第18話 1枚の写真
(
わたしたちは、いつのまにか海岸線にいて、穏やかな波打ち
あの大渦に飲まれて溺れてしまったはずなのに、こうして生きているのはどうしてなのか……。
「
「もしかして
「せや。渦に飲まれる瞬間にアタイの水の魔法で水のバリアの球体を作ったんよ。それで後は流れるままに飲み込まれたんよ」
舞姫の詳しい説明によると、わたしたちはその球体に包まれ、渦のなすがままに流れて水中を移動して、そのまま波の勢いでここに流れ着いたらしい。
「助かりました。ありがとうです」
「礼には及ばんよ。アタイもガチで無我夢中だったわ。
それにさっきも咲ちゃんが気絶した時は超ビックリしたさかい」
どうやら、わたしは魔力の連続消費のせいと泳ぎ疲れたせいか、疲労のあまり寝入ってしまったようだ。
こう見えてわたしは肝っ玉はすわっている方なので決して怖くて気絶したわけじゃない。
まあ、舞姫が心配しないように、ここは適当に相槌を打っておこう。
「それにしても、ここはどこでしょう?」
景色は夕暮れからすでに夜へと舞台を移しており、少し海風が冷たい。
だが、この場所は見覚えがある。
「……まさか、ここは
「そうみたいやね。さっきぐるりと砂浜を散策してた時、この看板に書いてあったさかい♪」
そう答えた舞姫が『トンデンランド海水浴場』と墨で書かれた等身大な木の看板を砂浜に突き刺して、どや顔でわたしに見せる。
「……ていうか公共物を勝手に持ってきたら、駄目でしょ!」
「いや、超ベリーカッケーゴシック体だったんで♪」
「今すぐ元の場所に戻しなさい!」
「へーい……」
膨れっ面をしながらも看板を持って持ち場を離れようとする舞姫。
「……待って下さい。また怪物が出るかも知れませんから」
「……そんなこと言って、実はぼっちが怖いんやろ?」
ジト目でわたしを寂しがり屋と過小評価して見下す舞姫。
「……舞姫、脳天にガツンと咲の雷を食らいたいですか?」
「わっ、わーとる。だから両手をアタイに向けんで。
ガチで冗談じゃんっ!?」
わたしが両手から雷を発生させ、指のすき間からバチバチとさせる仕草に対して、慌てて制止に入る舞姫。
つまり、わたしたちはいつの間にか東京湾を流されて渡り、この
「……まあ、今日はもう真っ暗さかい、ここで野宿になるかいな。
……ところで咲ちゃん、これ食べる?」
舞姫がバランス栄養食『カロリーメイド』ブロックタイプのチョコ味の袋をわたしに差し出す。
これはバランスとは名前ばかりで本当は脂肪の塊で太るらしいが、今はワガママを言っている場合じゃない。
空腹をまぎらわすために、わたしはその包み紙を破り、ひたすらカジカジとハムスターのように少しずつかじる。
こういう危機的な状況に対して、食料がまったく無いよりはましだ。
「しかし、よくこんなの持ってましたね?」
「ああ、アッコで買えたんよ」
舞姫が100メートル先にそびえる、
一瞬、わたしの脳みそが呆れ返り、スコーンと頭から
さすがは宇宙人の作った異世界。
何でもありときたものだ……。
****
わたしたちが、その場違いなコンビニに入ろうとすると、見覚えのある吸血鬼の女性とすれ違う。
「あれ? まさかアンタは
「あっ、舞姫ちゃん、それに咲ちゃんじゃん!
