第4章 呼び覚ます記憶と消せない過ち

第15話 本当にありがとう

真琴まことside)


 あれは、まだ俺、遠久山真琴とうやま まことが13歳を過ぎて中学の頃になる……。


 当時から金銀や温泉、油田などの多数の発掘により、大企業にまでのしあがった『遠久山とうやま財閥』は様々な企業へと経営の場を広げて、常に新しい人材を求めていた。 

 

 さらに、その人材は芸能、スポーツ界でも良い評判が白熱し、幅広い人々がこの財閥をスポンサーとして、お茶の間のテレビ業界などでアッというまに人気を惹きつけた。


『あの芸能人や有名人は、この企業をサポートしているんだ。遠久山なら聞いた事がある。あのサッカーや水泳選手が活躍するユニフォームのデザインなどに広告として記載されているよね』


 ……という感覚で様々な形で広まっていく。 


 テレビにネットとメディアの世界とは恐ろしい。


 尾ひれ、背ひれが付いてくるいわく、まるで生き物の魚になり、広大な情報の海を泳ぎ回るような伝わりぶりである……。


****


(真琴回想シーン)


「真琴坊っちゃん、ビックニュースですぞ。今日は凄いお方と出会えましたぞ!」

「何だい、じいや? 今日も俺はナンパ活動で忙しいんだが?」

 

 サイズが合わない丸眼鏡を整えつつ、全身は黒のスーツ姿で、陽気な笑顔で接してくるサンタのような白髭を生やしたじっちゃん、

いや、通称じいや。


 その正体は齢70とは思えない、がたいのよさげな遠久山英とうやま  すぐるだ。


 ガキの頃から遊び人だった俺の唯一無二の理解者でもあり、使用人兼、召し使いでもある。


「何と、あの有名人からのオファーですぞ。……確か名前は蒼井博貴あおい ひろきですかな」


 屋敷のロビーの片隅にある駄々広い玄関で、白い運動靴の靴紐を結びかけた俺の指がその名前を聞き、ピタッと止まる。


 白い半袖にクリーム色な半ズボンの格好で、今は夏真っ盛りな俺は靴のつま先から、じいやに向かって顔を上げた。


「まさか、あの人気俳優かよ? 

……とある映画からヒットした……確か……」

「……もしや『愛はともに去らない』の映画ですかな?」

「そうそう、それ。蒼井ってあの主演俳優のやつだろ……やるじゃん。

おめでとう、じいや。スゲーデカイ契約かましたな!」

「……いえいえ、坊っちゃんのお力添えがあったからでございます」

「いや、俺は何もしてねえよ。じいやのお手柄だよ」

「坊っちゃん。泣かせてくれますな。

さぞかし天国の父や母も喜んでいることでしょう」

「おい、勝手なことを言うな。俺の親はまだ健在でバリバリ生きてるぞ?」

「はははっ、確かに。これは失敬しっけい。まさしく『てへぺろ☆』ですな♪」


 じいやが大きな舌を出して、なめ回すように『ベロベロー♪』としてくる。


 いや、そういう表現では使わない。


 今、女子萌えワードの『てへぺろ☆』が驚異に触れている。


「じゃあ、今日の夕飯はお祝いだな。

おふくろにローストビーフとデカイホールケーキ買ってきてと頼むよ」

「いえ、坊っちゃん。そこまでしなくてもよいですぞ」

「何言ってんだ。遠慮なんかするな。

あるじは堂々と構えてればいいんだよ」

 

 俺が黒のスマホからおふくろに言伝ことづてを頼む。


「……というわけだからさ、頼んだよ」


 ピッと通話を切ると、じいやの瞳はうるうるしており、白いハンカチを握りしめて目頭に当てている。


「ありがたき坊っちゃん。全くもって、じいやは幸せですぞぉー!!」


 ああ、めんどくさいじいやだな。

 何か高らかに声をあらげてキーキーと興奮している。


 まさに猿の山を支配するボス猿のイメージにピッタリだった……。


 まあ、何かと絡んできて嫌がらせをしてくる意地の悪い老害になるよりかはマシか。


 俺はじいやに帰りぎわにおふくろとケーキなどの荷物を受け取り、そのまま運転手付きの車に送ってもらうと伝えて、日射しが強い外へ飛び出した。


****


 それから一ヶ月後。

 遠久山財閥へ噂が迷い込んだ。

 

 毎日の早朝から深夜までの過激なスケジュールを難なくこなし、次の日は早朝にも関わらず、何も苦にすることもなく現れるパワフルな蒼井夫妻の博貴と妻の嘉代子かよこ

 

