一筋の亀裂が入る。


「まだだ、まだ、このままでいさせてくれよ!」


 僕の叫び声は届かず、段々とその空間が裂けていき、辺りが光に覆われていった……。


****


(繁side)


「朝か。いつのまにか寝てたのか」


 どうやら眠りについていたらしい。


 記憶が曖昧あいまいだが、無意識のうちに眠っていたのだろう。


 僕はゆっくりと体を起こした。


「繁君。大丈夫、何かうなされていたけど?」

「のわっ、弥生やよいさん!?」

「きゃっ、どうしたの?」


 そりゃ、目が覚めて周りが薄暗くて、自分の枕元に予期せぬ人がいたら誰だって驚く。


「本当に大丈夫?」

「……いや、ちょっと悪い夢を見ていただけだよ」


 僕は空っぽの脳を震わせながら、現状を理解しようとする。


 緑の蛍光色に彩られたテントの中にいて、ご丁寧にクリーム色のブランケットまで被せられていた。


「……あのさ、僕はどうやってここまで?」

「うん、私の魔法でちょちょいと運んだよ。こんな感じに」


 弥生さんが足元にあった紙屑を拾い、それを手のひらで浮かしてみせる。


 そういえば彼女は風の魔法を操れるのだった。


「弥生さん。今何時くらいだろう?」

「うーん。よく分からないけど、もう外は明るいよ」


 僕はテントから抜け出した。

 確かに明るい。


 彼方にある霧に潜む山からの日の出からして朝になったばかりのようだ。


 異世界で過ごした初めての夜、そして、二日目にあたる朝日。


 この世界は現実世界とリンクしている。


 ならば次は学校に行き、事の真相を確かめないと。


「待ちぃーや、繁たん」


 どこからか姿を現した、白のエプロンドレスを着た舞姫まいひめが僕を呼び止める。


「そんなせかせかして何を急いでんのかいな。朝はきちんと食べんと元気でんよ」


 舞姫が即席のたき火で目玉焼きとベーコンを焼きながら、僕の口に焼きたての食パンを入れこむ。


「ホガホガ、アディー!?」

「こらこら。口に物入ってるのに喋らんとね」


「まったく、年長者さんの割りにはお行儀が悪いですね。さきの前で、はしたないです」


 いや、舞姫が勝手な事をしたのだからね?

 普通、人の口の中に強引に物を入れるかな?


 僕は郵便ポストじゃないぞ?


「とりあえず、繁君も座って食べようか」


 弥生さんがそんな僕の手を取り、草原に広げた青のレジャーシートに座らせる。


 今日も澄みわたるような青空でいい天気だ。


 ほんわかと暖かい風が心地よい。


 弥生さんがれてくれたコーヒーを手に持ち、僕は落ち着きを取り戻し、存分にコーヒーの味を満喫する。


 ほんのり苦くて甘い味がした。


「繁たん。焦ったって何も浮かばんよ。腹を満たしてから考えんと」


 僕のかじりかけのトーストを置いた皿に、いい焼き加減な目玉焼きとベーコンをのせる舞姫。


 この食材も、あのコンビニから調達したのだろうか。


 彼女たちはアニメイドでお金を使うとか言っていたが、一体いくら持ち合わせているのか?


 最近の女学生はお金持ちだ。

 そんなに何か稼げるバイトをしているのだろうか?


「では、食べながらで失礼だけど作戦会議をするよ」


 朝食を食べた口の汚れを手持ちのハンカチで拭き、気を持ち直した僕に、舞姫からスケッチブックと黒マジックを手渡される。


 そして、無我夢中でその紙にイラストを書き始めた。


「僕らは四人とも無事で合流もできた。

そして、今はトンデンランドにいる」

 

 ぷぷっ。


 だけど、当の三人はかゆいものに手が届かないように必死に笑いを堪えていた。


「……ねっ、繁君に任せて良かったでしょ」

「くっくっくっ、確かに超下手やわ」

「いえ、これは才能がありますよ。あのピカリ画伯に並ぶべきかと」


「咲ちゃん。それ、誉め言葉かいな?」

「いえ、咲の率直な感想を述べたまでです」

「咲ちゃん、パネェーゲスやわ」


 何か三人とも僕を見てケタケタと笑っている。


 いや、彼女達の視線を追うと、正確には僕の書いたイラストを見て反応しているようだ。


 失礼だが、僕は過去にイラスト部門で県大会まで登りつめた事もあるんだぞ……。


 まあ、いいか。


 そのうち僕のイラストセンスに気づいたプロの方から誘われて、商業誌デビューも夢じゃない。


 その時は意地でもサインなんかしてやるもんか。


「それで、これから僕たちは学校に向かおうと思う」

「あの星屑修二学園かいな。アッコに何かあるん?」


 舞姫がフォークで目玉焼きをつつきながら聞いてくる。


「トンデンランドで目立つ建物はここしかない。多分、タケシはここで僕らを待ってるはずだよ」


 スケッチブックを見せながら説明するが、彼女たちは僕の説明など上の空で仲間通しでキャイキャイと喋っている。


「ようやくゴールが見えてきたね♪」

「弥生、何か楽しそうですね」

「うん。やっとみんなに会えたからかな。遠足みたいな気分だよね♪」


「……やはり、大人しい繁とのデートは不満でしたか……」

「……で、弥生たん、ついに我慢できんで爆発して押し倒したそ?」


「違うわよ。何でそうなるのよ!?」


 からかうような二人の態度を押しのけ、僕を見つめて屈託なく笑う弥生さん。


「繁君。最後まで頑張ろうね」


 僕には彼女のその励まし方が、あの円に似ていて胸が切なくなるばかりだった……。






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