九皿目


 「ただいまぁ~」


 「おっかえりぃ!! はいっ!」


 

 みさきは玄関先で両手を私に向かって差し出す。

 言われていた尾道ラーメンのビニール袋を渡す。



 「違うっ! チョコは!?」


 「は? 確かに今日はまだギリギリ十四日だが、それはお前から私にくれるもんじゃないのか?」


 「海外は違う! だから国際的にあたしもチョコ食べたい!」


 「いやいやいや、なんか違うし、私がそんなチョコ買っていたら痛くて悲しい奴になってしまうではないか?」


 「あたしが買うのは負けた気がする!」


 「そこかよ、おいっ!」


 しかしもうあと数分で明日になる。


 「今からじゃ無理だな、あきらめろ」

 

 「ぐぬぬぬぬぅ! 明日でもいいからチョコちょうだい!」


 流石にもう疲れたのではいはい言いながら家に上がる。

 どうせ明日になっていれば忘れてるだろう。



 * * * * *



 「さあ、チョコ買ってきて!!」


 「朝からなんで元気なんだよ、今日土曜だぞ? いつも昼近くまで一緒に寝てるじゃないか?」


 「昨日チョコ買ってくるって言った!」



 私は頭を抱える。

 しかしだからと言って出かけるのは面倒だ。

 渋々起き上がり顔を洗い、歯を磨き台所に行きとりあえずレモン水を飲む。


 それからおもむろにお菓子棚を開けてみる。



 「ビターチョコ」



 板チョコが一つ丸々残っている。

 冷蔵庫を見てみる。

 


 「で、何時出かけるの!?」


 「いや待て、これはもしかして‥‥‥」



 恒例の休日は朝昼めしを一緒なので材料を見てピーンとくる。



 「なあ、普通にチョコ喰うより面白いモノ喰ってみないか?」


 「はえ? いいけどチョコなんでしょうね?」


 「ああ、チョコだ!」


 「ならいいけど‥‥‥」



 わたしはニヤリとしてエプロンをかける。



 さあ、餌付けの品を作ろう!



 

 本日はこれ!


 <モレ・ポブラーノ>

 

 聞いた事の無いような名前の品だがれっきとしたメキシコ料理。

 なんと鶏肉料理にチョコを使うという日本じゃ考えられない品だ。



 興味深くこっちを見ている みさき を尻目に材料を出す。


 鶏肉、ニンニク、玉ねぎ、にんじん、セロリとトマト缶が無いので代わりにセロリの入った野菜トマトジュース、コンソメ、カレー粉、醤油にウースターソース、そしてブラックチョコ。



 材料を並べ終わると みさき は途端に嫌な顔をする。


 「ねえ、これ食べモノになるの?」


 「まあ、いいからそこで見てるか冷蔵庫から牛乳出してチョココーンフレーク喰うかどっちかにしな」


 「うっ、心配だから見てる。」


 そう言ってカウンターの向こうに陣取る。

 私は笑いながら料理を始める。



 1)、ニンニク、玉ねぎ、にんじんをみじん切りにする。ただこの時にニンニクスライスも準備しておく。


 2)、適度な大きさに切った鶏むね肉の皮に切れ目を入れ、塩コショウを軽く振っておく。


 3)、鍋にセロリ入り野菜トマトジュースを入れ火をつける。沸騰し始めたらこれにコンソメを入れみじん切りにしたニンニク、玉ねぎ、にんじんを入れる。


 4)、隣でフライパンにオリーブ油を入れニンニクを先にいれ香りを出す。そして鶏むね肉を皮の面を先にフライパンに入れこんがりときつね色になるまで焼く。

  


 みさき はそのこんがり焼けた鶏肉を奪い取り食べようとするのをデコピンで撃退する。


 「いったぁ~いぃっ! マジでデコピンしたぁ!!」


 「大人しく待っていなさい!」



 5)、鍋の具が煮えたらカレー粉、そしてブラックチョコを入れ、弱火でコトコト煮込む。


 6)、すでに美味しい匂いから一気にチョコの匂いが部屋中に充満する。


 