 一体、どんな風な健康生活を過ごしているのだろうかと、二人の健康の秘訣は何だろうかと……。


 ……その秘密に迫るマスコミも多かった。


 しかし、そこで明かされた事実はビタミン剤と噂された覚醒剤所持の疑惑だった。


 二人は夫妻揃って違法薬物に手を出していたのだ……。


****


弥生やよいside)


「……それはショックだわ」


 真琴から、そこまでの話を聞いて、さすがの私もどんよりとした気分になる。


「……だから、俺は言ったんだぜ、知らない方が身のためだと」

「でも、いずれかは分かることだから……」

「……そうかい、だったら話を続けるからな……」

 

 私は気晴らしに車内の窓からの外を眺めた。


 ヤシの木が立ち並ぶ南国のような景色の中を優雅に走る列車が、太陽が水平線に浮かんでいる大きな海原を過ぎ去っていく。


 いつの間に、こんな夕暮れの世界に染まったのだろう。


 長いトンネルを抜けた先は深淵しんえんのオレンジ空が広がっていた……。


****


(真琴回想シーン)


 覚醒剤。


 それは眠気や疲れを抑え、連日徹夜でも何ともないちからを持った危険な薬物。


 その売人は軽い気持ちで芸能人のパーティーなどに紛れ込み、相手を誘惑する。


 ごく少量を服用するだけで元気の良くなる魔法の健康食品があるよ。

 初めは無料だから、お試し感覚で試してみてよと……。


 そんな感じで多忙な二人をカモにしたのだろう。


 二人は見事に騙され、気づいた時には、薬物により体が蝕まれていた。


 そして、薬物が切れて無いのを逆恨みに自分の子供に一度だけ手をあげた事があった。

 あの頃、怯えて逃げ出した息子のしげるのことは一生忘れられないだろう。

 

 だからもう、自分たちの不都合で誰も悲しませたくない。


 そこで、この二人のとった行動は以外な策略だった。

 

 覚醒剤の売人を何とか探しだし、その本拠地を見つけて、相手にバレずに警察に相談して覚醒剤そのものを根絶しようとする正攻法なやり方だった。

 

 だが、世界の情報網は狭いようで広い。

 警察の中にも関係者はいたからだ。


 警察という組織の身分を利用して、薬物を安価で買い取り、顔が分からないネットで転売する。


 すると、姿がバレないせいか、撒きのように次々と網に魚が引っかかる始末。


 安定した公務員の給料から一転。

 爆発的な売れ行きで瞬く間に生活に潤いが増す。


 薬物転売は最高の稼ぎどころだった。


 しかし、それに気づいた蒼井夫妻は、今度は関係者の警察を呼び出し、徹底的に追求を図った。


 まさに上の上で地位と名誉を得た、周囲に信頼されていた二人だからこそできたやり方である。 

 

 ……だが、そこへ再び薬物の闇に陥れられる。

 夕食の懇談こんだん会で用いられた薬物。


 彼らは知らないうちにそれらに盛り込んでいた。


 料理を手分けした時に混ざり合わせた粉末。

 その粉末に覚醒剤が混ざっていた事も知らずに食す夫妻。


 こうして夫妻はわけの分からない幻覚に襲われ、たまたま近くにいた大臣から治療薬を貰う。


 風邪か何かの症状を疑った夫妻は、この後も重要なイベントがあり、即効性があると言われた品をお茶を通じて胃袋へと収める手はずだ。


 それも覚醒剤とは知らずに……。

 

****


(弥生side )


「それは酷いわね。人の弱みにつけこむなんて……」


 私は窓際の椅子の手すりに頬杖をつきながら真琴の話を聞いていた。


 初めは冗談かと信じて疑わなかった。


 だけど、真琴の瞳が真実を物語っていた。


 彼は冗談を言って、その場を和ませるムードメーカーな役割も持っていたが、決して嘘は言わない。


 チャラいように見えて、意外と義理高い一面も持っている。


 女子が惹かれていくのも、そこにあるのだろう。

 外面だけがいい男なんて、時が来れば飽きられてしまうから。


 真琴には女子を引きつける何かを持っている。


 私もビッチではなく、恋愛経験が少なく、男に対して免疫がなければ彼にコロリと騙されていたのだろうか。


 いや、惚れていただろうか……。


「どうかしたか、人の顔をマジマジと見てさ?」

「いや、何で異世界でカメレオンの姿になったのかなと思って……」


 私はその片隅にあった恋愛感情をはぐらかした。


 いけない。

 私には繁君がいるのに……。


「……さては、俺に惚れたな?」

「違うわよ、そんなんじゃないわよ!」

「そうやって、ムキになって否定するのも怪しいな?」

「だ、か、ら!

