第15話・普通の関係

「キャンプ行こうぜ!!」

豊海瑠璃とようみるりはキメ顔で、そう言った。

「キャンプ?」

東城風とうじょうふうは聞き返す。

「キャンプ知らないのか?」

「そう言う事じゃない! なんでいきなりキャンプ行く事になるの?」

瑠璃は再びキメ顔で言った。

「来年3年で、夏を楽しめないだろうし、それに……」

瑠璃は風に近づくと、静かな声で耳打ちした。

「今年初めて俺と夏を楽しめるだろうし……」

その言葉を聞いて、風は顔を赤くし、倒れた。

「東城さん!?」

瑠璃と一緒にいた西尾染杏にしおそあんは驚いて、風を起こそうとした。

「大丈夫だよ、染杏ちゃん。コイツ、アホだから」

「アホだから?」




「あぁぁぁ……」

風は体に力を抜き、天井を見上げていた。

「久しぶりに顔を見たら、前以上に酷い顔だな」

風の目の前には、算学数さんがくすうがいた。今は校舎B棟三階、一番右奥の部屋にて部活”数学部”の活動中であり、相変わらずの冷めた口調の算学だった。

「今日の課題は山ほどある。さっさと部活に取り組め」

「ねぇ、一個聞いていい?」

風は我に返ると、算学に質問する。

「取り組んだ後だ」

算学は、問題にシャーペンを走らせながら答えた。

「なんで駄菓子屋にいたり、瑠璃の跡付けてたの?」

風がそう質問すると、算学の動きが止まった。


「なんの話だ?」

「えっ?」

「えっ?ではない。誰だそれは?」

「いや、あんただから」

算学はシラを切った。

「あんたではない。算学数だ」

算学が問題から風の方へ顔を向き直すと、既に風は今日の課題を取り組んでいた。

「訳が分からんやつだ」


「昼飯!!」

風は両手を挙げ、叫んだ。

「もうこんな時間か」

算学はそう言うと、床に置いていたカバンを開け、弁当箱を取り出そうとした時、弁当箱に引っ付いていた駄菓子が床に転がった。

「あっ。あああ!!」

風はその駄菓子に見覚えがあった。芽生商店街の駄菓子屋にしか売られていないジャジャン煎餅だ。

「ジャジャーン煎餅! やっぱり、いたんじゃん! あの時!」

算学は、冷や汗をかいてしばらく話せなかったが、気持ちを切り替え、話した。

「あの時に買った訳では無い。それに、ジャジャン煎餅だ」

「ほらやっぱり。ジャジャ煎餅買ってるからそう言う事だと思った」

「人の話を聞け。それにジャジャン煎餅だ」

「なんで隠すの? 別にいいじゃん」

「お前の為に買ってやろと思ったんだ!!」


「えっ? 私の為に?」

算学は、何故か口を開けっ放しで固まっている。

「もしもしー。聞こえますか?」

「何でもない!! 忘れろ!!」

我に返った算学はキレ出した。

「はい?」

「はい? じゃねぇ!! 食ってやる!!」

すると算学はジャジャン煎餅の袋を開け、一気に食べた。

「私の為に買ってきたんじゃないの?」

算学は一気に食べたせいか、喉に詰まらせ、急いで廊下の水道に走っていった。

「何なの?」

そう言うと風は立ち上がり、こっそり算学のカバンの中身を見た。

「めっちゃある」

算学のカバンの中身には沢山の駄菓子が入っていた。


「今日はこれでおしまいだ」

「早いね。どうしたの?」

算学が数学部の終了を告げたのは午後三時だった。

「課題はまだ終わってないよ」

「いや、今日はこれでいい。それにちゃんと話しときたいから」

算学は立ち上がり、外を見る。


「豊海とはどうなんだ?」

「えっ?」

「出た。お前の口癖。えっ?」

「バカにしてる? 急に質問するし」

算学はこれ以上言い返す事なく、話を続けた。

「アイツは幼馴染なんだよな」

「そうだけど」

「だが、仲のいい幼馴染では無かった」

「確かに……私が嫌いだったから」

「……嫌いか。なぁ、今はどうなんだ?」

「どうって聞かれても……」

風は言葉にする事が出来なかった。

「……そうか。なぁ、俺は?」


「えっ?」

「いい加減にしろ」

算学は今度は弄らず、冷静にツッコんだ。

「別に、普通だよ……」

「普通……」

「普通?」

「普通?」

二人の頭にはてなマークが浮かび上がった。

「嘘つけ!!」

二人は互いに同時に言っていた。


「普通ってなんだよ! 普通じゃないだろ!」

算学は外を見るのを止めて、風に顔を向き直した。

「俺とお前の関係は普通じゃない。だから……」

算学は言えなかった。言いたい言葉を。

「またな」

算学は教室を出ようとする。

「待ってよ。また後味悪いじゃない」

風の言葉により、算学は立ち止まった。


「ねぇ、キャンプ行かない?」

風はしまったと思った。しかし、もう遅かった。

「キャンプ? なんで?」

「……友達からキャンプの誘いがあって」

「豊海か?」

風がすぐに答えられずにいると、算学はため息をつき、教室を出ようとする。

「そうだよ。だから、瑠璃は友達。それに、二人だけじゃない」

「……」

「ねぇ、算学君」

初めて風は算学の名前を使った。

それに反応して、算数は風の方へ振り向いた。

「少なくとも算数君の事、私の数少ない”友達”だと思ってるから」

算学はその言葉に思わず、何時もは目が細いが、目を大きくした。

「……そうか。考えておく……東城……」

そう言うと、算学は教室を後にした。




「勿論いいぜ」

瑠璃の思わぬ返答に風は戸惑った。風と瑠璃は三毛弥生みけやよいの家に居る。

「いいの?」

「当たり前だろう! 人が多い程盛り上がるだろ!」

算学がキャンプに参加する事を瑠璃はあっさり了解した。

「日程だけど、ちゃんと言ってあるか?」

「……いちよ。八月九日で良いんだよね?」

「完璧だ! 楽しみだな!」

風は思っていた。瑠璃はどんな人でも仲良くなれる。楽しくさせる。暖かい人だと。

「お姉ちゃん!」


急に風は呼ばれ、体をビクッとした。声の主は風の妹の東城柚とうじょうゆずだった。

「ビックリしたなぁ。どうしたの? 柚?」

「柚ちゃんもキャンプに行きたいって」

柚の後ろには弥生がいて、二人で手芸をしていたところだった。

「勿論いいぜ。柚ちゃん」

「やりましたぞぉ!」

「喜びかたの癖が凄いー!」

柚の喜びかたと瑠璃のツッコミに、風と弥生は笑った。そして風がチラッと見た仏壇の弥生の母も笑ってるように見えた。




「どうしましょう。……さん」

小倉真衣おぐらまいは一人の人物に会っていた。

「これ以上、東城さんと豊海さんを近づかせてはいけません」

「……分かりました」

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