第44夜  笛の音

 ーー螢火ほたるび商店街の男性達四人……。


 楓は彼等と見回りをする事になった。


「しかし……突然いなくなる。って言うのもな……」


 四十代と三十代の男性達だ。

 商店街の裏通りを歩く。

 懐中電灯で……夜道を照らしながら。


「まさか……神隠しとか?」

「無いだろ~……この時代に」


 あっはっは!


 笑い声を響かせながら、裏路地と言われる一軒家が並ぶ細い道を歩く。


(呑気な奴等だな。目の前に…鬼がいるっての!)


 楓が鬼である事は商店街の人達は知らない。


 だから……今もキャップで角を隠し

黒のロングパーカーで、背中の愛刀夜叉丸を隠す。刀など持ち歩いていたら、銃刀法違反だ。


 半月だから……鬼の姿が完全体になる満月の時みたいに、切っても直ぐに伸びて来ない爪。


 手入れをしてスニーカーで隠す。


 牙は八重歯がちょっと伸びた程度だからそこまで気にしなくても大丈夫だ。


 元々……楓の牙は小さい。


 ただ……余りにも鮮やかな蒼い髪と蒼い眼はさすがに誤魔化せないので……商店街の人達には優梨が【舞台をやる人】と説明している。


 こう見えて二十代なんです。とも言ってるので昼間彷徨いても不審がられない。

学生でない事は、伝えてある。


 外見が十六、七に見えるのに、酒呑みだから。


 今夜の夜廻りは……人が突然いなくなる。と言う事件が、最近多いのでその為に始めたものだ。


 現に……この街でも起きているし、

 近辺の街でも起きているのだ。


「帰り道で……突然っすもんね?」

「おっかねーよなぁ?」


 商店街で普段から声を張り上げ商売してるからか男性たちの声は大きい。

反響していた。


 空き地などがある昔ながらの裏通り。

 外灯はあるが……やはり暗い。


 古い家も建ち並ぶ。

 情緒のある通りなのだが……今夜は少し不気味さも感じられる。


 余りにも静かだ。


 ピ~………ヒャラララ……


 そんな裏通りを歩いていると……何処からともなく聴こえてきたのだ。


「笛の音……?」


 楓は辺りを見回した。


「何だ?」


 男性達も辺りをきょろきょろと見回していた。


 ピ~……ヒャラララ……


 更にもう一度。


 切な気な笛の音は聴こえてきた。

 少し哀しい気持ちになるメロディーだ。


『まつ~りばや~し~のふ~えの~おと~……』


 ふと楓に過る優梨の遊び歌の声が……。


 蒼月寺で歌っていたその歌詞が頭に過る……。


(たしか……ついて行くな。って歌だったよな……)


 楓はそう思うと走り出していた。


「あ! 楓ちゃん!」


 突然……走りだした楓に男達は、顔を見合わせていた。


 だが……楓はあっとゆう間に裏通りを駆け抜けてしまった。


「ど……どうします?」

「う~ん。楓ちゃんだからな。大丈夫だろ。」


 追いかけない事にしたらしい。


 ピ~……ヒャラララ……


 楓の耳にその笛の音は届く。


(近いな……。どこだ?)


 さっきよりも近くに感じたのだ。

 その笛の音が。


 ふと立ち止まる。

 とても近くから笛の音が聴こえてきたからだ。


(………公民館?)