……私には愛しのダーリンがいるからね!」


 真琴の言い分を否定しながらも、隣で寝ている繁君に投げキッスする私。

 当の本人は、すやすやと安眠をむさぼっていたけど……。


 少しまで、ただの気になる人だったのに、今はこんな風にかたわらにいてくれないと不安になる。


 これは一つの繁君への恋だった。 

 もう、ここまで知ったからには途中下車はできない。


「真琴、続きを聞かせて……」


 私は繁君の事が好きなら、もっと知らなければいけない。


 少し繁君の素性を知って後ろめたさを感じて、細かく肩を震わせながらも受け入れる覚悟はできていた。


 私はこの恋が叶わなくても二度と逃げたくはないと思っていたから……。

 

「……分かった。じゃあ話を続けるぜ」

 

****


(真琴回想シーン)


 やがて、再度薬物を摂取している事に気づき、苦しみながらも夫妻は覚醒剤の売人のおさに近づく策を練った。


 今度は自ら薬物を手に入れるためではない。


『──私の知り合いが薬物に興味があるから売ってくれないか?』と相談されたが、『……初めてで怖いから色々と詳しく信頼できる上官自らが売ってくれた方が良いから』と頼まれたと、

夫妻は様々な関係者に自作自演を講じた。


 普通なら騙されないが、そこは売れている芸能人の蒼井夫婦、芝居なんかもちょちょいとお手のものである。


 こうして、うまい具合に売人と接触に成功した。


 ──その本拠地は意外にも『北アメリコ病院関連及び研究所』だった。


 中には医務室や治療室も兼ねており、ケガや病気の患者さんがよく訪れていた。


 何よりこの病院から貰える薬の効き目は素晴らしく、これを求めて遠方からはるばる来る人もいた。


 体力向上、体重抑制、睡眠不足への耐性など。


 忙しい現代社会の特効薬として覚醒剤は姿を変えて、様々な形として販売されていた。


 しかし、それらは覚醒剤としての基準は低く、普通に販売しても良い薬物であった。


 そこへ、もっと強めで良く効く薬物が欲しいと願う者もいた。


 好奇心から足を踏み入れた覚醒剤への摂取の始まりである。

 

 蒼井夫妻は、その研究所から資料を持ち出し、裁判で有罪判決を起こして覚醒剤を廃絶してもらう計画をくわだてたが、それに影から気づいた売人達は黙っていなかった……。


****


「ついに追い詰めたぞ、ボス、観念しろ!」


 博貴は、ついに売人グループのアジトがある、とある北アメリコの外れにあった居住区の廃ビルを探り当てた。


 今日も、いそいそとネットの仲間とノートパソコンで取引していた灰色のスーツを着込んでいた、一人っきりな売人の白い髭面の男は驚きを隠せない。


「……お前、中々やるな。確かあの人気俳優の蒼井だったな」

「そうだ、お前を潰しにきた。下には警察も呼んでいる。もう逃げられないぞ」

「何だと?」


 売人がサングラスを外し、窓にかけられたブラインドサッシをちらりと開けて外の様子をさぐる。


 眼下にはたくさんのパトカーや白バイなどの車両がわんさか停まっている。


 まるで殺人鬼が人質をさらい、ここに籠城しているかのような感覚だ。


「……ふふふっ、笑わせてくれる」

「何がおかしいんだ?」

「お前ら夫妻のことはすでに調査済みだ。これを見な」


 男が1枚の写真を博貴に放り投げ、それを慌てて両手で掴む博貴。


 その写真には愛らしい子供の姿が写っていた。


「俺を逮捕するのはいいが、その子供の命は保証できないぜ……?」

「貴様、息子の繁に何をした!」

「……おっと、そう熱くなるなよ。まだ何もしちゃいないさ」


 男が茶化すような笑いで博貴の前に立つ。


「……ただ、俺らの密輸グループを叩くなら、遠慮なく、お前の息子はコロスぜ」

「きっ、貴様、卑怯な手口を!」

「でもな、もし、お前らが、ここで黙って消えるなら許してもいいぞ」

 

 男が、近くの掃除用具入れの縦長のロッカーを思いっきり蹴りあげる。


 用具入れの中からは見慣れた女性、いや、妻の嘉代子が両手足を紐で縛られた状態で転がり出てくる。


 青白い顔で冷や汗をかいており、息遣いも荒い。

 白いカットソーを乱雑に捲られた腕には無数の赤い注射痕があった。


「か、嘉代子。どうした!?

