#2 新人君は狙われる

 始業式が終わった後、俺とタクは教室へと向かった。今日から新しい日々が始まるのだ。まだあの感動が残っている。あんな演奏が出来るようになるには相当の練習が必要だろうが、俺は頑張ると決めた。そこに迷いはない。


「よーし、席に着けよー。今から色々な資料を配るからな。あ、そうそう……俺の名前は木村 大輝。教科は国語だ。よろしくな!」


 スポーツ系に見えたので、体育教師かなと思ったのだが、国語だったのか。


 黒板にささっと木村 大輝と記すと、先生は封筒をドサドサと置いて回し始めた。


 配られた資料の中に、姉が父に渡したのと同じピンク色の紙「入部届」が入っていた。


「体験入部を今日からやっている部活は、バドミントン部、卓球部以外の運動系と吹奏楽部だ。興味のあるやつは行けよ。部活はいっていると推薦に有利だからな」


「はーい」


「んじゃ、話が長くても面倒だろうし、今日はこの辺で。自己紹介は一番最初の授業でやるからな! そこの君は……武田か。武田、悪いが号令をかけてくれ」


 なぜ俺が、と思いながらも号令をかけ、俺は二階の教室を飛び出して四階へと駆け上がる。早く楽器を吹いてみたい。期待が俺を動かす。


 息を切らしながら四階に辿り着くが、部員の姿はまだ見えない。しばらく待っていると、さっき演奏で使われていた大きな楽器が柱の陰からひょっこりと顔を出した。


 その巨大なフォルムは怪獣映画などに出てくるモンスターのようだ。……少し時代が古いか。


「な、なんだ!?」


「あーごめんね! 私のバリちゃんが驚かせちゃった!?」


 バリちゃんの持ち主は意外に小柄だった。俺が160に届くか届かないかぐらいなので、相手は、140半ばぐらいではないだろうか。前髪はゴムで結んでおり、ピンで留めている。慌てている様子はリスのようで、高く結ばれたポニーテールもぶんぶんと揺れる。


「バリちゃん……? 楽器の名前?」


「チューバだから、バリちゃんなの。可愛いでしょ?」


「かわ……いい?」


 これが女子でいうかわいいというやつなのか? 男子の俺には分からない。こんなメンバーがわんさかいるのだろうか……この吹奏楽部には。


「かわいいでしょ、だってこの子がいないと演奏が成り立たない重要な子なんだもん! かわいがってあげないと!」


「先輩、ちなみにどんぐらい重いんすか……バリちゃんは」


「乙女の体重を聞くなんてダメダメ! うーん、でも……初心者くんの質問には答えなきゃなぁ……大体十キロぐらいかな」


「十キロ!? え!?」


「うん。慣れたら軽いよー。ラジオ体操しながら吹く動画もあるし。最初は七キロのやつ使うから!」


 十キロといえば米袋を肩に背負っているようなものだろう。肩が壊れそうだ。七キロと言われても大して変わらない気がするのは、俺がおかしいのだろうか……?


「こら、日向。あまり新入生をいじめちゃダメでしょ? 困ってるじゃない。今日からは一週間は歓迎期間なんだから……」


 ステージで見たときに厳しそうな先輩だと思った人だ。髪はまとめられており、眼光も鋭く、生徒会長といっても納得のいく雰囲気をかもしだしている。身長も俺より高いので余計に怖い。


「そ、そうだね……ごめんね。君、名前は?」


「武田 真生っす」


「おおーなんかカッコイイ。私が日向 そら。こっちが……」


「有島 涼花。一応副部長やってます」


「涼花、かたいなー。氷の女王様って感じ」


 確かにそんな感じだ。日向先輩はほわほわとしていて、風に吹かれたらすぐに飛んでいくたんぽぽの綿毛のように見えるが。


「これぐらい厳しくないと、全国大会は目指せない。あまりヘラヘラやられても困るし」


「そうだねー。全国大会も、段々枠が狭くなってるもん。九州の枠、3枠しかないのに30校以上ライバルいるし、本番は一発勝負だし。真生君は、吹奏楽部入る予定ってある?」