やっと会えた♪」
弥生が嬉し泣きでわたしと舞姫にハグする。
……無理もない。
あの穴から落ち、半日かけて、この異世界でようやく三人は合流できたからだ。
「もしかして、今、あのレジにいるのは、あの
「そうだけど……?」
「アンタもなかなかやるわね」
「えっ……そんなんじゃないわよ」
「いや、どう見ても二人っきりのデートやん」
「もう、舞姫ちゃんあまりからかわないで。デートと言っても雰囲気だけだから。勘弁してよ……」
弥生が苦笑いしながら、コンビニの袋からパンを取り出す。
彼女が昔から好きなタマゴサンドだった。
そして、後ろの自動ドアを開け、緑色の体のゴブリンがちょこまかとこっちにやって来る。
背丈は低く、多少目つきが鋭いが、その鼻の下が特徴的なイケメン面からに、こちらが噂の繁のようだ。
そんな彼が袋から取り出したのはレンジで温めたばかりの包装紙で三角の紙袋に包まれていたホカホカのシャケおにぎり……。
……えっ、弥生と同じ食べ物じゃない。
パンとおにぎりという両極端な組合せ?
普通、仲が良いなら食事の統一はしないのか?
何だ、このカップル? の協調性のない異様なライフスタイルは?
しかも、カップル(だよね?)のはずなのに、お互い割り勘ときたものだ……。
……というか、ここのコンビニはわざわざおにぎりも温められるんだ。
まるでお弁当の温めみたいだな……。
「──それにしてもすっかり日が暮れたね……」
弥生が耳に重なる長い髪をかきあげ、タマゴサンドをおしとやかに食べている。
「……しかし、アンタらよく無事だったわね?」
確かに舞姫のいう通りだ。
わたしたちは様々なモンスターと出会ってきた。
スライムゼリー、ゴブリン、ガーゴイル、おまけにトロールなどと、わたしと舞姫が相手にした怪物だけでもたくさんの数と死闘を重ねた。
それなのに、あの二人は防具や体には傷ひとつもなく、平然としているのはどうしてだろう……。
「……そうだね。私たちのときは気配は何となく感じていたけど、モンスターはまったく出てこなかったよ?」
「えっ、ガチで?」
要するにわたしたちが先回りしてモンスターを片っ端から退治したから、後から続いた弥生組は厳しい戦闘による苦は一回もなく、余裕で移動して来たらしい。
これはわたしたちの努力のたまものの成果だ。
ここはわたしたちの
「さてと、今晩はここで野宿になりますね」
「咲ちゃん、一緒に寝ようね♪」
わたしの発言に弥生が『きゃっ♪』と片腕に飛びつく。
そんな弥生の可愛らしさに、女ながらちょっとキュンとした。
並みいる男どもが彼女にときめくのも分かるような気がする。
──さて、今や女性がするアウトドアがブームで電気や水のある当たり前な生活から一点して、全くのゼロから挑むアウトドア風な体験の始まり。
いささか女性のみでは防犯の対策も頭の隅で考えないといけないが、今回は男手の繁がいるから大丈夫だろう。
「しかし、咲が驚いたのはこの世界でも現実と同じお金が使える所ですね」
「そうそう、アニメイドでの軍資金が役にたったわね」
「……僕は無駄遣いはしたくないな。ずっと欲しかった品物があるからさ」
「……繁君、それ何かな。やっぱエッチぃやつかな?」
その言葉を口にした弥生自身が顔を両手で覆いながら、恥ずかしげな素振りをする。
「男の子も複雑ですね」
「だよね。僕はもうタマラン~! みたいな思春期の逃れられない宿命だよね!」
「おい、お前ら勝手に納得するなよ!」
繁が鬼のような
「「きゃー、舞姫さんタスケテー。ケダモノに襲われるぅー!」」
わたしと弥生がハモりながら都合よく
そうこうしてる間に、いつのまにか
飯ごうに水と米をいれて、着火材と一緒の薪に火をつけ、その飯ごうを火の
持参した木のまな板を利用して人参、ジャガイモ、玉ねぎ、牛肉などを手際よくトントンとリズミカルな音を立てて切って、水の入った鍋へと入れていく。
その大きなアルミ色の鍋の隣には長方形の黄色な箱が置いてある。
それから推測して、どうやらキャンプ場の定番のカレーライスを作っているようだ。
「へぇー、舞姫ちゃん。料理上手なんだね」
