第14話 話すしかないのか

しげるside)


 僕にはどんなときでもへだてなく温もりをくれる両親がいる。


 特に厳しいところもなく、いつもニコニコ顔で接してくれた。


 万引き、無断外泊など、何をやっても怒られなかった。


 ただ一言、父親や母親から、『これからはこれはやってはいけませんよ』と優しい口調で注意してくれた。


 いや、単に優しいのではない。

 むやみに怒り、感情をむき出しにするのではなく、冷静にさとす。


 後々のちのち分かったのだが、それが我が家のしつけの仕方だった。


****

 

 ──僕は中学になり、町を離れ、初めて都会にある映画館へ出かけた。


 これまでは親が付き添いで親が選んだ映画しか観れなかったが、今日は違う。


 一人で足を運び、この場所へとやって来た。


 僕は、もう子供ではないのだ。

 

 ──チケットに記載しているタイトルは『愛はともに去らない』。


 昔から人気の恋愛映画のリメイク作品だ。


 上演時間が三時間半くらいある大作だが、昔から映画を観てきた僕には何の苦労もない。

 

 むしろ、上映中にスマホや携帯ゲームなどをやる方がどうかしている。


 お金を払えばそれで良いと思っているのだろうか。

 本当にいい迷惑である。


 こっちは必死に映画の内容を知ろうとしているのに……。


 ──途端に予告をやっていた大きなスクリーンの画面が切り替わり、一人の男性と一人の女性が現れる。


 僕は思わず息を飲んだ。


 それは若い頃の僕の両親にそっくりだったからだ。

 

 それから、映画の内容よりも、出演者の名前が気になり、背景が暗闇で白いクレジットが流れるエンドロールを目で懸命に追いかけた。

 

 すると、そこへ見覚えがある名前が視界に飛び込む。


 間違いなく僕の両親の名前だった。

 

 ──映画を見終えて、この映画館の経営者に話を尋ねると、父親は俳優で母親は女優をしており、この映画で人気絶頂だった二人はダブル主演を担当し、偶然にもそこで二人は出会い、お互いに意気投合したらしい。

 

 それから、愛を重ねて、二人は結婚して、愛を育み、僕が生まれたとか……。


 僕は、今までそんなことも知らずにのうのうと生きていたのだ……。

 

 ……僕は、このことを両親に話してみた。


 だけど、ほのぼのとした母親はいつも笑って誤魔化し、生真面目な父親からの答えは、

『自分の見てきたものが真実とは限らない』と本当のできごとをにごした返事だった。

  

 やがて、僕が大きくなるにつれて両親は、よく家を空けるようになった。


 仕事が本調子で忙しくなり、海外への出張が主になったらしい。


 僕は、両親の多忙を何の根拠もなく信じきっていた……。


**** 


(繁回想シーン)


 いつものように放課後、下校しようとした夏空の矢先。

 外は薄ぼんやりと暗く、どしゃ降りの雨だった。


 今日は一日中晴れて、雨は降らないと茶髪でポニーテールな気象予報士の女性はハッキリと言っていたのに……ひょっとしてにわか雨だろうか。


 もちろん、その予報を呑みにして傘を持ってきていない僕。

 ……かといって数学の課題で大量の宿題があるので雨が上がるのを待つ余裕もない。


 こうなったら濡れる覚悟で紺の通学カバン

を頭に乗せて、ダッシュして帰るしかないな。


 僕は下駄箱から空を見上げ、覚悟を決めた。


「……レディー、セット、

……ゴー!」

しげるちゃん、ちょっと待って!」


 そこへ、聞きなれたいつもの甲高い声が響く。


 僕の目の前に、黒髪のくせ毛のあるロングパーマの女の子が両手を広げて立ちふさがっていた。


「やれやれ、また、お節介娘の登場か」

「やれやれとは何よ。まったく人が心配してるのに……」


 僕にとって毎回恒例で、お馴染みのキャラのまどかが一本だけの青い水玉の傘を見せてこちらに寄ってくる。


「おいおい、恋人でもないのに相合い傘はおかしいだろ」

「何言ってるの。風邪でもひかれたら余計に困るでしょー!」


 円が腰に手を置いて、片手で僕を指さし、『めっ!』とお子様に対してのように叱る。


「ははっ、円はいつも手厳しいな」

「笑いごとじゃないわよ。繁ちゃんのご両親が甘すぎるのよ。

悪いことをしたら叱るのは当然よ」


 そう、両親が甘やかされても円はいつも僕に厳しくしてくれた。

 悪いことは悪いと、それに対して怒るのは当たり前の行為だと。


 もしかしたら僕は円の支えにより、非行に走らなかったのかも知れない。


「ありがとうな。円」


 円の頭を幼子のようにわしわしと撫でる。


「ちょっ、繁ちゃん、止めてよね!?」


 円は、口では嫌がってはいるが、照れ隠しの素振りか、まんざらでもないようだ。


「……もう、いいから帰るよ」


 円が僕の腕を突きのけて無言でその傘を渡す。


 だけど、その傘を握られ、物事が理解できずにぼーっと突っ立つ僕。


「……なにしてんのよ。

こういうときは男の子がリードすべきでしょ!」

「……円も変なところで女の子ぶるんだな」

「……繁ちゃん、口の利き方に気をつけて。幼馴染みじゃなかったら、今ごろぶん殴ってるわよ?」

「ははっ、ただの冗談だよ。そう怒るなよ」

「繁ちゃんの冗談は笑えないのよ……。

……さっさと行くよ」


 降りしきる夏の夕暮れの雨の中、僕達はなるべく急いで家路へと向かった。


****

 

