第45夜  牛王と闇女

ーー『……葉霧……』



「楓………」


 机に向かっていた葉霧は……呼ばれた気がした。教科書やノートが広げてある。

テスト勉強中だ。


 ハッとしたのだ。


(………ついて行く……べきだった……。楓の事だから……大丈夫だと思ってた……。)



 胸騒ぎや嫌な予感は……人に与える不思議な感覚だ。

 

 葉霧は……立ち上がっていた。


「すみませーん!」

「夜分遅くすみませーん」


 部屋の向こうから声がした。


(……商店街の人達の声だ……)


 葉霧は聞き覚えのある声だと気づいた。



 玄関に出ていくと対応していたのは優梨だった。その前には男性達がいた。


「すみません。楓ちゃんがいなくなっちゃって」

「探したんですけど」


 男性達の声に


「え? だって……一緒にいたんですよね?」


 優梨の優しい顔も一気に青褪めていた。

 葉霧は優梨の隣でしゃがむ。

 スニーカーに手を掛けた。


「走って行っちゃったんで追いかけたんですよ」

「“公民館”の所にもいなかったし……近くも探したんですが」


 困惑している男性達の様子。

 葉霧はスニーカーを履き玄関を出た。


「あ。葉霧くん!」


 優梨が慌てて呼んだ時には……葉霧は既に外に走りだしていた。



「葉霧様!!」


 ぴょんぴょん!と、寺の門の前で跳び跳ねている物影。門にはライトはついているが……小さい影なので門柱の陰に隠れて当たらない。


浮雲番フンバ? お前……最近、姿を見せないと思っていたら……何処にいたんだ?」


 浮雲番は……モグラのあやかしだ。

姿はモグラだがその体長は、40〜50センチのぬいぐるみサイズ。


 獣人よりで、二足歩行。

腕もしっかりとあり、物を掴む事も出来る。ただ、足は短い。


 暗闇で、まるっとした紫色の眼が光る。


 お腹まんまる。で、首もなくお尻もまんまる。魚の文字の入った蒼い半纏をだぼっと着てる。額には捻じり鉢巻。


 しかも……右手には提灯。

 御用……と書いたミニチュア提灯。


「お前……ふざけてるか?」

「へ……? なんスか??」


 葉霧のツッコミにも動じない。

 とても……メンタル強い蒼月寺の新居候。


 ここ……数日。行方を晦ましていた。


「ちょっと情報収集です」


 フンバは……へらへらと笑いながら頭を長い爪で掻く。前足、後ろ足には長い爪が5本ずつ。


 その爪一本でちょいちょい。と、頭を掻いた。


「それは後で聞く。急いでるんだ」


 葉霧は身体を起こすと門を出ていく。


 その前で、ひょこひょこ……と、殆ど小走り。フンバはついていく。


「わかってますよ。楓殿ですよね?」


 ぴたっ。


 葉霧の足が止まる。

 フンバに鋭い視線を向けた。


「どうゆう事だ?」

「あー。キレんといて~~。」

「話せ」


 フンバのふるふると首を振るそのちょっとお茶目な態度すらも、今の葉霧にはさらっと流せない。


「闇女と牛王です。」

「は?」


 いきなり言われたので葉霧は目が点になった。


「あやかしにもいるんすよ。“好戦的”なのが。今までは“敵”がいなかったら、大人しくしてやしたが……」


 フンバは提灯で、葉霧の足元をやんわりと照らしつつ先導する。


 豆電球の様なものだが、それでも葉霧の足元は、明るく照らされる。


 ひょこひょこと小走りで。

時折……カエルの様に跳び跳ねながら。


「敵?」


 葉霧はそれをついて行きながら聴いた。

 目を丸くした。


「お二人のことっス。」


 フンバは葉霧を見る事なくそう言った。


「……覚醒したからか」

「ええ。退魔師にはそれなりに恨み持ってますからね」


 フンバの声は何処か低かった。


(なるほど。対極に歯向かうのは……自然なことか)