「これはトリビアだな。
あの『深けえ~、深けえ~』の音声入りボタンが欲しいよな」
「ところで何で、あのテレビ放送終わったんだろうね?」
「寿司と一緒でネタ切れは怖しだな」
繁と弥生によるボケなツッコミのクロスカウンターが舞姫の手前で炸裂する。
「……お前ら、横でふざけてる暇あるんなら、ちったあ、手伝えやぁぁー!!」
舞姫が東北地方の伝統行事にあたる、なま○げ祭りの再来のように、ぎらついた包丁を動かす手を止めて逆ギレする。
だけど、相変わらずわたしを含めた三人ともお茶らけた会話ばかりで調理にはノータッチ。
それを無視して一人かやの外で支度をしている舞姫。
彼女が怒るのも無理もない……。
こうして四人仲良く調理? をして、満天の星空の下で団らんを囲んだのだった……。
****
(
星空の
食事を終え、みんながテントで寝静まっている最中、一人でたき火の番をしていた僕の隣に一人の女性がチョコンと遠慮気味に座る。
名前は確か弥生さんの友達の
「春賀さん、明日は早いよ。こんな時間まで起きていて大丈夫なのかい?」
僕が身につけてる黒のアナログ腕時計はすでに夜中の23時を指している。
やたらと肌を露出した雷衣装のペッタン胸のよい子なお姫様は、もういい加減に寝る時間だ。
「繁。少しお話があります」
「ははっ、告白なら勘弁してよ。僕にはすでに意中の人がいるからさ」
「……例え、その人がこの世にいなくてもですか?」
僕は笑いをひきつらせ、春賀さんの方を向く。
本当にアイツはお喋りが過ぎる……。
「……春賀さん、さては舞姫から何かを吹き込まれたな?」
「わたしのことは咲と呼んでください。
それから茶化さないで下さい。真剣な話です」
「……何だよ?」
「彼女、いや、
「はぁ? 生きてる……?」
僕はたき火で温めた銀の鍋に入ったホットミルクを熊のデザインのマグカップに注ぎ、咲ちゃんに手渡す。
「……熱いから気をつけて」
『ありがとう』と素直に
そうして僕は再び彼女の話に向き合う。
「はっはっはっ。
そんなわけないじゃないか。
「でも咲は今日、この世界で
「……ただの見間違えだよ」
「いえ、咲がゴブリンにやられる前に光魔法で私を助けてくれました。
……円は命の恩人です」
「つまり、何かお礼がしたいのか……?
……でも円とは限らないよ?」
****
──そう、彼女が生きているという夢見ごとは信じない。
僕は冷たくなった脱け殻の薬指に銀の指輪をはめたあの頃から誓ったからだ。
君との出会いは大切にしたい。
この世から生を受けなくなっても永遠の愛を誓うことを約束した。
もう、どんな女性が現れてアプローチされても僕の一途な想いは揺るがない。
あの永久の眠りについた円の冷たい指にはめたエンゲージリングに想いを
もし、円が生きていたらどうするとか僕の答えは決まっている。
だからもう一度きちんと話をしたい。
この何年も秘めている切ない片想いの物語に終止符をうつために……。
****
「……分かった。お礼の件はこっちでも考えてみる。
──でも僕からの頼みもある。
……咲ちゃん、今度は僕にも円に会わせて欲しい」
「……了解しました。マスター」
「ははっ、マスターだなんて、どこで覚えてきたのやら?」
「確かフェ○ツ・ナイトというアニメ作品からですね」
「なるほど、テイバーの名台詞か。
以外だな。咲ちゃんもアニメに詳しいんだね」
それから僕達は、あの人気アニメの話を楽しく話し終え、僕はたき火の調子を見ながら、僅かに残った手元の枯れ木を投げ入れる。
そろそろこの炎も消え入りそうだ。
「じゃあ、咲ちゃん、もう遅いからおやすみ」
「はい、おやすみなさいです」
僕は咲ちゃんが再度テントに戻るのを確認して、胸ポケットから一枚の写真を取り出す。
「もし、それが本当なら凄いよな。
毎回、円のサプライズには驚かせられるな……」
くせ毛のパーマの黒髪をなびかせながら彼女らしくもなく、こちらに向かって清楚に笑う写真の姿が、胸をきつく掴んで離さなかった……。
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