第17話 スリルあるアトラクション

舞姫まいひめside)


さきちゃん、そっち回ったさかい!」

「はいっ、雷よっ!」


 アタイらは、とある敵に対して苦戦中だった。


 相手は空を自由に飛び回る一匹の鳥人間のガーゴイル。

 蛇のような長い首に竜のような翼を生やした文字通りの怪物モンスターだ。


『ガアガア!』

「コイツ、パネェわ。またギリで避けたんかいな」


 さっきからコイツはアタイらの魔法をすんなりと交わす。


 それから、その度にアタイらに挑発的な鳴き方をする。

 完全にアタイら人間(今は人の姿ではないけど……)をなめきっている鳴きぶりだ。


「やっぱ、空飛んでるだけあって超つえーわ」

「多分、上からでは咲たちの魔法攻撃は丸見えで筒抜けなのでしょうね……」

「咲ちゃん、どないしよ?」

「そうですね……」


『ガアガア!』

「危ない、咲ちゃん!」


 その会話をぬって、突っ込んでクチバシ攻撃をしかけてくる油断もならない卑怯なヤツ。


 アタイが気づかなかったら咲ちゃんは今ごろコイツにやられてた。


 コイツには鳥としての最低限のマナーはないのか。


 道端に平気でごみをポイ捨てしそうな自己チューでサイテーなヤツやわ。

 不法投棄は立派な犯罪やで。


「ムカつくわね。アタイらにも翼があったらいいのに……」

「そうですね……あっ!」

「どないしたん?」

「翼が無ければ作ればいいんですよ!」

「はっ? 作る?」


 咲ちゃん、こんな緊迫した戦いで何、冗談言ってるのやろ。

 その状況がうまく飲み込めんわ。


 まさか、ここでヤツの気を引くために手料理でもする気かいな?

 相手は鳥やけん、鶏の丸焼きとか出したらめっさ怒るやろーね。

 下手をしたら共食いになるけんね。


舞姫まいひめ現実世界リアルのコンビニで買った大きなタイプの『燃えるゴミ袋』はまだありますか?」

「あるけど、どないするの?」

「あと、靴の紐も頂戴ちょうだいできますか?」


 咲ちゃんの不可思議なことを発言に頭を傾げながらも彼女にそれらを手渡すと、その場で何かを作り始める。


 何やろ、ガチで想像つかんわ……。


 ゴミ袋の手さげ口に、靴紐で結んでいくと、あっという間に物体ができあがる。


 さらにアタイの靴紐に、咲ちゃんの靴紐を結んで付けて、二メートルくらいに伸ばした紐の端を握り、先に繋がったビニールを上空へと上げる。


「……なるほど。即席のたこだわ」

「舞姫、この紐を片方掴んでいて下さい。それからこれを……」


 アタイにピンクのゴム手袋をはめさせる咲ちゃん。 


 一体、この娘は何がしたいん?


 まさか、アタイに親戚の咲ちゃんのお婆ちゃんの介護しろとか言うんじゃなかろ?


 咲ちゃんのお婆ちゃんってどんな感じの人やろ?

 

