第9話・揺らぐ心

東城風とうじょうふうは徐々に、算学数さんがくすうに対して、気持ちが動いている事に最近気づいた。自分だけが本当の算学を見ている。知っている。そんな気がして、家族との会話でも影響が出始めた。


「お姉ちゃん!!」

「えっ?」

妹の東城柚とうじょうゆずによって、自分が家族の話を聞かず、話についていけない事に気づいた。勿論、算学の事である。

「最近、多いぞ。話を聞いて無い事」

「今日の夕食は全部パパが作ったんだって!」

よく見ると、いつもとは違う野菜の切り方をしているのに気づいた。

「本当だ」

「それ以外の感想は無いのかよ。お父さんは悲しいよ」

風の父が、そう言うと、急に泣き出した。

「なんで泣くの。子供ね。あなた……」

風の母が父に対して呆れていると、風に向かって顔を向いた。

「風。なんか悩みでもあんの?みんな心配してるんだからね」

「大丈夫だよ。最近、学校が忙しくて、疲れて眠いだけだよ」

母に言う事が出来なかった。それは、算学との約束にある。


「俺たちの関係は周りにバラすな!」

それが算学との約束だった。あれこれあった夕食も終え、自分の部屋にベットインしていた。

「この気持ちが恋なのかな?」

自分が思っていた恋の始まりとは違うため、困惑していた。

「数学部……」

数学部とは、算学が提案した謎の部活だ。といっても、今は算学だけの部活だった。

「部活やった事無いし……2人だけ……」

風は今まで部活をやった事が無く、帰宅部を貫いていた。

「明日考えるか……」

明日に考えを引っ張る事が、風の悪い癖だったが、そのまま寝てしまった。


今日は一学期最後の日、夏休み前日だった。修了式やテスト返却もあるこんな日に限って、風は目覚まし時計をかけるのを忘れてしまっていた。

「なんも今日の準備してなかったし、よく一度も起きなかったな」

いつもは夜11時に寝ていたが、夜九時前には寝てしまっていた。

「きゃあぁぁぁー」

走って学校へ向かっていると小石につまづき、派手に転んでしまった。案の定、膝を擦りむいてしまった。

「とことんついてないな」

そう呟くと、優しい声がかけられた。


「大丈夫ですか? 東城さん?」

声の主は1学年下の西尾染杏にしおそあんだった。

「大丈夫。でも、あれ? 染杏ちゃんも遅刻?」

「はい。奇遇ですね」

風と染杏の間にしばらく静かな時間が流れる。それは、風の幼馴染の豊海瑠璃とようみるりの一件にある。

「その……瑠璃の事なんだけど」

話は風から切り出した。

「染杏ちゃんから言われて、色々、瑠璃の事を知ることが出来たよ」


「豊海さんは東城さんの事いっぱい知ってるんじゃないですか」

そう、染杏に言われた事があった。



「それって……つまり……豊海さんが好きっていう……」

「大丈夫だよ。私はね。染杏ちゃんに協力してあげる」

染杏は鳩が豆鉄砲食らった様な顔をしている。

「いいんですか! 諦めても!」

「だから……あいつとは……瑠璃とはそういう関係じゃないって……」

が、心のどこかに違和感を感じた。

「じゃあ、今後は協力者として、お願いします!」

そう言うと、頭を下げて、染杏が走って学校へ向かっていった。


「瑠璃は……瑠璃は……」

風はゆっくり、学校へ向かう。

「瑠璃も好き? 算学も好き?」

学校のチャイムが鳴るのに気づくが、風はゆっくり、学校へ向かう。

「どうすればいいの……」

「そんな暗い顔、風らしくないな」

風の目の前には瑠璃が立っていた。


「もう、チャイム鳴り終わったぞ」

「瑠璃こそ、こんな所にいていいの? 遅刻だよ?」

風は、下を向きながら、ぼそっと答えた。

「実は俺、昨夜、目覚まし時計かけ忘れていてな」

「私をほっといて、先に行って!」

つい、風はかっとなってしまう。

「じゃあ、そうするわ」

瑠璃の返答に、風は驚いた。

「おっ! いつもの風に戻ったな。先に行ってるからな」

瑠璃はそう言うと、本当に先に、行ってしまった。

「馬鹿。余計、困るじゃん」

風は自然に笑顔になっていた。


あの後、担任の鳴子遠なることおいによって、瑠璃、風は揃って怒られた。クラスは笑ってる者、コソコソ話してる者に別れた形だった。一部を除いて。


「風、何やってたの?」

「ごめんね。弥生。昨夜、目覚ましをかけ忘れてて」

三毛弥生みけやよいは半ば、呆れていた。

「お詫びに、将棋の相手になるから」

「出来ないでしょ。瑠璃に任せるから。だったら……」

「だったら?」

「やっぱりいいや」

「気になるじゃん!」

算学の方をチラッと見ると、珍しく、本を読んでいた。


テスト返却の時間がきた。

「五十五点……」

風の現代文のテストが返された。続いて、

「四十七点……」

英語のテストが返された。その後も、テスト返却が続く。そして最後は、

「三十二点……」

数学のテストだ。風は顔を机に伏せてた。全てのテストが平均以下は勿論、今までにないテスト結果だった。すると、弥生に話しかけられた。

「どうしたの、風? 全然テスト勉強してなかったの?」

「前ほどは……」

再び、算学の方をチラッと見ると、笑ってる様に見えた。

「馬鹿ですいませんでした」

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