 葉霧はため息つく。


「それで? そのあやかしは?」

「闇に引き込み楓殿と闘ってます」


 フンバは路地を曲がる。

 住宅地の中を歩いてきたのだ。


「闇?」

「はい。奴等は自分の棲む空間を作れるんです。そこを穴倉に……夜な夜な這い出てその穴倉に人間を引き込むんです。所謂……です。」


 路地を曲がると提灯を掲げた。

 目の前は塀だ。


 行き止まりだ。

 周りは一軒家ばかりが並ぶ。

 塀に囲まれた路地だ。


 その塀に提灯を掲げ照らしたのだ。ボワッと……オレンジと白い光が塀を照らす。


「何だ?」

「見つけたんス。奴らの入口です。幾つもあるんですよ」


 フンバがそう言うと塀の真ん中辺りに黒い影が円を描いて動いていた。

ぐるぐると穴の様に。


「もぐらの巣穴みたいだな」

「その表現はちょっと~~~」


 フンバは顔を顰めた。


「ここから行くっす! ついてきてくだせぇ!」


 フンバはそう言うとその黒い穴にぴょん!と、飛び込んだのだ。


 塀の中の黒い穴の中に入ってしまった。


 葉霧は躊躇うことなくその穴の中に足を入れた。跨ぎそのまま中に入り込む。


 穴は葉霧が入ると消えた。

 ただの塀になったのだ。


 ーー(真っ暗だな……)


 フンバの持つ提灯の灯りが無ければ漆黒の闇だ。葉霧は熱くも寒くも無いその暗闇を歩く。


 地面は地に足がついていた。


「もうちょいっす!」


 フンバはそう叫んでいた。





 ーー振り下ろされた棍棒。

 楓は刀で受け止めていた。


 ギリギリ……


 と、腕が震えるほどだった。刃は額に今にも斬りつけそうなほど……近い。


 ドゴッ……


 地面につく足。

 その足元がへこむ。


 棍棒の重さで。


 動けない。

 抑えているだけで精一杯だった。


(クソ……押し上げられねぇ! 引いたらオレごと潰される!)


 刀を引いて逃げる事は出来なそうだった。

 棍棒を上に押し上げる力すら今は出せない。


 防ぐのが精一杯。


「死になさい!」


 楓の右肩だ。

 闇女が横笛で殴りつけてきた。


「くっ………!」


 殴られた事で痺れて刀を持つ手が震える。


 ピッ……


 刃が額に掛かった。

 額に血が滲む。


「そのまま自分の刀で頭真っ二つよ!」


 闇女が更に楓の右肩を殴りつけようと笛を

 ふりあげた時だ。



 カッ!!


 その波動は闇女の背中に直撃したのだ。


 葉霧がいた。

暗闇のトンネルを潜り出て来たところだ。

その足元には、フンバもいる。



「ぐあっ!!」


 闇女はふりあげた横笛を落としつつ地面に

 倒れ込む。


 背中から焼け焦げた様な煙が沸く。


「闇女!」


 牛王が一瞬怯んだ。


 楓はそれを見逃さなかった。


 刀を上に押し上げたのだ。


「!」


 地面を蹴り押し戻し驚く牛王のその顔を蹴りつけた。踏み台の様に。


 バキッ……と。


 牛王から離れたのだ。


「この鬼娘が!」


 牛王は引き戻された棍棒を握り空を舞う楓に棍棒を、薙ぎ払う様に振り回す。


 楓はくるっと空で回転。

宙返り。棍棒を避けると……足元に浮く棍棒をだんっと踏みつけた。


 そのままひらりと地面に着地した。


 牛王の棍棒は楓の頭を殴りつけようと

 振り下ろされる。


「楓!」


 葉霧の声が響く。


(……葉霧……)


 カッ!!


 葉霧の右手から白い光の波動が放たれた。楓の眼が鋭くなったのは同時だった。


 棍棒を振り下ろそうとした牛王は背中にその波動を受け、振り下ろせなかった。


 楓は地面を蹴り上げ跳び上がる。


 牛王の頭を斬りつけた。


 血飛沫が上がる。


「ぐあっ……」


 よろめく牛王。

 それでも……棍棒をぶんっ! と、空で振る。


 額から血を流す牛王と楓の攻防戦。


 人間達はその後方で……虚ろな目をしていた。



「葉霧様! アレです! 人間がここに集められてるんす!」


 フンバは葉霧の足元でそう叫んだ。


「退魔師が……!」


 ぐっ。


 と、地面の土を掴み倒れていた闇女が身体を起こした。


 身体は白い炎で包まれている。

 それでも……焼き尽くされない。


 葉霧はゆらりと起き上がった闇女の姿に右手を構えた。


(敵も………格上ってことか……)


 あやかしの性質も生態も未知だ。

 それでも……今まで相手にしていたあやかしより数段……上。だとわかった。


 葉霧にも緊張が走る。


 楓は牛王の棍棒を避けつつ、人間の方に行かせない様に、巧みに誘導していた。


 人間たちから離したのだ。


(……この化物! ブンブン振り回しやがって!)