 想像からしてお煎餅食べながらテレビのラジオ体操を観ながらスクワットかいな。

 そんなに元気なお婆ちゃんやったら逆にこっちが面倒見られそうや。


 まあ、今は妄想は置いとこ。


「しっかり握っていて下さいよ!」

『ガアガア!』


 あー、ホンマどないしよ。

 何も分かっとらんガーゴイルがこっちに来るやんか。


 咲ちゃんは近距離まで来たガーゴイルに、袋の紐のもう片方を持ち、急接近をこころみる。


「せやあああっー!!」

『ガアガア!?』


 普段では、聞き慣れないマグロ猟師みたいな野太いかけ声を上げた咲ちゃんが、そのゴミのビニール袋をガーゴイルの頭に被せて紐を手離す。


『ガアガア!?』


 そうなればガーゴイルは袋に顔を塞がれ、まともに呼吸はできなく、ジタバタと暴れる始末。


「では、いきますよ!」

「ちょっと待ち、アタイが間近におるんよ!?」

「心配は無用です。

雷よ、ガーゴイルを貫けっ!」

『ガアガア!』


 早くも異変に気づき、ピカッと天から降り注ぐ雷光から逃げ出そうとするガーゴイル。


 だけど、袋に覆われて、暴れたせいか紐が頑丈に絡まっており、その場から少ししか動けない。


『ガアガア!』


 ならば、ひたすら揺れ動いて直撃を防ごうと空飛ぶガーゴイルが小刻みに動いた時、雷がアタイが掴んでいる靴紐を伝い、ガーゴイルの体へと炸裂する。


『ガアアアアー!?』


 ガーゴイルの体が雷を受けて激しく光り、ビニール袋に火がついて激しく燃え広がる。

 

 そして、ガーゴイルはブスブスと身体中から焦げた体で地べたに倒れ、

シャボン玉のような光と一緒に消えていった……。

 

 なるほど。

 それでアタイに電気を通さないゴム手袋を着けたワケか。


 咲ちゃん、冴えとる。

 これはノーベル化学びっくらこいた賞並みやわ。


「よっしゃー、咲ちゃんやるやん!」

「いえ、舞姫のフォローのお陰です」

「なにぉー、また謙虚になってさ。

このこの~♪」

「や、止めてください!」


 初めて、よちよちができた赤ん坊のように嫌がる咲ちゃんの頭を撫で回す。


『ガアガア!』

『ガアガア!』

『ガアガア!』


 そこへ、その安息を滅び去る複数の鳴き声。


「なっ、一匹だけじゃなかったん?」


 先ほどのガーゴイルの遺志を引き継いだのか、新たなガーゴイルが約30匹の軍勢を引き連れてこちらにやって来た。


 どうやらお仲間さんのようだわ。


「舞姫……」


 咲ちゃんがガチ顔でこちらを睨む。


 本人は意識していないのかは知らないが、たまにアタイをにらむような目つきになり、背筋が凍るほど怖い時がある。 


 でも、長年連れ添ってきた仲間だから分かる。


 あれは、何かをひらめいた時の目だ。


「……なんやね。何か策でもあるんかいな?」

「……ここは逃げましょう」


 あてが外れて、その場でズルッとスッ転ぶアタイ。


「やっぱ、そうなるかいな……」

「はい。多勢に無勢ですから」


 アタイらは大慌てで、ガーゴイルの群れから尻尾をまいて逃げ出した……。


****


 ガーゴイルたちからのしつこい追跡から逃れるために、アタイらはわずかな隙をついて、近くの洞窟に逃げ込んだ。


 幸い、そこは他に誰もいない。


 中は薄暗く電灯も乏しい内部だったが、天井には電線らしきものが張っていて、端には線路が敷いてある。


「どうやら、ここは電車が走る場所みたいですね」


 咲ちゃんが錆びついた線路を指先でなぞって呟く。


「……と言うことはわざわざ道を歩かんでもいいってことやん」


 何なんや、この理不尽な環境は。 

 異世界か何か知らんが、もちっと分かりやすく案内しな。


 アタイの足と咲ちゃんの作戦が超、損したやん。


****

 

