第8話 何も知らない
(
「……おかしいな。確かに人の気配がしたんだけどな?」
僕は、玄関のドアを開けて、キョロキョロと辺りを見渡すが辺りには誰もいない。
「……おっ、いつも早いな。もう来てるな」
偶然見かけた郵便受けの新聞を取りながらあまりの寒さにブルッと身震いをする。
『ニャ~オ♪』
そこへ、僕の足元に対してするすると絡んでくる能天気な表情をした、丸々と肥えた黒猫。
「まったく、また君の
僕はその大きな黒猫を優しく抱きかかえる。
『また』と言うからに、この黒猫の悪ふざけは日常茶飯事である。
「早起きしたから、もうお腹空いたのかい?」
僕は灰色のジーパンのポケットから『キャットフード・de・にゃんよ』と記載されたスティックの小袋を出して黒猫に与える。
端から見ても分かる手慣れた手口。
このアパートの室内では動物は飼えないから、こうして僕が外で面倒を見ているのだ。
「ほら、食べなよ。いっぱい食べて大きくなれよ」
いや、これ以上この黒猫が肥えたら丸々と太ったマグロになりかねない。
僕は、今この猫を危険な動物に育て上げようとしているかもしれない。
まさに、猫ニャンニャンボンバー。
『ニャオ~ン♪』
十分に腹が満たされたのか、僕の手のひらの餌を食べ終わった黒猫がするりと足元へと降りる。
「じゃあな」
僕はクールに去っていく黒猫に手を振り、玄関のドアを閉めるのだった……。
****
(繁回想シーン)
「繁ちゃん、覚悟できてる?」
「そんなに怖いなら止めとけばいいのに」
「嫌だよ、学割とはいっても高いフリーパス券買ったんだよ。元はとらないと」
そう強がっていても円は明らかに怯えていた。
いつもの強気な顔とは裏腹に今にも泣きそうな笑みを浮かべていたのだ……。
****
晴天の清々しい今日。
僕ら二人は、この新規オープンしたばかりの遊園地で様々なアトラクションを楽しんだ。
思いっきり羽を休めてはしゃぎ、おもむくがままに
そして、カフェでの昼食中に向かい合わせの席でハンバーガーを食べながら、『まだ閉館まで時間はあるから、どうせならすべてのアトラクションをこころゆくまで楽しもう』という話になり、その結果がこれだ。
円が最後まで勇気が出せずに避けていた
「さあ、いっ、行くよ、繁ちゃん……」
……とか言いながら一歩踏み出し、また一歩後ずさる円。
さっきからこの繰り返しでこっちも調子が狂う。
そこへ、お坊さんのような頭の店員さんが、『並んでいる他のお客さんの迷惑になりますから嫌なら止めてもらえますか?』と注意しても、円は、『私たちは大丈夫ですから、平気ですから』の一点張り。
この調子で、あれから30分は経過している。
いつのまにか後ろには長い行列ができていて、明らかに迷惑で不機嫌そうな顔をしているお客さんがちらほらいた。
「だあぁぁー! ほんと、どうしようもない円だなあっ!」
「きゃっ、ちょ、ちょっと繁ちゃんてばっ!?」
****
「繁ちゃーん、怖かったよ~」
円から血の気が引いており、顔は恐怖で引きつっていた。
彼女は今にも泣きそうなしかめっ面を浮かべている。
昔から円は、こういう心霊やホラー系が大の苦手だった。
このお化け屋敷に入った時もビクビクしていて、足が立ち止まり、そのまましゃがみこみ目をつむって耳を塞ぐさま。
後から来た後列のお客さんの邪魔になってしまった。
そんな嫌々な円を、また肩へと担ぎあげて、お化けを怖がる暇もないマジな顔で猛烈ダッシュした僕。
その異常な光景を見て、脅かす側の幽霊たちが、『大丈夫ですか、出口はあちらですよ』と優しくさりげなくフォローしてくれた。
まさに怯える霊ならぬ救う霊あり。
僕は幽霊にも救われた……。
****
「……さて、繁ちゃん。これで全部回れたね♪」
さっきまでの泣きっ面はどこへいったのやら。
この女の子は漫画のように感情がコロコロ変化するから見ていて飽きない。
「はあ、ゴールデンウィークも今日で終わって明日からまた学校か。
「こらっ、そんなこと言わない。学生のうちは勉強してなんぼの世界だよ」
「円は本当、前向きだな」
「いやいや、繁ちゃんがジメジメと後ろめたすぎるんだよ。
大事にしていたにゃんちゃんが亡くなったくらいで落ち込まないの。
人生は損ばかりじゃないよ」
円は飼っていた猫に対しての僕の想いを見透かしていたようだ。
円、今日は誘ってくれてありがとうな……。
****
(繁side)
──ふと、木目の天井に円形の蛍光灯が見える。
どうやらいつの間にか眠っていたようだ。
目覚まし時計の針は午前3時40分を指していた。
テレビは放送休止時刻なのか白黒映像で奇怪な砂嵐のノイズ音を発しており、周りは様々な雑誌で散らかっていた。
今度の休日に出かける予定でお世話になる一人旅の資料やカタログたちである。
「さてと、ゲームにも飽きたし、情報もゲットしたから本格的に寝るかな」
まだ、朝の登校まで時間はあると思った僕は
冷たいフローリングの床が心地よい。
僕の意識は闇へと閉ざされた……。
****
『キーンコーン、カーンコーン~♪』
昼休みを告げるチャイムが校内に鳴り渡る。
僕はこの休み時間がどうも苦手だった。
この性格上、昔から友人のいない僕は一人で昼食をしていたからだ。
いわゆるぼっち飯である。
一人で教室で食事していたら目立つし、トイレで食べるのも気が引ける。
また、屋上は恋人たちの巣窟になっているから僕のような非リア充にはNGである。
(しょうがないな……)
今日はよく晴れていて暖かいから、外のあのお気に入りのベンチで食べようと、一階の中庭広場へと
****
そこには珍しく先客がいた。
肩まで伸びた癖のない茶髪の女の子、あの
彼女もここで食事だろうか。
でも、ここは僕しか食事を
……しかも、そこで妙な違和感が残る。
彼女は手には食品や飲み物などの
それに何やら意味深な鋭き目線でこちらを見つめてくる。
まるでエスパーみたいに僕の心の声を見透かすかのように……。
「立花さん、どうしたのさ?」
「……繁君、私に何か隠してることない?」
「いや、別に何もないけど?」
「……ふーん?」
そう言うと、彼女はまた僕をじっと見つめて、
この沈黙の
彼女なりに、何か考えている行為なのだろうか?
「……そう。なら、他を当たるしかないわね」
立花さんは意味深な台詞を言い放ち、無色透明な空気のように去っていった。
まさに初めからそこにいなかったかのように……。
ふと、僕は思った。
僕は立花さんのことをほとんど知らないのだ。
それなのに立花さんはあのきっかけからかは知らないが、向こうから積極的にガンガン接してきてくれる。
つい最近の、朝の登校時に接触した偶然の事故からいきなりだ。
彼女は、いったい何を考えているのだろう……。
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