第10話・2人っきり

東城風とうじょうふうは、校舎B棟の三階、一番右奥の部屋を目指して歩いていた。この日は、夏休み前日とあって、午前で授業が終わり、さっさと帰る生徒が多かったため、余り他の生徒と会う事無く、目的地に着いた。


「入ります」

その部屋は余り使われて無かったらしく、少々、ドアを開けるのに苦労した。

「こんな所、呼び出して何なのよ」

先に部屋に入っていた算学数さんがくすうは、ため息をついて、口を開いた。

「人目がつかない所を選んだだけだ。それに、今日からお前は”数学部”の一員だ」

「だから、その”数学部”って何なのよ?」

また、算学は、ため息をついた。

「この前も言ったはずだ。数学の素晴らしさを伝える部活だ」


算学による数学の素晴らしさを教える謎の部活は、風の分からない数学の問題を教えるのではなく、

「数学は生活を支える柱の様なものだ。いや、パートナーか?」

その言葉に風は思わず、ドキッとした。それは、算学のパートナーが風であると一瞬思ってしまったからだ。

「コイツ、わざとパートナーって……」

「なんか言ったか? テストの数学の問題を解説して欲しいのか?」

「言ってない!けど、教えてくれるなら、教えて欲しい」

算学はペットボトルの炭酸飲料を一口飲んだ。

「ならば、数学の歴史を知ってからだ」


結局、この日は十七時まで数学部の部活動をした。

「そろそろ、終えるか。腹減った」

算学がそう言ったが、風は疲れて、既に眠りの中だった。

「やっぱり、風と二人っきりでこうして、話したり、数学を教えるのって楽しいな」

算学の唇は風の唇に近づく。

「寝ているなら、いいよな」

が、突然、風は起きた。


「痛っ!! 何?」

「何? じゃない。何、突然起きる?」

「えっ? 私、寝てたの?」

「あっ……あぁ、寝てた。……馬鹿者!」

「馬鹿者? す……すいません?」

算学は立ち上がり、荷物を片付ける。

「帰るの?」

「外見たら、どうなんだ」

風は閉め切っていたカーテンを開ける。

「綺麗な夕日だ」

「そうじゃないだろ。もお、十七時だ」

「そうなんだ。こんなに長く二人っきりでいたの始めてだね」

「始めてじゃないだろ」

「えっ?」

風はその事が、小さい頃共に算学と一緒にいた事だと気づいた。

「早く帰るぞ」

「二人で?」

「まずいか? この時間帯、誰とも合わんだろ?」

二人は教室を出て、下校する事にした。


そう思えば、算学と風が二人っきりで下校する事が始めてだと風は気づく。

「二人っきりは恥ずかしな」

「数学部も二人っきりじゃないか」

「そうだね……」

上手く話が進まない。が、算学が口を開く。

「一つだけ、質問を許す。遅くまで付き合わせたからな」

どうやら、今日の事は算学は悪いと思っているらしい。

「だったら……なんで、私の告白を断ったの?」

すると、算学の足の歩みが止まる。

「どうした?」

「それは、あれだ」

「あれってどれ?」

「その……いきなり、旦那になれる訳ないだろ!」

算学は恥ずかしながらそう言った。


「は?」

「は?」

「いや、は?」

「話が進まんだろ!」

「何が不味いの? ちゃんと告白してんじゃん!」

「いきなり、旦那になるんじゃなくて、”付き合って下さい。”だろ!」

算学は恥ずかしそうで、この場を逃げ出しそうだ。

それを聞いた風も顔を赤くする。

「ソウダネ。ウン、ソウダヨネ、フツウワ」

「おい!」

「ヤラカシマシタワ、ワタシ。ゴメンナサイ」

「カタコト止めろ!」

すると急に、風は倒れた。

「おい、風! 風!!」


風は目覚めた。周りを見渡すと、公園の遊具でいっぱい。風はベンチで寝ていた。

「やっと起きたか。馬鹿者」

「えっ? 何があったの私?」

「急にお前が倒れたんだよ」

「ごめん。普通じゃないんだ。私」

「知ってる。ほら、飲め」

算学より、缶の炭酸飲料を渡される。

「ありがとう。その……迷惑だよね」

「何が? お前の個性だろ」

「個性?」

「それがお前の個性だ。しょうがない」

「そう……でも、変わりたいんだ。普通の女の子に」

風は缶の炭酸飲料を開け、一口飲む。

「変わるか……」

「どうしたの?」

算学は悲しい目をする。

「実はさ……」

「ん?」

「やっぱりいいや。もお、遅いし。また、今度な」

が、ベンチから立とうとする算学を風は止める。

「相談出来る事なら相談のるよ?」

「いや、いい。迷惑かけるから。それと、お前と俺は」

公園を後にした。

「やっぱり、このままでいいんだ。お前を幸せに出来ない。”犯罪者の息子”にはな。”最低な俺”にはな」


夏休み初日を迎えた。この日は記録的猛暑日となった。

「別にやる事ないな。部活無いし」

今日の数学部は休み。今度は1週間後だ。

「お姉ちゃん! 遊ぼう!」

妹の東城柚とうじょうゆずが風の部屋に来る。

「何して遊ぶ?」

「花札!」

「小3の遊びかよ!」


風と柚はクーラーの効いた風の部屋で花札を遊ぶ。遊びながら、昨日の算学の事を考えた。

「何か悩みあったのかな?」

「お姉ちゃん! 次!」

「ごめん。カスばっかりだなぁ……。」

「この勝負は柚が貰った!」


結局、この日はモヤモヤしつつも、柚との花札をやり、テレビや動画を見て、友達の三毛弥生みけやよいとの電話での会話で終えた。無論、算学の事は弥生に相談する事は出来なかった。

「大丈夫かな」

風は算学と会えない状態が、寂しいと思い始めていた。それに加えて、算学の悩みに関しても、心配していた。と、風のスマホに一通のメールが届いた。

「なんだろう?」

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