第9話 超能力の資格

弥生やよいside)


 私、立花弥生たちばなやよいは人の心が読める。

 ただし相手は異性限定で、しかも本気で好きになった人の心しか読めない。


 私はこの不思議なちからを利用して意中の男子と付き合ってきた。


 だけど相手の心を読んで先回りしているうちに次第に相手の男子から気味悪がられた。

 もしかして影でストーカー行為でもしているのではないかと。


 私はそんなつもりは微塵みじんもないのに、向こうへと男子は去っていく。

 

 こうして、いつのまにか前の高校にいる時、気持ちが悪いストーカーでヤンデレなびっちな私のでっち上げの噂が広まり、私は周りから疎外され、次第に一人ぼっちになっていった。

 

 それに懲りた私は今回の転校のさい、もう恋は二度としたくないと感じていた。

 

 そんな矢先にあのしげる君と出会った。

 久々の一目惚れだった。


 私は彼の心を読むうちに、彼は今までの男子相手とは何かが違うと感じ始めていた……。


****


「はっ? なん、アタイに聞きたいこと?」


 繁君と別れて校内に戻った昼休み、あの繁君との問題解決のために、偶然にも一階の廊下ですれ違いそうになる舞姫まいひめと仲間たちを呼び止める。


「舞姫ちゃん、ちょっと時間いい? ここじゃあまずいから、向こうで二人で話さないかな?」

「オッケー、愛の告白かいな。モテる女はツラいわ!」

 

 私は仲間たちと別れた舞姫を連れて、人気のない音楽室へと誘った。


 鍵は職員室で音楽顧問に音楽の授業で教科書の忘れ物をしたという嘘の理由で難なく借りれた。


 この部屋は防音工事がされているので、多少の会話が漏れる心配はないだろう。


 チャンスは今しかない。

 それにこの場所なら聞き耳される心配もない。


 固く決心した私は、堂々と舞姫に会話を切り出した。


「……あのさ、舞姫。アニメイドって知ってる?」


 すると、多少緊張していた舞姫の口角が『プッ』と緩んだ。


「きゃはははー! アンタ、そんなことも知らんとー!?」

「ちょ、ちょっと、声がデカイよ!」

「大丈夫、やましい言葉じゃないけん」


 ひとしきりツボに入っていた舞姫が笑い涙を指で拭い、急にシビアな顔になる。


「それでどこでそれを聞いたん……?」


 その事は迂闊うかつにはし、私が繁君の心を読んだからとわけの分からない異常な事を言うわけにもいかない。


 これは下手な発言はできない。

 私は慎重に言葉を選んだ。


「実は教室でそんな言葉を耳にして……」

「それ、男子から? それとも女子?」


 性別関係あるんだ? と焦りながらも慎重に答えを巡らす私。


「……だ、男子かな……?」

「オッケー、ウチのクラスで知らない間に腐女子ふじょしがおったらと考えたら、マジ、ゾッとしたわ」

「えっ、婦女子ふじょし?」

「そうそう」


 大丈夫だ。

 何とか意志疎通はできている。


 あと、よく分からないけど男子たちごめんね。


「そやな、すまん。本題やったな。

アニメイド、それは喫茶店や」


 はっ?

 意味が分からない。


「だから、メイド喫茶のことや!」


 め、メイド!?


『ドカーン!!』


 あまりの衝撃に私の思考回路がパンクする。

 

 メイドとは、あの白い前掛けがついたフリフリのエプロンドレスを着用して、お客さんの食べるオムライスにケチャップでハート模様を描き、そのオムライスに向かってハートサインの指のポーズで『美味しくな~れ、美味しくな~れ、萌え、萌え、きゅ~ん♪』と赤面で恥じらいながら魔法の呪文をかけるという素振りの、

巷のテレビ番組で拝見する、あの恥ずかしい生物たちのことだろうか……。


「まあ、多少は偏見があるけど、それはあながち嘘ではないしょ……」

「わ、私の心を読んだの!?」

「いやいや、ぶつぶつ弥生たんが呟いていたから。それにアタイには心とか読めるわけないっしょ……」


 そうだった。

 まあ、普通の反応ではそうである。

 普通は人の考えている心など読めるはずはないのだ。


 しかし、メイド喫茶に入ったことはないので、どんなお店か想像できないのも事実だった。


「なあ、弥生たん。アニメイド、そんなん気になるんなら今度の休日に行かへん?」

「えっ、この辺にあるの?」

「そう、東京の海の真ん中にある秋葉島あきばじまにあるねん」


 舞姫の話によると『秋葉島』とは今の呼び名で昔は秋葉原という土地にあったが、代々埋め立て地であったため、地球温暖化による海面上昇により、その土地が水没し、やむなく秋葉原一体をとある無人島へと場所を移転したらしい。


 そこが未知に潜んだ夢の孤島、『秋葉島』だわさ~と舞姫は説明してくれた。


「それならさきも行かせてもらいます」


 一体、どこから話を聞いていたのだろう。

 咲がキラキラと瞳に星の粒を浮かべながら私たちの会話に乱入する。


 どうやって来たんだろう?

 確か、ドアには鍵をかけたはず……。


「ちなみに弥生たんは、何か特殊能力とかもっとん?」


 不意の投げかけで私の背が凍りつく。

 私のこの能力を知っているとは?


 まさか、この舞姫もあの人の祝福を受けていたのだろうか?


