第10話 七色に染まる
(
「家の鍵よし、自転車の鍵よし、ハンカチよし、財布もある。準備は万全だな」
僕は青のリュックサックにあらかた荷物を詰め込み、とりあえず一呼吸する。
明日は学校は休みだ。
「早く明日にならないかな」
僕ははやる気持ちを抑えながら、寝床へと飛び込む。
そこでふと、今日の
彼女は、どうしてあの場所にいたのか、僕に何かを伝えたかったのか。
立花さんの行動に関しては疑問点ばかり浮上する……。
「……男でも、何か隠していることなんて山ほどあるよ」
そう、ひとりごとをぼやきながら僕はまぶたを閉じた……。
****
(繁回想シーン)
「
僕が教室の机で居眠りをしていたら、
脳みそを強制シェイクされ、頭がこんがらがりそうだ。
僕は、よく振ってから飲む飲み物じゃない。
こう見えてもナイーブな炭酸水でできてるんだぞ。
まあ、実際に血液に炭酸水が混じったら生死に関わるけどな。
そんな笑えない冗談はさておき……。
「な、何だよ。貴重な昼休みの一時を邪魔して?」
「ねえ、繁ちゃん。たまには遠出したくない?」
「……秋葉島なら、この前行っただろ?」
そう言いながら僕は涙目であくびを噛みしめる。
昨夜、早く寝れば良かった。
いくら面白いとはいえ、テレビゲームのザクロ大戦をやり過ぎた。
あのシミュレーションの戦闘システムを考えた人、マジで神だな……。
「そうじゃないよ。例えば北海道とか鹿児島とか……」
「……場所が両極端過ぎるだろ……」
「それは例えだよ。ねえ、行きたいよね?」
僕の目の前で二つのパンフがゆらゆらと揺れる。
詳しい内容は視線が近すぎて、よく見えない。
「じゃ~ん! そんな悩める殿方にご開帳~♪」
その二つのパンフの間から、もう一つの別の封筒サイズなパンフをマジシャンのテクのように取り出す。
表紙には車の写真。
よく印刷された文字を追うと『自動車学校教習所』の見出し。
「おいおい、車の免許とか取れるのか?」
「繁ちゃん、知らないの? 仮免許じゃない時は17歳でも入れるんだよ」
「いや、そうじゃなくて……。
三輪車もまともに乗れない円の台詞とは思えないな」
「もー、円は幼稚園児じゃないんだよ!」
「そう、ムキになるなよ。事実じゃん」
「もう、繁ちゃんの甲斐性なし、クズ、トンマ!!」
「ぐはっ!?」
手で丸めたパンフでバチンと顔面を殴られる。
トンマは言い過ぎだろ、トングの仲間か……?
「いぃーだ。免許取っても繁ちゃんは乗せてあげないから!」
「だから頼んでないからな……」
『バコーン!』
「ぐぶっ!?」
今度は教師が黒板で使用する巨大な三角定規で頭を殴られる。
これは最高に痛い。
……というかメリケンサックのような鋭利な凶器の1つだな。
学校の先生はこのような危険物も取り扱うから色々と大変だ。
先生、ここに生徒1名が凶器片手に暴れております。
もう逮捕しちゃって下さい。
「……そ、そんなので叩くなよな!?」
「恨むなら次の担当の数学教師の井上を憎むことね♪」
円が満足しきった表情で、それを持ってきた眼鏡女子のクラス委員長の手元へと返す。
「私、頑張るから、来年は色んな場所に遊びに行こうね!」
僕が痛みで頭を押さえるなか、円は、とびっきりの笑みを浮かべていた……。
****
(繁side )
『ジリリリリー!』
パチン。
目覚まし時計のアラームを止め、スッと難なく起き上がる僕。
今日は休日。
白のレースのカーテンを開けば、眩しいほどの朝日。
白い長袖のロゴTシャツの上に青の半袖Yシャツを着て、青のジーパンを履く。
本日は晴天なり。
****
黒のマウンテンバイクから降りて、それを駐輪場に停めた僕は、すぐ近くにある真向かいの
駅の切符売り場で秋葉島行きの切符を購入して改札口を抜け、古びた茶色のベンチに座り、電車を待つ。
その間、僕は携帯プレイヤーで音楽でも聴こうかとリュックサックを漁ったがどこにも見当たらない。
どうやら家に忘れてきたようだ。
まあ、誰にでも忘れることはある。
スマホでネットサーフィンでもしよう。
そうこうしているうちに電車がガタゴトとやって来た。
いつもは長い待ち時間なのに、どうしてこういう時に限って早く到着するのだろうか。
時間の流れとは謎である。
****
電車の中はガラガラだった。
最近は少子高齢化のせいか、若者が減り、老人のお客さんが増えたような気がする。
まあ、人ごみが苦手な僕にとっては都合がよくてありがたい。
首都圏から海沿いを渡り、ガタゴトとレールを走る電車のノイズをBGM変わりに僕は読みかけの恋愛小説を読みふけっていた。
****
しばらくしてトンネルに入り、真っ暗な風景が続く。
どうやら東京湾の地下トンネルに入ったようだ。
ここを過ぎれば、間もなく念願の秋葉島だ。
しかし、何か落ち着かなくてそわそわする。
さっきから人の視線をひしひしと感じるのは気のせいだろうか?