 実際は、重い棍棒を振り回しているのにも関わらず、その俊敏な動きと疲れ知らずの牛王の体力に、誘導するので精一杯だった。


 葉霧の波動すら効いてない。


 スキを……伺っていたのだが……そのスキすらも無かった。


「あれだ」


 葉霧は闇女が横笛を持ち向かってきたのを見る。

 その横笛が……蒼い結晶体の様に煌めいていた。


 向かって来る闇女に葉霧は右手を翳した。


 狙うは……横笛。急所である。


 カッ!!


 葉霧の右手から白い光の炎の波動が放たれる。


 振り上げる横笛に直撃した。


「なっ………!?」


 闇女の顔が驚きに満ちていた。


 パリィィンン………


 音をたてて横笛と結晶体は割れた。

 粉々に割れたのだ。


「おのれぇぇっ!!」


 物凄い形相でそう叫んだ闇女だったが……葉霧の目の前でその身体は粉砕した。


 パンッッッ!!


 弾け飛んだのだ。


 葉霧は直ぐに牛王と奮戦する楓の元に走りつけた。


 虚ろな目をしていた人間たちは次々に

 地面に倒れ込んでいく。


 ばたばたと……。



「楓! 右腕だ。」


 葉霧には右の二の腕に、結晶体が煌めいているのが見えた。


 それを伝える。


「!」


 楓はその声に葉霧の方を見るが棍棒が振り下ろされた。


「鬼娘がっ!」


 地面にめり込むほどのその威力。


 だが楓は跳んでいた。


 牛王の頭上にいた。


「てめぇもさっさと冥府に逝きやがれっ!!」


 楓は右の二の腕めがけ刀を貫く。

 その刃先を二の腕に突き刺したのだ。


 思いっきり。


 ドスッ!!


 二の腕に刀が突き刺さったのと


 パンッッッ!!


 牛王の身体が木っ端微塵に吹き飛んだのは

 殆ど……同時であった。


 爆風が吹き荒れる中で楓は地面に着地した。


「楓! 大丈夫か?」


 葉霧は刀を鞘にしまう楓に聴いた。

 心配そうなその瞳で。


「ああ……」

「やっほーいっ!! やりやした! やりやしたっ!!」


 ガッツポーズしながらぴょんぴょんと、跳ねるのはフンバだ。


「う………」

「え? ここどこ………」


 倒れていた人間たちが目を覚ましたのだ。


 楓と葉霧は視線を向けた。


 ぼーっとしている様であったがその瞬間………


 空間は歪む。


「!」


 まるで揺らぐ……。水面のように。


 だが……直ぐにさっきまでと同じ景色が広がる。


「これが……闇の空間か?」


 葉霧がフンバに聞くと


「へい! 奴らが死んだんで元に戻ったんすよ!」


 と、にこやかにそう言った。

 長い鼻をひくひくとさせながら。


「葉霧? なんだその闇の空間って?」


 楓が聞いた時だ。


 人間たちはそれぞれ……立ち上がった。


「ここって……公民館?」

「どこなの? ここ……」

「螢火商店街です……」


 中にはこの街の住人もいたらしく未だ……自分たちのいる場所のわからない人達に、説明していた。




 こうして……神隠し騒動は解決したのだ。



 ✣


 ふ~ん。


 

 フンバの提灯に微かに夜道を照らされながら楓と葉霧は、帰り道を歩く。


 楓は不思議そうに頷く。


「アッシが見つけたっす! アッシが!」


 葉霧とフンバが通ってきた穴の話だ。


 得意気に振り返る。


「神隠しは……昔から語られている不思議な現象だ。何となく理解は出来るよ。」


 葉霧はそう頷く。


「まーそうだよな。オレも聴いた事がある。にしても……さっきの奴らちょっと強かったな。」


(葉霧が来なかったらヤバかったな……)


 楓は空を見上げながらそう言った。


「へぇ? 楓でもそんな事を言うんだな。」


 葉霧は意外そうに目を丸くした。


「ん~……言うよ。オレ……今。死にたくねぇもん。」


 楓は少し……テレた様にそう言った。

葉霧はそんな楓の横顔を見るとくすっと微笑む。


「そうか」

「そーだよ。」


(うんうん。仲良きことはいいことっす!)


 フンバは提灯照らしながら強く頷いていた。


 月明かりに照らされた……穏やかな帰り道だった。





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