 家に着いた時、僕の家の周りにはたくさんの人だかりができていた。


「なっ、何なんだ!?」

「あの、お母さん、これは一体何の騒ぎなの?」


 円が彼女の母親からボソボソと小言で何かを聞かれ、その場で立ちすくんでいる。


「……そっ、そんな。あんまりだよ」


 僕を見つめながら大きな瞳からは大粒の涙が止まらない。


「君が繁君かい?」

「……ああ、そうだけど?」


 白い防護服を着た大人から声をかけられる。


「……落ち着いて聞いてもらえるかな?」


「……君のご両親は現地での北アメリコのビル街で、とある酔狂者の自爆に巻き込まれて、

……亡くなったんだ」


 その言葉を聞いた瞬間、僕の世界がグラリと暗転し、あまりのショックに倒れこむ。


「おい、君、しっかりしろ!」

「無理もないわい。まだ子供じゃないか……」

「誰か、担架たんかを用意しろ!」


「どうしたの、繁ちゃん!?」


 そう、あの日から僕の両親はいなくなったのだ……。


****


(繁side)


 僕と弥生やよいさんが階段を降りた先には一輪の灰色の地下鉄が停まっていた。


 全部で六両編成で前方の車両にはオレンジの電光で、行く先は『トンデンランド行き』と表示されている。

 

 また、近くにあった緑の電光で地図が写された案内掲示板を垣間かいま見る。


 現在地は『アキバジマ花畑』と記載されていた。


 さっきまでの広々とした花の空間は現実世界では秋葉島の領土だったのか。


 どうやら現実の土地とこの異空間の場所はリンクしており、お互いに繋がっている空間のようだ。

 

 ……その地下鉄の近くに現実世界でも見慣れた木の看板が転がっている。


『関係者以外立ち入り禁止』


 根本から刃物で切ったかのようにスッパリと折れていて、切り口の断面が新しい所からして、最近になってこの周辺の人が壊したようだ。


 しかし、アニメイドの内部といい、この場所といい、なぜ危険地帯があるのにわざわざこの看板を壊す必要があるのか。 


 それに関してはまったくの謎である……。


「繁君、早く乗らないと出発するよ」

「ああ、分かったよ」


 すでに僕の隣を離れ、ちゃっかりと地下鉄に乗り込んだ弥生さんから呼ばれる。

 

 そう、今はこんな事を考えている場合ではない。


 何が起ころうとも、前に進むしかないのだから……。


****


 車両の中は様々な出で立ちのモンスター達でごった返していた。


 僕と同じゴブリンが大量の荷物を抱えて我が物顔で座っていたり、座席に乗せた新聞の上を進みながら読むスライムゼリーだったり、肉食の目をつむったトラがつり革を掴んで器用に居眠りをしていたりと、この車内は実に好奇心をくすぐらせられ、見ていて飽きが来ない。


 この人達もこの世界にある家に帰宅するのだろうか……。


 この人達も僕達のようにこの異世界に迷いこんだ人達なのだろうか……。


 それとも、当初からいる作られたNPC(コンピューターが作った同じ台詞しか発言しない人工的なキャラ)なのか?


 僕の頭の中では疑問ばかりでさっぱり拭えない……。


 ──そうこう悩んでいる最中、列車がゆっくりと動き出す。


 車窓からはスライドしていく同じ灰色の壁の景色。


 今、現実世界では、あの暗闇のトンネルを進んでいるのだろうか。


「繁君、お疲れさま。こっちが空いてるよ」


 弥生さんが隣の座席をポンポンと叩く。


「ありがとう」


 ちょうど長旅で疲れていた頃だ。

 どこか体を休める場所が必要だった。

 僕はその座敷のシートに腰かけて伸びをする。


「……ちょっと休むね。

弥生さん、着いたら教えてよ」


 ちなみに弥生さんたちもこのルートから来たと思うが、一応、この列車は一駅しか停車しないからと伝えておく。


「分かった。繁君、おやすみ」


 彼女のささやいた声を聞き、僕は深い眠りに落ちていった。


****


(弥生side)


「……約束通り、寝かしたわよ」


 私は繁君がすうすうと寝息をたてるのを確認して、隣の座席にいた馴染みの人物に声をかける。


「君にしては随分と聞き分けがいいな。

……さてはアイツに惚れたかい?」


 やたらと白い歯を輝かす相手。


 いちいちシャクにさわる仕草だわ。

 食事中ではないからそんなものは黙ってしまってほしい。


「……それより、繁君とは知り合いなの?

