第14話・西尾染杏(にしおそあん)

東城風とうじょうふうは、友達の三毛弥生みけやよいの家に泊まる事になった。夜九時を過ぎようとしていた。

「ねぇ、弥生のお母さんに挨拶していい?」

「勿論。きっと喜んでくれると思うから」

弥生の母は既に亡くなっており、弥生の家の一つの部屋には弥生の母の仏壇が置かれていた。一方の弥生の父とは、弥生が物心を付く前に離婚しており、今は何処に住んでいるか、生きているのか弥生は知らなかった。時々、弥生の祖母が来るようだが、弥生は実質一人暮らしだった。

「東城風です。久しぶりですね。いつも弥生にお世話になっております」


風は一通り、弥生の母の挨拶を終え、弥生の部屋にて時を過ごす事にした。

「大丈夫かな? 瑠璃と染杏ちゃん」

「瑠璃の事だから大丈夫でしょ」

弥生はそう言って、風にジュースが入ったコップを手渡す。

「ありがとう。それにしても許せない! あの……名前なんて言ったけ?」

小倉真依おぐらまい

「そう! それ! 何とか始末出来ないかな?」

「始末って……やり過ぎでしょ」

二人は夜遅くまで西尾染杏にしおそあんを探していたため、疲れていてすぐ寝る事にした。




次の日、風は弥生の家で目を覚ました。すると風のスマホに豊海瑠璃とようみるりからメールアプリのroin《ロイン》の着信が着ていた。

「ん? 染杏ちゃんの件、今日詳しく聞く事になった?」

風がスマホをチェックしていると、弥生が目を覚ました。

「おはよう……もう起きたの? まだ七時でしょ?」

「ごめん。起こした? 染杏ちゃんの件、今日になったらしい」

「昨日は遅かったからね。で、今日は私達はどうする?」

「……瑠璃に任せてみようかな」

「そうだね」




瑠璃は昨夜、染杏と約束した時間に合わせて染杏の家に瑠璃は向かっていた。

「知ってしまったようですね? 残念」

瑠璃の目の前には真依がいた。

「お前が染杏ちゃんを弄んでいたんだな?」

すると、真依は笑みを浮かべる。

「ねぇ、私と付き合いません?」

「は? 付き合う訳ないだろ!」

瑠璃は怒りを真依にぶつける。

「怖い~。だったら、染杏の件、見逃してくれません?」

「どういう事だ?」

「簡単な事です。邪魔しないで下さい」

真依は満面の笑みで答え、去っていった。




染杏は悩んでいた。何故、”友達”と呼ばれる人が今までいないのか。真依は刹那高校に入ってすぐ、染杏に声を掛けてきた。

「ねぇ、染杏?昼飯買ってきて欲しいんだけど、”友達”として」

そう頼まれた事もあった。

「”友達”として」

真依はその言葉を何度も染杏に言った。

「これが”友達”なのかな?」

染杏には分からなかった。そんな中、一人の男子生徒が現れた。

「かっこいい……」

それは豊海瑠璃だった。一目惚れだった。今まで感じた事が無い感情だった。

「これが”好き”って言う感情?」

これもまた染杏は分からなかった。瑠璃には一人の女子生徒がいた。

「東城さん……」

そんな中、真依が言う。

「私と一緒に行こう。そして二人は付き合っているのか聞こう」

「でも……」

「大丈夫。”友達”の私がいるから」




「染杏ちゃん? 来たよ!」

瑠璃は染杏の家に来ていた。それに気づいた染杏は、急いで玄関のドアを開けた。

「お待ちしておりました!」

「おはよう。中、入っていい?」


染杏は瑠璃にお茶を出した。

「ありがとう。良かった。反応してくれなかったらどうしようかと、思ったよ」

「大丈夫です。豊海さんの約束は絶対守りますから」

染杏は顔を赤くした。

「座りなよ。染杏ちゃん」

「えっ? いいんですか?」

「染杏ちゃんの家だよ?」

「そうですね……失礼します……」

染杏はさらに顔を赤くし、その場に座った。

「早速本題いきたいんだけど、大丈夫?」

「はい」

二人の間には張り詰めた空気が流れた。


「小倉とはもう関わるな」

「えっ? 小倉さん?」

染杏は体が震え出した。

「いきなりだよね。ごめん。アイツは染杏ちゃんを利用している」

「……。」

染杏は無言のまま、体が震えている。

「アイツは”友達”なんかじゃない」

「豊海さんは何を知っているんですか?」

「その……アイツは染杏ちゃんを”友達”と偽って、何やらよからぬ事を考えている」

「小倉さんは……小倉さんは……」


染杏は薄々、気づいていた。真依は”友達”と呼ばれる者では無いと。でも認めたくは無かった。何故なら、私に頼んでくれる。そして、正真正銘、”ぼっち”になりたく無かったからだ。


「大丈夫だ。昨日も言ったけど、俺が”友達”になるから」

瑠璃は軽く染杏の頭を撫で、染杏は泣いていた。

「豊海さんは、”友達”じゃなくて”別の関係”になりたい!」

その言葉を受け、瑠璃は少し考えて、振り絞って言葉にした。

「本当の理由を話すよ。”恋人”になれない理由を」


その後、瑠璃から理由を染杏は聞いた。

「……そんな!!」

「いいんだ。だから、”友達”な」

「東城さんは知っているんですか?」

「……知らない。弥生も。染杏ちゃんだけだ」

「……そうですか」


「暗くなっちゃったな。切り替えようぜ」

瑠璃も知らない内に、泣いていた事に気づいた。瑠璃は立ち上がり、上を向いて、涙を堪えた。

「明るい話をしよう。それに、俺の事は下の名前で呼んでもいいぜ」

「豊海さん……」

「ダメだ! 瑠璃さんって言ってみ!」

瑠璃は染杏の左頬をツンツンし始めた。

「止めて下さい~。分かりました~。瑠璃さん~」

「これから宜しくね。染杏」




時は少し戻って、算学数さんがくすうは瑠璃の跡をつけていた。

「ここは? 誰の家だ?」

瑠璃は一つの家の前に来ていた。

「西尾? 誰か来たか」

表札は西尾で、一人の女の子が出てきた。

「入った……一体どんな関係が?」

そんな算学の跡を風はつけていた。

「何やってるの? アイツ? 染杏ちゃんと瑠璃を観察して」




「今日はありがとう」

「いえいえ全然。こちらこそ。では」

「そうだ!」

瑠璃は染杏の家の玄関の入口にて、大きな声を出す。

「うるせぇな」

算学は未だ、隠れて二人の様子を見ていた。

「なんか自分が恥ずかしくなってきたな」

風も未だ、隠れて三人の様子を見ていた。が、その場を離れようとしたが、道端に落ちていた空き缶を蹴ってしまった。


「あっ。やっちゃった……」

空き缶を蹴った音が大きく、算学、瑠璃、染杏に気づかれてしまった。

「コソコソ何見てんだよ!」

「東城さん!? 跡付けてたんですか!?」

瑠璃と染杏は、風には気づいたが、算学に気付いてないらしい。

「(風!? お前までいたのかよ! じゃあお先に……)」

算学は、静かに急いでその場を離れた。

「ちょっ……まぁ、いいか。それにしても、なんだか上手くいったみたいで良かった」

瑠璃と染杏は自然な笑顔で、風を呼んでいた。

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