第3章 異世界での策略と後悔のない旅路

第11話 異世界の花畑

しげるside)


 体がじんわりと温かい。

 身体中の痛みが退いていく。


 確かに僕は床に勢いよく叩きつけられ命を落としたはず。

 なぜ、まだ生きているのか……。


『おーい、いつまで寝ているんだい?』

「タケシ君、しげる君は大丈夫なの?」

『うん。このフロアに来たら初めはどんなダメージでも自然治癒できる仕組みになってるから』


 頭がグルグルと回って、重たい感覚がする。


 どうやら目の前で繰り広げる会話を想定すると僕は生きているようだ。


 ゆっくりと体を起こしてみる。

 僕の周りはお花畑に囲まれていた。


 白いパンジー、黄色のタンポホ、赤いチューリップ、咲き乱れる桜に、元気よく直立して咲く向日葵ひまわり

 四季感を無視した彩りの花びらの絨毯じゅうたんが広がっている。

 

 目の前にはグレイの全身タイツの中学生くらいな体格の少年。


 また、少年の横には黒いレディーススーツに身を包んだ八重歯が愛らしく、耳が尖った吸血鬼の姿な美しい顔立ちの女の子。


 その彼女が不安げな顔で僕を見ている。

 この表情で僕は誰なのかピンときた。


「もしかして君は立花たちばなさん?」

「うん、ピンポーン。繁君。当たりだよ」


 八重歯をキラリと出して微笑む吸血鬼の立花さん。

 彼女の姿は凛々しくさまになっている。


「……しかし、ここは天国だろうか?」


 僕の問いかけに今度はグレイの少年が口を開く。

 少年の口は動いてはいるが、頭の中に直接語りかけてくるような不思議な感覚だ。


『違うよ。

ここは、ボクのお母さんが力を与えた能力者たちが空気中の魔力の流れによって、自由に魔法を使える異世界の空間。

ボクもお母さんと協力して、この世界を作ってきたけど間違って来た君が悪いんだよ』


『……ちゃんと立ち入り禁止の看板置いてたよね?』


 あの時、通路に出くわした折れていた看板のことだろうか。


「それなら残念ながら壊れていたよ」

『何だって? 

今はこれ以上、来客が来たら困るよ。

急いでゲートを閉じないと』


 少年が空中に浮かび上がり、遥か上空にある四角い出入り口を閉める。


『……さて、繁君。自己紹介が遅れたね。

ボクは火星から人間に関しての情報偵察にやって来た宇宙人のタケシだよ。

──君とは幼稚園児の時に出会ってちからを与えたよね。

よろしく』

「そうなんだ。タケシ、よろしく」


 礼儀正しくする僕に対し、何の違和感もなく握手を求めるタケシ。

 人を異世界の穴へと落とし、さらに出入り口を封鎖したわりには意外と友好的な宇宙人である。


(僕が小さい頃か……そう言われてみれば……)


 このタケシが言う『ボクが幼稚園児の頃とは……』という言葉につられて思い出してみる。


 ──僕の両親がアメリコのバリウッドから久々に帰り、二人とも仕事が上手くいかなかったその腹いせに、後にも先にも初めて、まだ幼い頃の僕へと、親が八つ当たりをした時期ときがあった。

 

 そして、今まで優しくしてくれたのを裏返す衝撃の事件に両親の制止を振りきり、自暴自棄で家を飛び出した僕。

 

 その矢先に田んぼの草むらの近くにいた灰色の小型犬(あれが変身した母親の宇宙人なのだろうか?)が近寄り、慰めてもらった感覚が残っている。

 

 僕はその犬の体に顔をうずめて、幼いながらも母性のような異性を求め、何も状況を知らなくても無用で慰められる優しさを泣きじゃくりながら心から望んだのだった……。

 

 ──その物思いにふけてるのを止め、立花さんの立っている背丈が以外と高い事に今さらながら気づき、気を緩めてそばにある池の水溜まりを覗いてみる。

   

 僕の姿は猫背に屈んでいて身長が30センチに縮んでおり、目つきは真っ赤に充血して三角眼と鋭く、口からはギザキザで牙がはみ出ている。


 また、肌は緑色で手足には鋭く尖った爪が生えている。 

 

 ちなみに服は問題はなく、体にピッタリなサイズとなっている。

 しかし、その格好は明らかに異常で人間の姿ではなかった。


「なっ、何だこりゃ!?」


 いつの間に僕は、このような不気味な化け物になったのだろうか……。


****


『それでは、二人とも頭が混乱してるようだから状況を説明するね』


 タケシの声が僕の頭の中へとねじれ込んでくる。

 マジで誰のせいでこうなったと思ってるんだよ。


『……ここはボクとお母さんが作り出した特殊な空間なのは分かったよね?』


 僕たちはお互いに頷き、次の言葉をじっと待つ。

 はたして吉と出るか、凶と出るか……。

 

『それから君たちの人間離れしたその姿は現実世界では分かりにくい心の闇が具現化したものなんだ』


 タケシがとぼけた科学者のように難しいこと(暗号?)を喋っている。


『……繁君は見た目とは違い、思考は毒舌らしいから悪魔な妖精のゴブリン。

……また、弥生ちゃんは美人で高貴な肉食の性格だから、血を求める吸血鬼となってる。

ここまでは分かったかな?』


 その発言は意味不明だが、要するにこの空間では人の形は維持できず、本人の性格によって姿が変化する世界なのだろう。

 