 「ねえ、これ本当に大丈夫なの!?」


 「だから心配なら先にコーンフレーク食ってなよ」

  

 「ううっ‥‥‥」



 7)、ちょこっと味を確認してクミンという香辛料を追加。それからこんがり焼けた鶏肉をダ~イブ!! 「ああっ!」とか言っているみさきを無視して中火でコトコト煮込む。


 8)、大体三十分くらいに込んだら醤油とウースターソースを入れる。味を確認してブラックペッパー、塩、ウオッカを少々最後に入れてさらに煮込む。


 9)、人参とジャガイモをよく洗って水が付いたままラップで包んでレンジでチンする。


 10)、出来上がったモレ・ポブラーノをお皿に盛ってチンしたジャガイモ、ニンジンを添えて見た目重視の乾燥パセリをパラパラっとかけて完成!



 焼いたパンも添えてテーブルへ。



 「ね、ねえ、これって本当にチョコの香りしかしないのだけど‥‥‥」


 「大丈夫、食ってみればわかるって」


 飲み物のジャスミン茶もコップにくんで みさき に渡す。

 


 それでは手を合わせて~



 「いただきます!」


 「うっ、い、いただきます‥‥‥」



 私はさっそく煮込んだ鶏肉をスプーンですくって口に運ぶ。

 だいぶ煮込んだので既にスプーンで簡単に崩せる。


 とたんに広がるトマトの鶏肉煮込みみたいな味に複雑に絡んだスパイスが効いていて塩っ気がいい塩梅だ。

 しかし面白いのが鼻腔を突き抜ける香りはチョコレート。

 甘くないトマト味のスパイス鶏煮込み味になっている。



 「なにこれ!? お、美味しい!!」



 恐る恐るモレ・ポブラーノを口にした みさき の顔が輝く。

 一口、二口と続けざまに口に運ぶ。



 「信じられない! 美味しい、しかもチョコの香り!!」



 セロリの苦みもカレー粉の風味もクミンの香辛料も絶妙に絡んで日本では普通味わえない味になっている。

 少ししょっぱめにしたので添え付けのレンジでチンしたジャガイモや人参も食べてみる。


 素材の美味しさが素朴で、その味付けにモレ・ポブラーノのソースをつけて食べる。


 これも旨い。


 そしてパンも一緒に食べてみる。

 白米でも行けるかな?


 そんな事を思いながらジャスミン茶で口の中をリセット。

 みさき も同じくジャスミン茶を飲んでいる。



 「どうだい、チョコレート満喫できただろ?」


 「うう、確かにチョコだけどあたしが求めてた甘いものじゃない!」


 「残念でした、私はビターなのだよ」


 「ビター通り越してしょっぱいよ、確かに美味しいけど」



 そう文句を言いながら黙々と残りを食べる。

 私はその様子を見ながら自分の分を平らげる。



 「うーん、美味しかったけど甘いのが食べたい!」


 「しっかりチョコ食べたからもういいだろ?」


 「そうだけどそうじゃない! くっそうぅ、仕方ない」


 そう言って向こうへ行ってもぞもぞ何か出して来る。



 「はい、一応チョコだけど半分よこせ、あたしも食べる」



 思わず笑ってしまった。

 ちゃんとチョコレート準備してくれていたんだ。

 大人しく昨日の夜渡してくれればよかったのに。



 フーンだ!

 そう みさき の顔は言っている。



 私はさっそくその包みを開け、ハート形のチョコレートを割って みさき の口に入れる。

 耳をぴんと立てて振り切れんほど尻尾を振っている。


 そしていつもの笑顔。


 ま、こいつらしいな。



 

 そしていつもの笑顔でお粗末様でした!

 

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