 アタイらが線路わきを歩いていると、やがて洞窟から視界が開け、大きな海が眼下に広がる。


 それを繋げるのが一本の白銀の大きな橋。


 線路上のかたわらに立てかけている木の看板には『トンデン橋』と書かれてある。


「……なるほど、この異世界と現実世界のマップはリンクしているようですね」

「どういうことなん?」

「つまり、この橋は現実の屯田町とんでんちょう秋葉島あきばじまを繋ぐかけ橋なのでしょう。

そして、ここの海は現実では東京湾なんですよ」

「なるへそでワールド~♪」


 咲ちゃんから、この異世界の詳しい舞台設定を聞かされながら、その先を進んでいくと何やら大きな影が橋を封鎖している。 


 初めは橋の修理をしている業者か、または安全に通行を管理する警備員かと思った。 


 だけど、その影が巨大なヘチマの棒のようなものを振るう仕草を見た瞬間、アタイの頭が即座に判断したつーの。


 コイツはあのモンスターの仲間だわ。


 二メートルほどのパネーデカイ図体に肥満体で妖精のように尖った耳。


 赤い素肌に藁葺わらぶき色のこしみのを着け、眼光が鋭く牙からだらけてはみ出した爬虫類のような細い舌。


 あれはスマホゲームで拝見した覚えがある。

 通称、道の門番のモンスター、トロールだわ。 


『ガアアア!』


 アタイらを見かけると、久々の相手に対してかとしながら、棍棒を握りしめ、ドシドシとこちらにまっすぐに向かってくる。


「咲ちゃん、どうすんのさ!?」

「戦うしかありません!」


 咲ちゃんは身構えて呪文を発動する。


「雷よ、貫けっ!」


 雷がトロールの頭上を襲う。


『ガアアア!』


 しかし、トロールはその雷を棍棒に受け止める。


 本来ならば、その棒から避雷針のように感電するはずなのに何ともない。


 それよりも、あの棒で魔法のエネルギーを受け止めているとかありえんわ。


 どういう武器の構造やろ?


『ガアアア!』


 トロールが雷を纏った棍棒を振り回し、橋ごとアタイらに攻撃してくる。


 あんなん食らったらただじゃすまんわ。

 超ヤバいじゃん。


『グルルル!』


 トロールの攻撃をすれすれでかわし、何とか攻撃に持ち込もうとするアタイ。


 いくら魔法が使えるとはいえ、アタイもか弱い女性。

 あの棍棒に当たればただではすまんやろーね。


『グルルル!』


 くそっ、ホンマムカつくわ。

 この狭い線路内でなりふり構わず棍棒を振り回しやがって、このカボチャ頭はちっとは休む事をしらんのかいな。


 あかん、これじゃあ、呪文を唱える暇さえないわ。

 おまけに橋の横幅は大人二人分のスペースしかなく、狭くて動きづらい。


 さらに橋の下には駄々広い海もある。

 これでは攻撃も限られる。


 はて、どうしたもんかいな。


 アタイが器用に避けるせいか、トロールは今度は相手を変え、後ろ側にいた咲ちゃんへと攻撃をしかける。


「咲ちゃん、気よつけな。そっちいったさかい」


 咲ちゃんは素早くトロールが棍棒を振りかざす脇をすり抜けながらアタイと合流する。


「あのモンスターは動きは鈍いですから、心配はいらないです」

「でも魔法が効かないけんね」


 トロールが持っている武器を指さすアタイ。


「……あれ、ただの棍棒じゃなかろ?」

「はい。多分、魔力を吸収する特殊な武器なのでしょう。

だから、あの棍棒さえ何とかすればいいはずです」


 咲ちゃんが頭を抱えながら解決策を巡らせている。


「……そうですね。舞姫、咲にいいアイデアがあります」

「せやな、手短に聞かせてもらおうかいな」


 二人して、こそこそと会話を繰り広げる。


「……確かに少々荒っぽい作戦やけど、それしかアイツの裏はかけれんみたいやね」


 そうこうしているうちにデカイ怪物がのしのしとやって来る。


「行くわよ、せりゃあああ!」


 真正面からトロールに飛び込み、ヤツの体を押さえるアタイ。


「水よ、コイツを押し流しなっ!」


 そして、トロールの間近でアタイは魔法を放ち、トロールの持っていた棍棒を勢いよく流す。


 そのトロールの手から武器が無くなった瞬間、逃げられないようにソイツの両手を手錠のようにガシッと掴む。


「咲ちゃん、今よ!」

「はい、お気遣いありがとうです。

雷よっ、トロールを鉄槌を!」

『ガアアアア!?』


 その僅かな隙をついて、咲ちゃんの両手から発した雷撃が水で濡れたトロールの頭に直撃した。


 ちなみにアタイは例のゴム手袋をはめていたから感電はしないわ。


『ガアアアア……グルルル……』


 雷撃で見事に黒こげとなったトロールは鈍い音を立てて、その場にひれ伏した。

 

