第38話・複雑な思い
いつも以上に活気に溢れ、子供からお年寄りまで笑顔を絶やさない不思議な空間を作り出す町の夏祭りが始まった。
直で夏祭り会場へ向かおうとしたが、念の為算学の住むアパートへ向かった。部屋の鍵は閉まっていて、風は少し笑みを浮かべた。何故なら約束の場所にした夏祭り会場の近くにあるお地蔵さんの所に向かっていると思ったからだ。お地蔵さんは余り目立たない所にあり、知人に二人でいる所をバレないようそう約束の場所に指定した。
風は約束の場所であるお地蔵さんの前まで来たが、算学は来ていなかった。風は算学が先に夏祭り会場に行ったと思い、十五分程待った後、向かった。
夏祭り会場は昨年よりも盛り上がっており、途中で夏祭りデート中の平太と詩画薇を見掛けたが、風は無視して算学を探していた。思った以上に人が多く中々動けず、算学が今どういう格好しているのか分からずにいた。風は咄嗟にスマホに手をかけたが、算学はスマホどころかケータイを持っていない事を思い出し、まさに八方塞がりになっていた。
「何をお探しで? そこのお方」
風に呼び掛けたのは風の
「文さん! あれっ? 鉄平君は?」
「鉄平なら私の財布から万札抜いて屋台にまっしぐらよ」
「いやとんでもないパワーワードサラッと言ったけど……」
文の
「一人でどうしたの? 友達は?」
風と文はゆっくり夏祭り会場である芽生商店街を歩いていた。今日は特別でお店は殆ど閉めており、八百屋は安く売り出しており、フライドポテトや冷やしパインといった屋台を開いていた。
「そう、アレアレ、アレだよ」
「アレ言われても分かんないわよ、ナメてんのかコ~ラ」
「いや最後余計な部分あったよ、アレなんだよ、ア~レ」
「だから、アレ言われても分かんないわよ、おめェの母親の顔見てみたいもんだな」
「いやいや、私の母親は貴方の妹ですよ。思いっきり見てますよ、人探してるんだよ」
風はついポロッと口を滑らしてしまった。
「あらあら、友達探してるの? にしても、随分気合い入ってるわね」
文は風の格好を見て違和感を感じてるようだった。
「アレだよ、アレアレ」
「再放送してる程こちとら暇じゃねぇんだよ、アレアレ詐欺だよ、あれ? 何言ってんの? あたし?」
「おいおい、途中何言ってんのか分かんなくなってるよ、”数”君探してんの」
こんな賑やかな中、風だけ一瞬静まった感じを味わった。
「いやだぁ、彼氏いたの? 翔子何も言ってくれないんだからぁ」
「いや、お母さんには言ってないの、というか彼氏というかなんと言うか……」
「なるへそーまだ告白してないのねぇ。……まさか、祭り中に告白するのねぇ、燃える燃える燃える!!」
文が何故か興奮し出した。文は鉄平が産まれてしばらくして、離婚していた。
「私は”失敗”しちゃったけど、風ちゃんは”成功”してね!」
「……うん」
文とは別れ、また一人で算学を探していた。祭りも佳境に入って、花火を打ち上げるアナウンスが流れる時、遂に算学を見つけた。が、算学がいたのは約束の場所にしたお地蔵さんの前だった。もしかしてと思った風は戻ってきたのだった。算学が風に気づいて直ぐに、算学は軽く舌打ちをした。
「遅せぇよ。 何処うろついてたんだ」
「いやアンタがだよ ……ずっと探してたんだから」
二人の間に気まずい時間が流れた。この時お互い何時とは違う服装が気になって中々話しづらい状況になっていた。
算学は何故かアロハシャツに頭にはサングラス、男性用スカートを履いていた。
「おいふざけてるのか! 良い感じになるシーンだろ! 何ハワイアンしてるんだよ! ハワイはハワイでもかき氷だけにしとけ今は!」
そう言うと風は密かに買っていたブルーハワイのかき氷を、思わず算学の口いっぱいに突っ込ませた。
「算学君!? しっかりして!!」
算学はそのまま後ろにぶっ倒れて、気を失ってしまった。
算学の目の前には幼き風の姿がいた。怒っている風、笑っている風、泣いている風、そしてその風は遠くに行ってしまった。そして算学の目の前は真っ暗になってしまって、光が遠くより見えてきてその光が算学の意識を取り戻させた。そしてその勢いのまま、算学はある事を思い出し、風の髪をかきあげた。
「まだあるか。お前のトレードマーク」
算学が確認したのは風のおでこの右端にある小さな小さなホクロが三つと、そのホクロの間に線を描くと三角形が出来る事だった。
「別に疑ってる訳では無かったけど、あの頃の風と変わらないであろうトレードマーク見る事が出来て俺は嬉しい」
算学が一通り喋り終えて、風の顔色を伺うと、風は目を回していた。算学はダメ押しで風の鼻先に軽くデコピンをお見舞した。
「なぁにただ確認しただけだ。……花火打ち上がり始めたぞ」
風は鼻を撫でると芽生商店街の方の空を見上げた。花火はカラフルで大小様々で、犬や猫や花といった変わり種の花火も打ち上がった。そんな花火を二人は静かに見ていた。算学はこっそり風の方をチラッと見た。算学の顔はゆっくり風の顔に近づいていった。算学の唇は風の頬に吸い込まれるように向かっていく。が、算学の唇の動きは止まった。
「ねぇ、私が算学君を少しでも楽にしてるよね。心の支えになってるよね」
風は花火を見つめながら算学に話し掛けた。算学も花火を見つめた。
「あぁ。雀の涙くらいだな」
花火はもうすぐ打ち終わり、帰る人達も少々現れ出した。二人の夏の思い出はピリオドをもうすぐ向かい、複雑な思いを抱いていた。
「頑張れよ、二人とも」
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