彼はいつも一人で行動してたけど……」


 すると、その相手は髪をかきあげて、猛烈な色気でグイグイ迫る。


「ふっ、いやぁ、ただの友達みたいな♪」

「……白々しい演技しないで。

まあ、いいわ。

……で、用件は何かしら。

ひさ』の読み字が入っていない不思議な名字な、遠久山真琴とうやま まこと君」


 私の傍には、カッコつけてキラキラと輝いた黄金なカメレオン顔の、あのアイドル界のプリンスの遠久山がいた。


「おいおい、あれから久しぶりの登場だぜ? 

もう少し俺の自己アピールさせろよな!」

「……あなた、どこを向いてしゃべってんのよ?」


 車内の壁(カメラ目線?)に壁ドンして青い顔で語りかけているおかしな遠久山……、


 ……いや、キザでナルシストなうえに、明らかに異常でおかしな態度をとっている真琴だ。

 

 ふと、そこへ……、


『……イカれた目つきで、答えのありかを探すだけさ~♪』


 私のすぐ後ろの座席から聞こえた、白く四角い小型の携帯スピーカーから流れた、男性によるハイトーンな声の音楽。


「誰がやねん!」

「うわーん、あの人怖い、ママー!」


 ぐわっと目を見開き、鬼のように赤くなり、背後を見開いたカメレオン姿の真琴の怒声を聞き、後ろに座っていた幼女のティンカー・ベルのような妖精が泣きながら、この車内から飛び出して行った。


「ほんと、あんな小さい子、泣かせるなんて最低ね……」

「……違う。ごっ、誤解だぞ!」

「……どうだか。

どうせ、この世界でも色んな女の子にちょっかいかけてるんでしょ。

繁君とは大違いね」

「君だって、前の学校からビッチだったんだろ? 

人のこと言えるのかよ?」

「ほんと、最低。人の過去をさらして踏みにじるなんて」

 

 私は彼の事があまり好きではなかった。


 真琴は、そのルックスと甘い言葉を上手く利用して何も知らない女子を毒牙にかけると風の噂で聞いた。


 また彼は、その女子に飽きたら、すぐに他の女子に手を出す。


 生徒会長だから何をしても許されるわけではない。


 いくばくか、私は色んな男子と交流はしてきたが、心の裏ではこういうチャラいタイプの男子は嫌いだった。


 ──突然、隣の車両内から物音がして、女性や幼子の悲鳴が聞こえ、慌ただしくなる。


「……くそ、あのガキ、どこへ逃げやがった」

「確か、こっちへ向かいましたぞ」

「まだ遠くまでは行ってないはずだ。しらみ潰しに探せ。

あの珍しい人相ならすぐに分かるはずだし、姿を消しても服が丸見えだからすぐに分かる」

「はい、旦那。了解しました」


「やっぱりこっちに来るか……。

これはヤバいぜ。 

弥生ちゃん、そこの黒い輪行袋に隠れさせて!」

「ちょっと、あれは私のじゃないよ。

それにどさくさに紛れて胸触らないでよ!」

「いいから、黙って……」


 真琴が輪行袋に納めていた青の折り畳み式自転車を出して、その袋の中に器用に体を曲げて隠れる。


 そこへ、黒いスーツに赤い蝶ネクタイを着けた二人組の豚顔の男性が駆け込んできた。


 180くらいの長身と150くらいの小さな身なりのデコボココンビで二人ともサングラスをつけており、両者の手には灰色のピストルが握られていた。


「ちょいと、お嬢ちゃん」


 その二人組に呼び止められる。


 私に光輝くピストルの口が向けられ、つぅーと嫌な汗が流れるのを感じた。


「はい、何ですか……?」


 つとめて冷静に対応する私。


「ここでカメレオン顔のニヒルな男を見なかったか?」


 その彼とは先ほどまで悪ふざけな発言をしていた真琴のことだと、瞬時に理解する。


 彼は、この怪しげな人達に追われているのか?


「彼なら、奥の車両へ行きましたよ」

「ありがとう。ご協力、感謝する。

……さあ、いくぞ、相棒!」

「あいあいさ♪」


 二人組が奥へと消えたのを確認して身を潜めている真琴にそっと呼びかける。


「……ねえ、あの人達は誰なの? 

何かあったの?」

「いや、色々あってさ。弥生ちゃんには関係ないよ」

「そういうわけにはいかないわよ。私を巻き込んでおいて……」


 私は一際ひときわの時間を置いて、今度は小さい子供をあやすように、ゆっくりと同じ言葉をつむぐ。


「……ねえ、何があったの?」

「分かったよ、話すしかないのか……」


 真琴は輪行袋からキョロキョロと様子をうかがいながら、ゆっくりと体を抜き出す。


「……いいか。この話は彼には話すなよ。

あと、くれぐれも彼には感づかれるなよ」

大袈裟おおげさね。話の内容によるわよ」

「……いや、バレたらヤバいくらい真剣な話だからさ。

彼には内緒にしてくれよ……」

 

 空席だった真向かいの座席に座りこみ、寝ている繁君に聞こえない口調で真琴は静かに語り出した……。






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