#7 ファーストステージ
「今日はスプリング・コンサート当日になりました。皆さん、いい笑顔でこの本番を乗り切りましょう!」
「はい!!」
「じゃあ、有島が先頭で誘導するので、一年生とパーカッション、運搬係は楽器の運搬を手伝ってください。二、三年生はマーチングの最終確認を」
部長の声によって、バラバラに部員がはけていく。衣装やカラフルな旗、どでかい楽器ケースをひいひい言いながら運んだあとは、日程の確認が待っている。
運搬組に先に配られた今日の日程表を見た先輩の顔が、微妙に険しくなるのに気付いた。
「先輩? どうかしたんですか?」
「ステージは都星中の後か……都星中って知ってる? 真生君」
「あー。なんか、名前は聞いたことがあります。同じ四井橋市にありますよね」
「そうそう。都星中は四北のライバルみたいなところ。といっても、こっちが勝手にライバル視しているだけなんだけどね。この前の全国大会じゃ都星中に僅差で負けてさー。向こうは87点でこっちは84.8点」
「2.2点差……厳しいんですね」
小さいようで、大きいその差。それを埋めるために、俺たちはあと一年でレベルアップしなければならないのだ。今日のパレードで何かつかめるものがあればいいのだが。
そんなことを考えていると、最終確認を終えた先輩たちが続々と戻ってきたので、慌てて先輩のカバンを並べる。
部長が全員集まったことを確認して、これからの予定を伝える。
「パート順でバスに乗って向かいます。バスの中では私語は極力しないように。二、三年生は楽譜を見たりマウスピースで音を出したりしてイメージトレーニングをしておいてください」
「はい!」
「会場についたら、挨拶を忘れないようにして下さい。一年生は楽器準備、二年生と三年生、パーカッションは打楽器運搬を。では、出発します」
それから、バスに乗って俺たちは会場へと向かった。場所は、四井橋市の中でも有名な四井公園。様々な運動器具があり、野外コンサート用の音楽堂もある。
全体が芝生に覆われていて、散歩にも丁度良いので子連れやお年寄りにも人気のスポットだ。
B級焼きそばやたい焼きなど、おいしそうなにおいが漂う屋台に気を取られそうになるが、ご飯は後。今は本番に集中しなければ。
用意されているテントの中で、楽器の準備をしていると、隣に黄色に黒のパンツの衣装を身にまとった他校の生徒たちが入ってきた。首元につけられている星形のバッジが目を引く。
プラカードを見ると、「都星中学校吹奏楽部」と書かれていた。なるほど、これが有島先輩が言っていた団体か。
「こんにちは!」
スマイルと共に、張りの良い挨拶が飛んでくる。俺も、負けじと声を大きくする。
「こんにちは!!」
そのあとも、何回も挨拶が飛び交う。大会やイベントで他校とすれ違ったときに挨拶するというのは、先輩曰く吹奏楽あるあるの一つらしい。
「速水先輩……俺、こんなに挨拶したことないです……」
「コンテストとかこれ以上に挨拶するからね。僕はもう慣れたよ。人と話すのも、前までは苦手だったんだけどね。吹奏楽部だと嫌でも話さないといけないし……そういう面ではありがたいかな」
「俺も、慣れていかないとですね。いまだに、同級生の女子に話しかけるのが恥ずかしくて……部活の人とは少し話せたんですけど」
「まあ、無理にやっていかなくてもいいんじゃないかな。あと三年あるわけだし、ゆっくりでいいよ」
「そうですね。頑張ります」
公園の柱時計を見ると、時刻は午前十一時。もうすぐ都星中のパレードが始まる。パレードは都星中の後に一団体はさんでから、四北中の出番だということだったので、少しゆっくりできる。
日に当たってぬるくなったスポーツドリンクを渇いた喉の奥に流し込みながら、春の風にあたる。
遠くのほうでは、演奏を控えた団体の合奏が行われているらしい。楽器たちが楽しそうに吠える音がいくつも聞こえる。
一年後は、俺がこのだだっ広い公園にトロンボーンをもって、力いっぱい響かせよう。
「そういや……姉ちゃんの団体も今日来るんだったな。順番はいつだろう」
俺の姉、武田 彩が入学した宝玉高校の吹奏楽部、ウィンド・スピリッツは全国各地で演奏する活動も行っている。四北からは多くの卒業生が出ているため、熊本からわざわざ福岡まで来るのだそうだ。
出演順を確認すると、パレードは一番最後。ステージは後ろから二番目となっている。
ステージの方はラストが合同演奏になっているので、団体で考えると双方共にトリだ。それだけウィンド・スピリッツが観客達に期待されているということなのだろう。
「一年生ー!! もうすぐパレードの準備するから集まってねー!」
元気な有島先輩の声が聞こえてきたので、俺は置いていたスポーツドリンクのペットボトルを持って立ち上がる。
「先輩、今行きます!」
来た道と同じように、人々の挨拶に呑まれながらも、俺は走って集合場所に向かう。息を切らすほど走ったつもりだが、皆はもう集まっていた。……少し恥ずかしい。
パートの点呼が終わった後に、いつもの部長の指示が飛ぶ。
「二、三年生はチューニングを。一年生は振りの確認をしておいてください。十分後にスタートなので、七分で終わらせるように。木村先生、連絡は何かありますか?」
肉付きのいい大きな手が上がり、ジャージを着た木村先生が前に出る。袖が黒のジャージの背には「YOTUKITA」と白をバックに紺色でローマ字の刺繍が入っている。
「よーし、今日は新入生にとっては初陣だな。緊張するだろうが、これからは多くの大会が待っている。このスプリング・コンサートで一通りの雰囲気は掴んでほしい。舞台に慣れるって目的で四北は色んなイベントに顔を出しているわけだからな」
「はい!」
「それじゃ、本番は張り切ってやろう。他の中学に負けないようにな」
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