第5話 超痛いわよ

弥生やよいside)

 

『キーンコーン~、カーンコーン~♪』


 まるで鈴虫達の合唱だった教室内の生徒たちのガヤガヤ声が、このチャイムの知らせでしんと静けさに包まれる。


「で、では、出席を取ります」


 気が弱そうで少し脅しただけで逆手をとれそうなこのクラスの担任が教卓に立ち、緊張の面持ちで出席簿を広げた。


「なっ、名前を呼ばれたら返事をするように」


「あっ、明智」

「はい」


「あっ、安藤」

「はい」

 

 担任がその名前を弱々しく呼ぶたびに着席している生徒が山彦のように返事を返す。

 まさに大名行列による通過儀礼のようだった。

 

「たっ……立花」


 そこへ順調だった返しの言葉がなくなり、一瞬静まりかえる教室。


 それもそのはず、出席簿とにらめっこしている担任以外、誰がどう見ようと肝心の立花弥生たちばなやよいの席は空席だった。


 ……それから、担任が不思議に思い、その出席簿から目線を上げようとする数秒の間に……、


「わひっ♪」

「……立花さん、返事は、ですよ」


「では、次は遠久山とおやま……」


「……ありがと、さきちゃん」


 担任からの応答に上手に対応したこの女の子、春賀咲はるが さきに、貝を割るラッコの仕草のように両手を擦りあわせ、懇願こんがんする私。


 たった今、遅刻スレスレで、担任からは分かりにくい後ろ側のドアから進入して席に着いただけに、これはありがたい。


「いえ、友人として、当たり前のことをしたまでです」

「うれしい。ありがと♪」


 古くからの小学生からの付き合いでもある、緑の長い髪型にパッツン前髪な女の子の咲が小声を返す。


 特に目立った身体的特徴はなく、150の小柄な幼児体型だが、本当に気がきいていて優しい大和撫子な存在。


 私はこの子と出会って良かった。


「ところでさ、気になるんだけど何であの返答にしたの?」

「ええ、咲から見たら弥生は少々お惚けなイメージがありましたので、ああいう返事にしました」

「……はっ? 咲ちゃん、今、何て?」


 いや、待てよ? と考えを整理する私。

 やがて、私が考え抜いて導きだした言葉は……。


「What? Kill you!」

「あれ? 乱暴な口調には変わりないですが、それなりに英語を喋るとか案外とお利口さんなのですね。

体育の前に着替える時間をしいてか、体操着で通学してきているからに脳みそ筋肉な運動バカなのかと?」

「この女ー! 絶対許さん!」


 青色の竹筒テザインな筆箱の中身から出した三角定規とコンパスの先を咲ちゃんに向け、敵対する意志を標示する。  


 前言撤回ぜんげんてっかい

 やっぱり、こいつは昔から私の敵だ。


「こ、こら。あ、朝から騒々しいですよ。立花さんも大人しく席に戻りなさい」


 担任を先おいて、そのまま互いの腕を掴み、取っ組み合いになる私たち二人。


 教室内は血を血で洗う戦国時代と化した。

 もう、誰にも私たち二人を止められない。


「まったく、ほんと~に犬猿の仲だよな」


 そこへ、一人の男子生徒が黒ぶち眼鏡を整えながら争いの中枢へと割って入る。  

 

 凛としたクールな顔立ちに眼鏡がよく似合い、知的で頭脳明晰ときて、さらに健康的に日に焼けた茶系な肌の男子。

 肩まである青い髪型に170センチ、華奢きゃしゃな体型に見えて、実は脱いだら凄い細マッチョ。

 その麗しい肉体美は噂が噂を呼んだ女子達から覗き見され、校内の水泳の授業で証明済みだ。  


 ちなみに実力テストの結果は、いつもぶっちぎりの首位。

 天は神に二物も三物も与えた。


「キャー、ステキー。生徒会長の遠久山真琴とうやま まこと君よ♪」

「いいぞ、やっちゃえ!」

「いや、やるのは犯罪だろ……」


「だけどさ、動物でも人間の喧嘩じゃないからよくね?」

「それなら動物愛護法でお縄だよ」


 さっきから好き放題言っている周囲。

 その多彩な言葉を受け流すかのような体勢で二人へとにじりよる遠久山。


「お嬢さんたち、そんなに眉間みけんにシワをよせたらせっかくの美貌びぼうが台無しだぜ」


 遠久山のくちびるには一輪のバラ、それは情熱のアッモーレ。

 まさにキザな男に相応しい。


「「うっさい、お前は邪魔するなっー!!」」


 そこへ思わずハモる二人の声。


『バコーン☆』


「あーれぇぇぇぇー!?」


 二人のダブルパンチを食らい、換気のために空けていた窓の外へ吹っ飛ぶ遠久山。

 彼はそのまま流れ星となり消え果てた。


****


「ふざけるな。消えてねーから」


 それから数分後……。

 全身がボロボロの雑巾になりながらも真琴が再度姿を現す。


「いや、だいじょーぶ。セクハラにはならねえよ、服は破けてねーから」


 真琴が一応訂正をいれるが、それよりもこの女子二人の勝負の行方が気になるのは、私たちや野次馬だけではないはずだ!