しっかりしろ!?」

「無駄だよ。ソイツは致死量の覚醒剤を注射してある。

もうじき、いっちまうさ」


「嘉代子、おい、大丈夫か!?」


 引きつきながら苦しむ嘉代子を懸命に介抱する博貴。


「……だが、助けてあげないこともない」


 男は博貴の目線となり、ゆっくりとした口調で取引を命じた。

 このまま黙って消えるか、それとも息子を失った方がいいか。


 博貴は運命の選択肢を選ぼうとしていた。

 だが、すでに答えは決まっている…。


「分かった。内密にするから、息子の命は助けてくれ……」


 博貴がくちびるをグッと噛み締める。

 憎しみを堪えた鉄の味がした。


「くっくっくっ。笑わせるな。

子を思う親の気持ちはつらいよな。どうしようもなく情けない関係だな」


 男が耳にさわる高笑いをしながら、備え付けのパイプベットから四角の塊を取り出す。


 それは爆弾、ダイナマイトだった。


「なっ!?

何を考えてる、貴様も無事ではすまないぞ!?」

「案ずるなよ。俺は組織のためなら、いつでも死ねる準備はできている」


 男がダイナマイトから伸びている導線にスケルトンライターで火をつけようとする。


「そんな真似は止めろ!

貴様は、こんな理不尽なやり方で怖くないのか?」


 博貴が必死に説得を試みる。


「怖い? どういう意味だ?」

「そ、そのままの意味だ!」


 男がライターを下ろし、博貴を何の感情を持たない冷たい視線で眺める。


「くっくっくっ……俺は組織に忠誠を誓っている。

……少なくとも俺がいなくても、引き継ぎは他にもいるぞ。

それに人間最後は一人で朽ち果てるのがさだめだ」

「違う! それは誤解だ。

人間は支え合い、生きていくものだ!」

「……そりゃ、とんだ偽善者だな。

その支え合いがこうやって朽ちるはめになるのさ……」

「それは違う、生きていればいくらでも希望はある!」


「ええい、うるさいぞ!

薬物に手を染めた芸能人がよい子ぶって説教してくるんじゃねえぞっ!」

「はっ!!」


「今までお前らがサツによる薬物検査のチェックや、薬物に依存していてもサツから捕まらなかったのは俺らのお陰だったと気づかないのか?」

「くっ……」

 

 ふいに核心をつけられ、返す言葉もない博貴。


 そのまま、両手をぶらりと下げ、まぶたを閉じて立ち尽くす。


「すまん。こんな不甲斐ない親を許してくれ、繁……」

「まあ、これはこれで楽しかったぜ。来世も仲良く薬物やろうや」

 

 男がダイナマイトに直にライターで火をつけた。

 

『カッ! ドカーン!!』 


 ──それを期に廃ビルは光と一緒に大爆発した……。


****


(弥生side)


「……これが俺の財閥関係者が知っている蒼井家にまつわる一つの真相さ」


 真琴が話を聞いてくれた人物に感謝するように私の手を握る。


「……それから、最近になり、彼の知り合いである俺の財閥がヤバい事になってる。もしかして薬物の取り引きが危うくなる事を恐れてな……」

「それで追われているのね……」

「……ああ、最近になって亡くなったじいやが今まで隠し通してきた事実だからな……」


 ──真琴の親密な話を折るかのように地下鉄は停まり、目的地へと辿り着く。


 どうやら終点の『トンデンランド』に着いたらしい。


 スマホの時計を見てみると、かれこれ、一時間近くは走っていたようだ。

 

「ありがとう、真琴。色々と教えてくれて」


 私は真琴にお礼の頭を下げる。

 

「なに、大したことじゃないさ。

まあ奴らにはくれぐれも気をつけろよ」


 そう言って真琴は素早く車両から降りていった……。


****


 もし、真琴がこのことを教えてくれなかったら繁君との関係はそこまでだったかも知れない。


 私は真実を知りながらも繁君の肩をトントンと優しく叩いて起こす。

 

 チャラいように見えて、実は仲間想いの真琴。


 また会えたら、今度は私の相談にものって欲しい。


 本当にありがとうね……。














  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る