第28話・翔子と小正と
「ではでは、話の続きをするかねぇ。そういえば、柚は途中で寝てたけど?」
「大まかだけど、説明済み。だから、話は続きからでいいよ」
風は予め柚に美奈子から聞いた両親の話を話していた。美奈子は首を縦に振ると、続きの話をし始めた。
あの出会った日以来、当時十七の翔子、当時三十の小正は度々会うことになった。小正の絵を翔子が学ぶ為に。それと小正は一人では生きていけない。一人では何処かで道を外してしまう。私が支えてあげないとと翔子は密かに思っていた。それは恋なのか。翔子は深くそんな事考えては無かった。小正がスランプに陥った時、翔子が小正の隣にいた。翔子が学校で嫌な事が会った時、小正が笑かそうとした。然し、ほぼ苦笑いで終わった。
「今日も苦笑い。明日も明後日も明明後日ても……あれ? 明明後日の次って?」
「知らないわよ。ほら、さっさと絵を描いて」
「さっさとは描けないよ。……ねぇ、前から思ってたんだけどさ、何でタメ口? 俺年上。こう見えて? どう見ても年上だけどさぁ」
「だって、中身子供だから」
静かな時間が流れると、小正は黙って再び絵を描き始めた。
風が吹き荒れ、肌寒くなる頃、小正に一つの人生のキーポイントとなる日が訪れた。小正の家にスーツを着た男が訪れたのだ。
「あのでふね。でふね。私、貴方のでふね、作品凄く興味を興味をふね、持ちまして、私と契約して欲しくってふね」
怪しさマックスのスーツを着た男だったが、小正は嬉しく、その時は疑う事が無かった。翔子もその事を知っていたが、
「良かったね。良かったじゃん」
だけで、特に気には止めなかった。そして暫くして。スーツを着た男との連絡が途絶えた。それだけではなく、小正の住んでいた家にあったはずの貯金も全て奪われた。最初からそうするつもりだったのだ。
「最初から分かっていた筈なのに……最初から……今度こそ終わりだ」
小正はふと翔子の顔を思い出そうとした。色んな翔子の顔が浮かび上がった。笑顔や怒り顔、泣き顔や驚き顔と。小正は縄で輪っかを作り、その輪っかをハンガーに括り付けた。椅子に立ち上がり、深呼吸をする。頭いっぱいに翔子の顔で埋まってしまっていた。振り払ってこの世に未練がない事を照明しようと思ったが、小正には無理だった。一人泣き崩れ、部屋に飾っていた翔子の絵を見つめていた。
「最近見ないねぇ。契約先決まって忙しいのかしら」
美奈子はお茶を啜り、隈江家に小正が最近来てない事を気になっていた。スーツを着た男が契約を持ち出した事は翔子より聞いていた。が、隣にいた翔子はやはり心配らしい。翔子は最近は美術部の活動が忙しいのと、文化祭の準備や翔子は高校二年生、つまり将来を考える大事な時期な為、小正に簡単に出会う機会が無くなっていた。
「やっぱり行ってくる!」
翔子はチグハグなサンダルで家を飛び出し、小正の住む家へ走り出した。翔子は嫌な予感がしていた。それには理由があった。ある日、スーツを着た男が笑みを浮かべ、茶色の袋を持っていったのを見かけたからだ。その時は特に気にしなかったが、今こうやって考えるとあの時、小正から話を聞いた時に止めれば良かったと。契約の話に待ったをかければ良かったと。
小正の家の扉が急に開いた。何かと小正が思って振り向くと、そこには翔子が立っていた。翔子は黙ったまま、小正の胸に飛び込んだ。小正の頭を翔子は撫でた。
「辛かったね。大丈夫。大丈夫だから。私がいるから。私が貴方の描く絵が大好きだから」
小正は翔子を振り離し、立ち上がり
「翔子が俺の絵を好きなのは充分分かってんだよ。でもそれだけじゃダメなんだよ。俺は騙され、お金も無くなった。今度こそ俺はおわ……」
小正が喋ってる中、小正の口に違和感を感じた。小正の口には翔子の口が触れていた。
「あっ! ごめんなさい……絵だけじゃなくて、貴方の事が……分かるでしょ!!」
翔子は恥ずかしくなり、急いで黙って帰ってしまった。
「あいつの為に絵を描きゃいい。もう少し頑張ってみっか。……扉閉めろよ」
翔子の高校の文化祭も終えて一旦落ち着いた頃、小正は町で小規模な個展を開く事になり、翔子の
「ありがとうございます。条さん」
「礼には及ばんよ。……で、翔子の事好きなんだろ」
条の唐突の質問に小正は面を食らった。
「隠さんでもいい。翔子はまだ未成年だ。二十歳になったらあんたの好きにすりゃいいさ」
小正はその言葉で、あの事を思い出し、その場を立ち上がった。条は少し驚くと目線を上にやった。すると小正が頭を下げた。
「すいません……実は翔子さんとキスをしてしまいました……」
条も流石に状況を直ぐに飲み込めず、
「ごめん。聞き間違いだと思うけど、お魚の?」
「魚にキスありますけど、そうじゃなくて、口の方です」
「口の方? 魚の方だよね?」
「口の方です。だから、すいません!!」
もう一度小正は頭を下げた。
「お父さんに言っちゃったの!?」
小正は翔子に話した。小正は今度は翔子に頭を下げた。
「頭上げてよ……で、父さんはなんて?」
「笑われた」
「笑われた? どういう事?」
小正によると、条は笑うと立ち上がり、小正の肩を叩き、
「そうかそうか。もうちょっと出会うの遅ければなぁ」
そう言うとその場を離れたらしい。
「怒ってるのを誤魔化したのかな? 分かんないなぁ」
翔子は頭を搔き、小正に一枚の大きめの紙を手渡した。その紙には小正への沢山の人の応援メッセージや絵の仕事の依頼もあった。小正は裏に何か書かれた事に気づき、裏をめくろうとすると、翔子が一旦小正の手を止めた。
「本当に良いの? 裏見て?」
翔子は真剣な眼差しで小正を見てきた為、小正も嬉しさを一旦抑えて黙って首を縦に振り、紙の裏をめくった。
「子供出来た……俺と翔子の?」
そこには翔子の字で子どもを授かった事と、笑顔の翔子と小正、赤ちゃんの顔が描かれていた。
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