「はい! そのためにここに来ました!」


「へぇ……そんなに。ん……? そういえば、貴方お姉さんいない? 武田 彩先輩の弟?」


 武田 彩が姉の名前だ。彩先輩、だなんて自分の姉がそんな風に呼ばれている事を聞くとすこしムズムズする。


 部活が忙しかったため、家に帰ることは少なかったが、たまに休みの時はいつも姉にうっとうしいぐらい絡まれていた。


「そうです! 彩は……色々と迷惑かけましたか?」


「いやいや、別に。元気な先輩だったよ。彩先輩はホルンだったね。日向、案内してあげて」


「はーい! こっちだよ!」


 日向先輩の後ろについて、様々な教室を見て回る。小学校の時にもあったが、人数が多いためか、第一音楽室と第二音楽室があることも教わる。


「ここで金管楽器は練習しているよー。低音パートはまた違ったところだけどね。あ、ホルンの体験が終わったら絶対来てね! 男子大歓迎だから!」


「は……はぁ……分かりました……」


 扉を開けると、先輩達が色々な楽器を用意しているのが目に入る。手招きされた方に向かうと、ホルンと書かれたボードとともに、同じ楽器が並べられていた。


「へぇ……これがホルンか」


 ぐるぐるとカタツムリのような形をしている。複雑そうな構造なのに、少し持ち上げてみると意外に軽くて驚いた。ホルンパートの先輩に持ち方を習って、膝の上に乗せる。


「ホルンは伸ばすとどれぐらいになると思う?」


「んーっと、五メートルぐらいですかね」


「違うよー。正解は、八メートル! 長いよね。ホルンは、後ろに向けてから音を跳ね返してから前に飛ばすんだ。だから、世界一難しい金管楽器とも言われていて、ギネスにも乗ってる。まあ、得意不得意あるから試してみないと分からないけどね」


「これは、マウスピースっていってね。唇をブルブルって震わせて鳴らすんだ。やってみて」


 言われた通りに、ブルブルと唇を震わせる。姉と小さい頃にブルブル対決といって勝負していたので、結構長く続いた。これには先輩も驚いたようで、手を叩いて喜んでいた。


「おっ! 凄いじゃん! じゃあ楽器につけて吹いてみよう。そこの穴の部分にゆっくり差し込んでから、さっき言ったように持ってみてー。左手で押さえて、右手はアサガオみたいな部分、ベルっていうんだけどね。そこにいれて!」


 左手でキーを押さえて、右手をお椀のようにしてベルに入れる。そして、息を管の中に入れると、プパー。ペポー。というあまり上手いとは言えない音がこぼれた。


「うーん、最初はそんなもんだよ。それを上手くしていくために練習するんだから。バズィングが出来るだけでも」


「バズィングってなんですか?」


「あ、説明忘れてた……バズィングっていうのはさっき唇を震わせてから音を出すやつをやったよね。あれのことだよ。出来る人と出来ない人に分かれるんだけどね」


 色々と難しそうだが、姉でもなんとかついていくことは出来たので、頑張ればどうにかなるだろうと俺は考える。


「他に見たい楽器はある?」


 楽器の準備を終えてきたのだろう、額には玉の汗がじんわりと滲んでいる。


「あ、日向先輩。案内ありがとうございます。日向先輩がチューバっていうのは分かったんですが、有島先輩は何の楽器なんですか?」


「涼花はトロンボーンだよー。長ーい楽器で面白いんだけどねー。見に行ってみる?」


「いや……そのー……なんか、有島先輩は厳しそうというか……日向先輩にも終わったら来いって言われましたし、チューバを見てみようかなぁ……」


 その時、俺の肩にぽんっと手がのる。

 振り返ると、有島先輩がニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべていた。漫画で言えば、眼鏡の奥の目がキラーンと輝いた……みたいなシーンだろう。


「真生君、トロンボーンやってみようか? すこーしパートの人数が少なくって今男子も女子も大歓迎なんだよね……ふふふ……優しく教えてあげるからさ、ね?」


「ひぃ!!」


 妙に優しくしようと頑張っているところが逆に恐ろしい。そういえば、姉が「吹奏楽あるある」なる漫画を読み、ポテチをかじりながら言っていた。


 ――体験入部の先輩のスマイルは、入ったら忘れろと。思い出すと辛くなると。


「日向悪いねー。チューバにも行かせるからちょっと待ってて」


「おっけー! 真生君、頑張れー!」


「今から何が始まるんすか!!」


 しかし、先輩はそのツッコミには答えずにどんどん足の速度を速めていく。


 先輩に手首をがっしりと掴まれたまま、俺は引きずられるようにして、有島先輩率いるトロンボーンパートが練習をしている図書室へと向かった。

 

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