****


(弥生回想シーン)


 時は再びさかのぼり、あの中学時代。

 父と母との夫婦関係が悪化して、とても家に居られない状況だった頃。


 とある夏の夜、私はそれに耐えられなくなり、一人あてのない家出をした時があった。


 半袖の青いカットソーに灰色の綿のズボンで、とても年頃の女の子とは思えない出で立ちの私。


 無数の田んぼに老朽化で点灯する電灯が立ち上る薄暗いあぜ道を走り疲れて、真っ赤な色のママチャリを押して歩いていた。


 ……中学の金銭面の状況では行く先は見えている。 


 財布の中を確認しても目につくのは500円玉硬貨が1枚のみ。

 これでは満足な夕食にもありつけそうにない。


 それからすぐに、『きゅー、グルグル』と私のお腹が可愛らしい空腹を訴えていた。

 しかたない今日はパンにするか。

 

 私は近所のコンビニで食材を購入し、近くの青いベンチに座ってメロンパンの袋を空けようとしたその時……。


『だっ、誰かいませんか?』

 

 声がした山側にある登山経路の方向を振り向く。

 でも、そこには誰もいるはずがない。


 確か、幼い男の子の声だった。


「誰かいるの?」


 私は立ち上がり、声のした木々の多い茂る入り口へとゆっくり近づく。


 そこには灰色の全身タイツの着ぐるみを着た園児のような体格の少年が杉の木の下で寝ていた。


 ……いや、寝ているというより、血を流してぐったり倒れている。

 

 とらばさみの罠に挟まれた足から出血していたが、流れていた血は人間とはかけはなれた乳白のような液体だった。


「君、大丈夫っ!?」


 だが、今は人命優先。

 血液の色うんぬんどころではない。


 私は慌ててお構いなしにその少年に声かけしてとらばさみを外す。

 

 この近所は山に囲まれているため、野生のいのししが、たまにこの地域の農地を荒らしにきていた。


 それで、たまりにかねた百姓ひゃくしょうたちがこの猪対策用のトラップをあちらこちらに仕掛けてはいたが、まさかこんな少年が引っかかるとは……。

 

 少年の口の回りにはトウモロコシやトマトなどの食べかすがついていた。


 よほど、空腹で飢えていたのか。

 育ての親は一体何をやっているのだろう……。


「とりあえずこれ食べて元気出して」


 私はタマゴサンドの封を開けて、それを少年の口にあてる。


 すると、少年の鼻がピクピクと動き、口を開けてそれをかじる。


『!?』


 それを噛んだ瞬間、物凄いスピードでタマゴサンドが口の中へ消えてゆく。


『これおいし~、ありがとう』


 少年が目をパチリと開け、私に目を合わせ、お礼をいう。


 少年の言葉はなぜか頭の中に語りかけているような感覚だが、恐らく私の疲れによる気のせいだろう。


「どうしてこんな所に一人でいるの?」

『……実はお母さんと喧嘩したんだ』

「そうなんだ」

『……ちょっと我慢できずにお菓子を勝手に食べたら怒られたんだ。……ボクのこと、嫌いになったのかな……?』

「それはないよ。お母さんも悪気があって怒ったわけじゃないよ。今ごろ、言い過ぎたと思って探してるかもよ」

『本当かな……?』

「うん、いくら仲良しでも喧嘩もするよ。親子ってそんなもんだよ。

……さあ一緒に帰ろうか。おウチはどこ?」

 

 私は少年の肩をかつぐ。 

 少し変わった灰色の着ぐるみを着ているわりには以外と軽い。


 先ほどのパンのがっつき方といい、この子はきちんと食事はしているのだろうか……。


 それに目の玉がやたらと大きい。

 片目だけでも私の握りこぶしくらいありそうだ。

 

「変わった格好だね。何かの部活動の練習?」

『……ううん、これはいつもの姿。ボク、宇宙人だから』


 えっ、と私は膠着する。

 この星の人類ではない!?

 

『タケシ、どこにいるの?』


 しばらく少年の帰り道の山道さんどうを歩いていると今度は頭の中から別の声がする。

 年配の女性の声からして恐らく少年の母親だろう。


『……あっ、お母さんだ』


 また、少年と同じ灰色の全身タイツの着ぐるみを着た人物が現れる。


『タケシ、探したわよ。』

『……ごめんなさい』

『無事で良かったわ。ところでその隣にいる女の人は?』

『あっ、この人はボクを助けてくれたんだよ』


 私より一回り大きい母親が深々と頭を下げる。


『ありがとう。何かお礼をしないといけないですね。何か望みはありますか?』

「……えっ? そんな悪いですよ」

『いいえ、息子を助けてくれたのですから、何かお礼をさせて下さい』


 母親の灰色の手が私の頭上にくる。

 ギョロリとした両目を閉じて何かを感じとるような仕草。


 それから、静かに目を開けて私の顔をマジマジとうかがう……。


『……なるほど、あなたは好きな異性との接し方に困っているようですね』


 好きな異性……。

 そうか、私は母だけでもなく、父のことも好きなんだ。


「はい、仲良くしたいんです……」

『ならば、この力を授けましょう』 


 母親の灰色の手が光だして、私の体が七色に染まる。

 それは一瞬の出来事だった。

 

 それからだ。

 私に、この本気で好きな異性の心が読める超能力が使えるようになったのは……。

  

****


(弥生side)


「そう、秋葉島は能力者だと超ベリー特権が受けられて入場料などが割引になるんかさい」

「まあ、普通はみんな、そこで超能力の資格を取るんですけどね」


 咲ちゃんまでもが、この能力のことを知っている。


 一体、秋葉島とはどんな場所なのだろうか?


 私が焦りと期待の不安のなか、聞けば聞くほどに謎が謎を生むばかりであった。


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