第6話 今度っていつだろう
(
「あー、非常に
一時限目の地理の授業中に
約一時間も水が並々と入ったブリキのバケツを持ち、教室の出入り口の近くに銅像のごとく立っていたからだ。
****
──時は一時限目の授業中に
廊下でバケツを持つカカシのような僕の懲罰の姿に、時おり、赤い体操着の女の子たちがくすくすと笑いながら廊下を過ぎ去ってゆくさまを見せられ、心がいたたまれなかった。
いくら悪いことをしたとは
恐らく僕のこの状況に周りの人間は影から面白がって後ろ指を指し、僕のこの姿を理由にとことん
もしかしたらすでに写メとかを撮られてSNSにアップされているかも知れない。
明日からまともに登校できるだろうか。
そこへ……。
「あっ、繁たん。おひさ、おっは!」
昔から僕の
幼馴染みの
なぜかニコニコしているが、何か良いことでもあったのだろうか。
「ちょい、アンタもすみに置けないじゃん!」
「はっ? 隅っこ? 整理収納アドバイザーの資格の話か?」
ハッピースマイルな舞姫側が理解していても、こちらは意味不明である。
「ちゃうよ。アンタ、ほんと超ニブタンね。まあ教えたからいいけどさ」
「何だ、近いうちに抜きうちテストでもあるのか?」
「違うつーの。
アタイの初めてを奪っててそれはないっしょ。
ほんま離したくないほどビックな男だったわ!」
自身のほっぺに重ねた手をすりすりと寄せて、赤くなりながら熱論する愛らしい乙女。
「僕の熱い想いを受け止めてくれなんて、男としての器といい、その童顔な印象とは超パネェ違ったわ!」
すぐ隣を通りすぎる体操着の女子生徒たちが、何やらひそひそと良からぬ噂話をしているが、僕は舞姫と付き合った経験は全然ないし、もちろんそんな度胸もない。
この舞姫の話はフィクションであり、まったくの誤解である。
……それにしても魚釣りに出かけて大物を釣り上げた話題でもないのにビックとは何だ?
僕は釣りはやらない派だよ。
「だから水泳部に入った時に見た繁たんの膨らみパネェーわ」
「……あれを毎度惜しみなく見られるのが原因で辞めたってほんまー?」
こちらの意見を通さずに立て続けに責めたてる舞姫。
まあ、高校に入ってすぐに水泳部を辞めたのは、あながち嘘ではないが、そんなデタラメな噂が拡散されているとは……。
……だが、この世に男女間の身分は平等であり、女性が弱いからという理由で何でも好き勝手できるなどということは関係ない。
この舞姫の容赦なき爆弾発言の連鎖もハラスメント疑惑で十分に訴えられるはずだ。
──しかし、学生の僕には弁護士を雇えるお金が十分にない。
それに30分とか、または1時間1万円の弁護士の給料システムの計算式とかも僕からしたらありえない。
これが長期間になれば、サラリーマンでも大変な額になりかえないだろう。
「──ちょっと、繁たん、アタイの話聞いとるん?」
「……あっ、ごめん。聞いてなかったよ」
「だから、いつでもオッケーなように部屋ベリー綺麗にしときなよ。じゃあね」
そう言って舞姫はあっさりと去っていった。
気のせいか、彼女の横顔からして、切なげな表情を浮かべているようにとれたのは気のせいだろうか。
そんな物思いにふける僕の後ろ側から見覚えのある女の子が過ぎ去ろうとする。
「き、君は?」
「あっ、なに?
……あっ! あなたはさっきの!?」
僕の呼びかけに立ち止まる女の子。
登校時に出会ったあの彼女に間違いない。
向こうも内心驚いており、こちらを見つめて片手で口を塞ぐ驚きな仕草。
その可愛らしい表情に少しばかりときめきを覚える。
「あのさ、柳瀬にバレずに良かったね」
「はい、ありがと。繁君。
それから私は
「うん。や、や……、」
別に恋人通しでもないのに、親しげに弥生と下の名前で気軽に言えたら苦労はしない。
「や、や、や……」
「や?」
僕の至近距離に臆することなくグイっと近づき、胸元が見えそうな色っぽいポーズでこちらをじっと見つめる彼女。
非常に彼女との距離が近い。
彼女の吐く息がかかり、女の子らしいシャンプーの香りがする。
しかも相手は美少女ときたものだ。
これでドキドキしない男はいないだろう。
それから彼女は黙りこくり、僕の顔をまじまじと眺めて何か言いたげな顔つきになる。
この子も僕の外見が気に入ったのだろうか。
こんな顔のどこがいいのか。
女という生き物はよく分からない。
「そう無理しなくていいよ。
初めは立花でいいから」
立花さんが聖母のように優しく笑いかける。
「ありがとう。立花さん。お気遣い感謝するよ」
「それは、どういたしまして」
綺麗な歯並びを見せながら、にこやかに笑う立花さん。
このほのぼのとした僕ら二人の
「……ちょっと、弥生たん。
なんモタモタしよん! 二時限目は移動教室だからいそぐっしょ!」
廊下の遠くの方で少しキレ気味な舞姫が彼女を呼んでいる。
「あっ、ごめん。
……繁君、ごめんね。
また今度ゆっくりお話しようね。
ばいばい」
「ああ。分かったよ。またね」
立花さんが僕に丁寧に一礼をして、慌てて怒りの声の主を追いかけていく。
(あれ、今度っていつだろう……?
それに立花さんは何で僕を名前を知ってるんだ?)
色々と脳内に疑問点を浮かべるなか、授業のチャイムが響き渡り、教室から出てきたクラスメイトに絡まれても無関心を保つ僕。
そのままボケーと廊下で突っ立ったまま、『心ここにあらず』な心境だった……。
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