「やったわ!」


 感嘆して、その場で跳び跳ねてピースサインをするアタイ。


「舞姫、まだです!」

「えっ?」


 アタイの背後に全身から煙を上げながらトロールが待ち構えていた。


『グルルル、ガアアアア!』


 トロールがアタイに向かって棍棒を振りかざす。


 これが、ぶち当たったらただじゃすまない。


 何回も言わせてもらうけど、魔法を使えるとはいえ、しょせんはただのやわな人間なんだからね……。


「雷よっ!」


 そこへ咲ちゃんがトロールの攻撃する隙をついて、アタイの前方に飛び出し、雷の魔法を放ち、トロールの頭に直撃させる。


『ガアアアア!?』


 鈍い音を立てて、再び線路にぶっ倒れるトロール。


 ブスブスと焦げ臭い煙を発しながら、今度こそ、さらさらと星屑のような砂金に成り果て、静かに消えていった。

 

 いや、さっきの『ぶち当たる』にしろ、『ぶっ倒れる』などの言葉は乙女の発言として失礼やな。


 もっと乙女らしい上品な言葉を使わんと。


 だけど、これであのどデカイモンスターを仕留めたとなれば、結果、オーライかいな。


「やりー、さすが咲ちゃん。相変わらずナイスフォローやわ♪」

「いえ、舞姫のお陰です」


****


『ガタンゴトン、ガタンゴトン!』


 しかし、その喜びも束の間……。

 聞き慣れた車輪の音が近づいてくる。


「えっ、何の音かいな? もしかして?」


 アタイの読みは的中した。


『……ガタンゴトン、ガタンゴトン!』


 今度は汽笛を鳴らし、アタイたちが歩いてきたトンネルから六車両の電車がこっちへと走ってきたけんね。


 しかも急いでいるのか速度も速い。

 このまま電車にはねられたら命の保証はないわ。 

 

 タケシはこの世界で命を落とすと現実で命は無くなると言っていた。


 四肢はバラバラになり、確実に意識は闇に沈むだろう……。


 よって、待ち受けるのは死者へのゲート……。

 一歩間違えたら超サイテーな事態になるわね……。


「舞姫、海に飛び込んで下さい!!」

「咲ちゃん、ちょい待ち!?」


 咲ちゃんに突き飛ばされて橋の下の海へと落ちていくアタイ。


 ちょっとタンマ。

 アタイは金づちで泳げないつーね。


 それから、ドボンと音を立てて咲ちゃんも飛び込んでくる。


 手には枕木ほどの大きな丸太を2本抱えていた。


「舞姫、この丸太に掴まって下さい」 


 でもさ、二人して海に飛び込んたものの、次の行き先が分かんつーに。


 ただ闇雲に泳いで無駄な体力は消費したくないわ。

 

 それに、現実は甘くなかったわね。


 少し先に泳いだ先に巨大な蟻地獄のような渦が待ち構えていたから。


「咲ちゃん、このまんまじゃヤバいやん?」

「非常に絶望的ですが、何とかなるでしょう」

「……えっ、今、絶望的とか言ったん?

よけーヤバいじゃん?」

「舞姫、今の言葉は忘れて下さい」

「はっ、なんでかいな?」

「これはスリルあるアトラクションと思ってやり過ごしましょう」

「こんな命がけの遊びとかあるかいな!?」


 あーあ、アタイの命もこれまでか。

 こうなれば、もうどうしよもならんわ。

 自然の驚異には勝てへんしな……。


「あー、死ぬ前にアニメイドのオムライス腹一杯食べたかったわ。

もち、弥生たんと三人でな……」

「それに関しては咲も同感です」


 そのまま、アタイらはそんな愚痴をこぼしつつ、渦の中へと飲み込まれていった……。




 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る