 それから、タケシは僕の方を向く。


『ちなみに君、繁君は異性とぶつかると文句なしに相手に好意を寄せてしまう能力があるね。

それはご存じかな?』


 それは、あの犬(何度も思うがタケシの母親の変身した姿だよな?)が幼い頃に純粋に願った僕の想いを、その超能力に変えて叶えてくれたのだろうか。


「そうなんだ。それは初耳だったな」

『だから、この世界では熱い想いというわけで炎の魔法使いになる。

試してみるかい?』


 タケシがどこからか鉄のフライパンと生卵を取り出し、卵を割ってフライパンの中に割り入れる。


「どうやって魔法を使うのさ?」

『このフライパンに向かって、頭の中でイメージするんだよ。

手に想いを集中させてそこから炎を出すように。

簡単に言えば心で念じて、口で炎出ろーって叫ぶような』

 

 そう言われた僕は指先に意識を集中させる。


「炎よ、出ろっー!!」


 僕の両手の指先が豪快な炎に包まれ、フライパンに目がけて炎の固まりを放つ。  

 ぶつかった炎の衝撃波で瞬く間に生卵は黒焦げだ。


 間近にいた立花さんは驚きのあまり、腰を抜かしている。


『あ~あ。ボクの大事な昼ごはんが……』


 タケシが真っ白な平皿を持ったままオタオタとしているが、そんなものは知らない。


 タケシの言う通りにしたまでだ。

 まさに自業自得とはこの事だ。


『ちなみにこの会話は君に直接、思念の波動を使用してるから彼女には聞こえないよ。

だから安心して』


 これだけしでかして今さら何だろう。

 立花さんの目の前で発動させたのだが、何をどう安心させるのだろうか。

 彼女は精神的ショックのせいか、まだ動けそうにない……。


****


(弥生side)


 しばらくして……。

 繁君から私の方に思念を送るタケシ君。


『弥生ちゃん、驚かしてごめん』

「……あっ、タケシ君いいの。ちょっとびっくりしただけだから。

あのさ、私にもあんな手品が出来るの?」

『うん。弥生ちゃんは本気で異性を愛すると心が読めるよね。

つまり、相手の心を見透かすから目には見えない風の魔法が使えるよ。

念じてみてよ』

「ありがと。分かった」

 

 私はゆっくりと長いまつげのまぶたを閉じて構える。

 私の体から風が溢れ、セミロングの茶髪が上下に揺れる。


「風よ、吹いてっ!!」


 発せられた声と同時に、体から出てきた見えない刃が周りの草花を切り裂く。


「やった、タケシ君できたよ。

ありがと。これは快感だわ♪」


 どうやら自分の技に酔いしれてしまったらしい。


 しかし……。


『……分かるのはいいけど、もう少し加減してね……』


 思わず身動きできず、ボロボロに破れた服装でたじたじするタケシ君。

 

 それもそのはず、私の放射線状に10メートルほどの周囲の草花や木が根こそぎ消え、赤茶けた地表が姿を表していたからだ。

 

 私の攻撃力は繁君を上回りそうだが、その反面、制御が難しいようだ。

 下手をすれば自爆技にすぎない。


 タケシ君は私に十分に忠告しつつ、思わず濡れたズボンを履き替えに一時的に私たちの視線から消えたのだった……。


****


(繁side)


 再び、タケシが何ごともなかったかのように再び現れる……。


『それでは理解したところで本題に入るよ、君たちは……』


 隣の立花さんの反応からして今度のタケシからの会話は僕ら二人同時に聞こえてくるみたいだ。


 一体、何だろうか? とごくりと唾を飲み込む僕ら。


『……二人でラブラブデートしながら、この迷宮を旅してほしいんだ』  

「「はあぁー!?」」


 僕と立花さんがコーラスのように見事にハモる。

 まさにちんぷんかんぷんである。


『だから、ボクが今度の自由研究に向けて人間の愛をテーマにしていてね。

この空間を使用して確かめてるんだ』


『……迫りくる怪物たちに追いつめられた獣はどう対抗するのか、存分に見ものじゃないか♪』


 さっきから、この宇宙人の話はとんちんかんで狂っている。


 タケシの母親よ、もうマニアックに染まった演説は結構です。

 ですからこの空間ではなく、テイクアウトにして彼をお持ち帰り下さい。


『……いや、ボクのお母さんは教師だから。

それに、この自由研究の宿題を出したのもお母さんだし』


 それではしょうがないか……。

 だけどこの僕のナレーションの心? さえも読むとは……。

 最近の宇宙人は恐るべし。


『……それでは、先に行った二人組に負けないようにね。

ボクは一足先にゴールで待ってるから♪』


 それだけ話すと、するすると絹糸のように細くなり、タケシは彼方の天井へと消えていった……。


「……良かった。舞姫まいひめちゃんたちも無事なんだ。

一緒に落ちても姿がなかったから心配したよ」


 立花さんが実は1人ではなく、クラスメイトの舞姫とさきちゃん? の3人で遊びに来ていた時に、トイレの部屋と間違えて、誤って落ちた事の説明をする。

  

 でも、落ちた先で3人はバラバラになり、スマホも繋がらない緊迫した状況。


 そうこう探している頃に上から僕が落ちてきたと……。


 だが、そもそもあの看板が壊れていなければ、このようなミスは未然に防げたはずだ。

 

 ただのイタズラか、それとも誰かの策略だろうか……。


「……そうなんだ、連れがいたんだね。

よく分からないけど良かったね。

……さあ、早くここから脱出しよう」

「はい!」


 僕たちは、この異世界の花畑を進み出す。


 行く先には獲物を捉えたぎらついた瞳の群れ。


 早くも、このフロアは怪物モンスターの匂いであふれかえっていたことも知らずに……。





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