『ガルルル、キャンキャン!』

『キキー、ウッキー!』


 ──教室内で繰り広げられる、犬と猿の喧嘩。

 二人はいよいよ巨大化し、怪獣となりはて、思うがままにこの屯田町とんでんちょうを破壊し尽くす……。


『キャイン、ギャワワーン!』

『キキキィィィ!』


 そして、小さな現場から大きな戦争へ……!


「「そんなわけあるか!!」」


 また二人の声がハモる。

 実は本当は仲良しなのかも知れない。


 ……なるほど、だから犬猿の『仲』なのか。


「まあ、いいわ。時間が惜しいから今日のところはこの辺で許してあげるわ」


 咲ちゃんに関わるのも面倒になり、軽々しくこの場から身を引く私。


「はっ? 辺? 

今さら二等辺三角形の定理ですか。あなたの頭は小学生の算数で成り立っているのでしょうか?」

「この女ー、いい加減にしろ!」


 冷静沈着に応対する咲に、火花を散らす感情的に吠えたてる私。

 まさに一触即発。


 それから清々しい真琴の制裁を無視するさまで、この私たち二人では平穏な世界は取り戻せそうになかった……。


****


「ねえねえ知ってる? 鼻の下が長いイケメン君の話?」

「ええ、あの三学年の人だよね」

「そうそう、確か名前は蒼井繁あおい しげる君だよね」


 仲のよい三人組の女子達の話題に私の耳が反応する。


「ねえ、もしかしてさ、その人こんな顔じゃなかった?」


 私は指で目尻をつり上げ、奥二重の人相で話題に加わる。


「きゃはは、弥生たんそれうけるわ!」


 その中のリーダー的存在な、赤髪のゆるふわパーマなボブカットのむすめが、お下品きわまりなくゲラゲラと爆笑する。

 

 彼女は二学年になって知り合ったばかりの紅舞姫くれないまいひめ


 160センチにヤンチャな性格であり、肉付きはほどよく、自称Cカップなバストやヒップなど出るところは出ているセクシーなスタイル。

 また、褐色肌に長くヤスリで整えた爪にはピンクのマニキュア。


 さすがにピアスは校則で禁止で身に付けてはいないが、ズバリ天真爛漫てんしんらんまんな子ギャルとは彼女のことを指すだろう。


「それでウチの繁たんに何か気でもあるん?」


 ウチと言うことは繁君の彼女なのだろうか?

 おずおずと舞姫に、そこのところをさりげなく聞いてみる。

 

「いんや、ただの幼馴染みだからし」


 それを聞いてほっとしたような、残念だったような、私の心の奥底で複雑な想いが交錯する。

  

「なん? アイツと話したいんなら住所教えようか?」


 舞姫に応じてうんと縦に首を振る私。


 すると、舞姫は自分の机から赤い表紙のノートを取り出し、熊の可愛らしいノックのシャーペンで乱雑な地図を描く。


「ここが学校で、桜の木が並ぶ大通りを抜けるやろ……」


 舞姫の説明を鵜呑みにしながら、シャーペンの先を目で追う私。


 こうして数分が過ぎ……。 


「……へい、完成。いっちょあがり!」


 舞姫が出来上がった即席物のページ千切ちぎり取り、ホクホク顔で私に手渡す。


「ありがとう」

「礼には及ばんさかい。しかしアイツもようやく前を見るようになったか」

「……えっ、何の話?」

「いんや、気にせんといて。オバちゃんのひとりごとやけん」


「いや、舞ちゃん、まだ、そんな歳じゃないでしょ」

「きゃはは、りんちゃん、それ超パネェうけるわ!」


 仲間の鋭い突っ込みに、またもやゲラゲラと品なく笑う舞姫。

 

「とりあえずアタイから聞いとくけど、その綺麗なつらじゃ初めてじゃないよね?」


 いやらしそうに舌を舐めずりながらニヤニヤと笑う舞姫。 


「はっ、何が?」

「ふふ、覚悟しいや。鼻の下が長い男のは超痛いわよー」


 その台詞の意味はよく分からなかったが、私は舞姫に何度も視線を振りながら、念入りに地図をよく見て彼の所在を確認するのだった……。

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