****
白い巨大なドームに覆われた『アニメイド』秋葉島店。
この秋葉島名物の1つでもあるアニメ兼メイド喫茶。
真っ白な洋風のお城に三角に尖った赤い屋根から、豪華なセレブ感が味わえて最高に良い気分になる。
「いらっしゃいませ。ご主人様!」
僕が訪れた屋敷のロビーで元気で明るく出迎えるメイド姿のスタッフたちの接客マナーには毎度ながら感服すら覚える。
「本日はどういたしますか?」
フカフカのレッドカーペットを踏みしめ、可愛らしいメイドに出迎えられて中へ入店したら2つのコースが選べる。
アニメやゲームのグッズなどの商品などが買える『商業エリア』と、メイドさんと楽しみながら飲食などの食事ができる『飲食スペース』がある。
ちなみに、僕はあの子たち(商品)を買いにきた。
だから、迷わず商業エリアを選んだ。
だが、万が一に備え、その前にお手洗いを済ませたい。
僕は商業エリアの道から外れてトイレの方向へと向かう。
途中で壊れた木の看板があったが、その先には進めそうなので問題ない。
根本から折れた看板には『関係者以外立ち入り禁止』の表示と赤ペンキで記載されており、なぜか天井にそっぽ向いている部分は意味深だったが……。
****
「きゃあああー!?」
トイレに立ち寄り、用を済ませると、突如、前方から女子の悲鳴が響く。
それを聞き、僕は一目散に駆け出した。
──行く先は行き止まりで壁に横一列に並んだ銀のアルミ色からなる3つの扉……。
「……確か、ここからだったな……」
僕は声がした中央のドアノブをグッとちからをこめて握った。
「……鍵がかかってるな……」
「……繁君? 駄目。こっちに来ないで!」
間違いない。
立花さんの声だ。
彼女がこの先で何かトラブルに巻き込まれたか。
ここは何とかして助けないと。
「繁君、来たら駄目だよ!」
「大丈夫、立花さん。今、助けにいくから!」
僕はドアに体当たりを何度かして扉を突き破り、勢いあまって前のめりになる。
……しかも、その前方には床がなかった。
下は緑色のアメーバーのような空洞になっていて、足元の砂利を吸い込んでゆく。
「なっ、どうなってるんだ!?」
僕はそのまま体を支えきれずバランスを崩し、なすすべもなく真っ逆さまに落下した……。
****
「うわあああー!?」
落下していく僕の体が七色に染まる。
背は前屈みになって縮み、足は短くなり、指先の爪が鋭く尖る。
口からも何かがはみ出してきて、まともに口が閉じれない。
さらにやたらと頭が重くなり、目や耳にも不快感を覚え、何も考えられなくなる。
「ぐああああ!?」
次に全身を蝕む雷に撃たれたような激痛。
「がはっ!?」
僕は痛みに耐えられなくなり、すべての意識を閉じようとする……。
「しっ、繁君!!」
やがて、女の子の叫びとともに冷たく堅い床に到達し、僕の体は無造作に叩きつけられ、鈍い音を立てた……。
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