#4 新生 四北吹部 スタートの日
それから一週間、俺は吹奏楽部へと通い続けた。体験入部の期間が終わるころにはほぼ全員の先輩に名前と顔を覚えてもらえていたようで、結構先輩から名前を読んでもらうことも多かった。
まあ、女子が大半だったので悪い気はしなかったのだが、何せ初めての体験だ。俺も少し緊張した。
それでも、これから始まるのは女子に囲まれてキャッキャウフフのハーレム生活が待っている……というわけではないことぐらいは知っている。
よくフィクションなんかでは、ハーレムにあこがれた男子が実際に入部して吹奏楽部の闇を見る……なんてシーンもあるが、まさにその通りだ。
吹奏楽部の女というのは体験入部期間が終わってから本性を現すのだ。なぜこんなことを知っているのか? と言えば、実際に俺の姉が男子を化かして連れ込んだためである。
姉の犠牲になったのが、寂しくタンバリンを叩いていた男の先輩。名前は速水 潤と言っていた。
姉に優しくホルンを教えてもらい、ホルン希望だったものの、オーディションに落ちてパーカッションになったそうだ。
今はパーカッションが大好きで、楽器についても色々教えてくれた。先輩が叩いていたたまごを半分に割ったような楽器はティンパニと言うのだそうだ。オーケストラでは「第二の指揮者」とも呼ばれるらしい。なんだかカッコいい。
今日は吹奏楽部発足の日だ。音楽室に四北吹奏楽部の全員が集まり、部長が出てくるのを待つ。結局、新入生でこの部に入った男子は俺一人らしい。速水先輩と一緒に頑張らねばならない。
「皆さん、こんにちは。吹奏楽部にようこそ! 私は部長の中川 茜です! よろしくお願いします!」
ぱちぱちと拍手が鳴り、それに対して中川先輩は丁寧におじぎする。
「ここに集まってくれた新入生の皆、ありがとう。四北中吹部の練習は、正直とても厳しいです。でも私達二、三年生はそれを頑張って乗り越えてきました。新入生の皆も頑張って、一緒に全国へ行きましょう!」
それから、各々の自己紹介が始まった。一年生は九人。結構歴代の中では少ないらしい。二年生は十五人、三年生は十六人の全四十人だ。
パート紹介もあったが、俺は大体決めていたので聞いて考えを変える……なんてことにはならなかった。
一週間の体験のうちで一通り回ったが、やはり一番吹くことができたのはトロンボーンだった。その次に、速水先輩がいるパーカッション。三番目に姉がやっていたホルンを希望として書いた。
でも、音がそこまでならなかったので、ホルンにはならないと思う。今日では楽器が決まらないというのは残念だが、顧問の先生とも打ち合わせをしてぴったりの楽器を選ぶという事だったので、俺はそれを持ってきたメモに書く。
「それでは、顧問の先生を紹介します。木村先生、お願いします」
……ん? 今先輩は何と言った?
俺の戸惑いをよそに、ガラガラと大きな音を立てて音楽室の扉が開く。
「こんにちは。俺は顧問の木村 大輝だ! 1-4の担任だから、授業で知り合う人もいるかもな。よろしく!」
ええーっと声を上げて叫びそうになるのを必死に抑える。そういえば、全国大会のパンフレットにもそんな名前が書いてあったような。
「おっ! 武田、吹奏楽部に入ってくれたのか。授業でも部活でも会うことになるな。ははっ」
「先生、クラスの子ですか? 覚えるの早いですね」
「ああ、コイツの姉ちゃんの担任やってたからそうかもなと思って覚えていたんだよ」
「先生! 吹奏楽部だったんですか!! てっきりバレー部やソフトボール部かと……」
「おーおー焦るな焦るな。そうだぞ。楽器は港台高校の吹奏楽部でやってたからバリバリ文化系だぞ」
港台高校は東京にある高校で、全国大会でもグランプリを連発するような超強豪校だ。俺の担任は……とんでもない先生だった。
「まあ、そんなわけだ。よろしく。今日出してもらった希望パート表を参考に、パートを決めていくから新入生で変更したい人は俺に言うように」
「はい!」
新入生の爽やかな挨拶が音楽室に響く。
「今年は……九人か。少し少ないが、パート振りには特に問題はないかな。トロンボーンは二年がいないから、優先的に入れようと思う。有島、後で職員室へ来てくれ」
「分かりました」
「今月と、あと五月の予定表を配るぞ。ゴールデンウィークなんて期待するなよ。五日間中一日はイベント、二日は練習だからな。一応くぎを刺しておくが」
配られた練習表にはぎっしりと予定が詰められている。最初の一週間はやさしいが、あとはレッスンや体育館での練習、ゴールデンウィークには近くの合同イベントへの参加……目が回りそうだ。
「六月には、マーチングコンテントの県大会がある。こっちは本命じゃないが、結果を出しておかないと本命の九月の大会が苦しい。気を抜かずに、十月の九州大会までは絶対行くぞ」
流石は強豪校だ。意識も高い。俺は、もう一度気合いを入れ直し、スケジュールを叩き込む。
「じゃあ、今日のミーティングはここまでだ。皆、練習頑張ろうな」
「はい!」
音楽室から続々と出る先輩や、新入生。新入生は胸のワッペンが赤色なのですぐに分かる。……といっても、女子ばかりなので話しかけづらい。どうしようか迷っていると、ぽんと肩の上に誰かの手が乗った。
「帰る?」
「速水先輩! 一緒に帰っていいっすか?」
「ん、いいよ。でも少し言葉遣いは気をつけた方がいいかも。お姉さんに似てる」
「あっ……分かりました、ありがとうございます!」
つい、元ヤンキーの姉の口調が移ってしまう。先輩に言われないように気をつけないと。
「大丈夫。早めに直しておいた方がいいからね。僕も君のお姉さんにはお世話になったし」
「そうなんですか?」
「うん。僕、全然マーチングの動きが覚えられなくって。ほら、楽器もって演奏するでしょ? 楽器を叩きながら移動するのがなかなかできなかったんだ」
でも、と先輩は続ける。
「君のお姉さんはつきっきりで教えてくれてさ。限界の二十時まで練習につきあってくれたんだよね。それで結構動けるようになって、バンドの足も引っ張らなくなったよ」
それは意外だった。姉がちょくちょく遅くなるときは、両親がよく昔のことを思い出して夜遊びにでも行っているのだろうかと心配していたものだ。
「家じゃそんな事無かったんですけどね。本当、アネキって感じで」
「ふふっ。そうなんだ。お姉さんは今元気?」
「はい。熊本の方で続けてますよ」
「なら良かった。真生君もキツいかもしれないけど、そんな時は僕に言ってね。お互い、少ない男子勢だけど頑張ろう」
――それからまた更に一週間が経ち。ようやく俺が、待ちに待った日がやってきた。
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