 公民館と書いてある看板が目に入った。

 だが……とても古く木の看板は掠れていてその文字しか見えない。


 平屋であった。

 ただ……年季がかなり入ってる瓦屋根の平屋だ。


 見た目もそうだが……壁なども古臭く何だか……廃墟の様だった。


 裏手に大きな栗の木がある。

 今は葉をつけていてとても立派な木だ。


 楓は塀に囲まれた平屋の中に進む。

 窓ガラスから中は見えない。

 カーテンが掛かっていた。


 真っ暗なのはわかる。


 ピ~……ヒャラララ……


 切ないメロディーが響いてきた。

 公民館の裏手は空き地になっていた。


 周りを塀に囲まれた広い空き地だ。

 雑草だらけである。


 そこに人が集まっていた。

 月明かりに照らされた空き地の中で皆……

 天を仰いでいた。


 虚ろな目をしながら。


「なにやってんだ?」


 楓がそう怒鳴ったのは……横笛を吹いてる女がいたからだ。


 その人間達の前で薄い羽衣を頭から被った女……笛の音は止まる。


 口から横笛を降ろしたのだ。

 淡桃の羽衣の下から白い着物が見えた。


 足元には下駄……。黒の下駄に紅い鼻緒。

 すらっとした髪の長い女が立っていたのだ。


 ふわ……っと羽衣を脱いだ。

 地面にひらひらと落ちてゆく。


 紅い帯をした白い着物姿が露出された。


「あら……粋のいい獲物が引っ掛かったみたいだね?」


 コチラを向いた女の顔は蒼白く……

 美しい女だった。


 妖しい雰囲気を持った白い素肌をした和風の顔をしていた。


「人間を集めてんのはお前か?」


 楓は背中から夜叉丸を抜いた。


「如何にも。この街はいいね。粋がいい。」


 女の口元がにたりと笑う。

 竹の横笛を右手に持ち女はくるりと楓の方を向いた。


「“親方様”も喜んでくれているよ」


 女がにたりと笑うと、後ろから大きな黒い影が現れた。


 その影はやがて実体化する。

現れたのは紅い鋼鉄そうな身体をした牛の顔によく似た獣人であった。


 その身体は巨体で、隣にいる女より二周りは大きい何よりも頑丈そうな太い両腕と両足。その右肩には黒い棍棒を持っていた。


 鬼が持つ金棒の様な太く大きなものだ。

 ずっしりと重そうであるが、肩に乗せている。


 何よりもその立派なツノ。

 ほぼ真上に垂直に伸びた形のツノであった。それも……真っ黒だ。


 ツノの先端は鋭く尖る。


「牛王と言う。お主か……退魔師のイヌは。」


 低い声が響く。

 顔は牛の形だが鬼の様に見える。

 その口からは牙が生えている。


 それも鋭く長い。


「退魔師のイヌってなんだ!? オレは鬼だ!」


 楓は刀を握りしめ怒鳴った。


「イヌでしょう? 人間に味方をするなんて鬼も堕ちたものだ」


【牛王と闇女やみめ

 夫婦のあやかしである。

牛王の食事の為に闇女が、人間を闇の中に連れ込み攫う。笛の音で心を奪う。


 闇女はくっくっくっ……と薄気味悪く笑う。


「人間どもを解放しろ。」

「アンタが食事になってくれるのかい?」


 闇女のその言葉が合図だった。


 刀を握った楓と闇女、そして牛王は互いにぶつかり合う。


 先に棍棒を振り下ろしたのは牛王だ。


 ドゴォ!!


 地面にめり込むほどのその威力。


「!」


 楓は瞬手……で、それをひらりと躱していた。後ろに飛んだ。


 だが……上から闇女が笛を構え向かってきていた。


 ガキィン………!!


 刀の刃と闇女の笛がぶつかり合う音がする。刃は笛を受けていた。


(なんだ? 笛だよな? 刀みてーだ……)


 まるで刀の刃の様な頑丈さ。

 とても竹の笛とは思えない。


「!」


 ブワッ!


 棍棒……楓の左側から飛んできた。


 ドゴォ!!


 音……が鳴った気がした。

自分の身体をふっ飛ばされたのだ。

薙ぎ払われた身体は……勢いよくふっ飛ぶ。


(くそ!)


 2対1の攻防戦は何度も経験がある。

多勢に無勢。そんなのはしょっちゅうだ。

彼女が生きていたのは、戦乱の世だ……あやかしと人との。


 だが……ここの所の現代での生活が……

 明らかに彼女を“弱く“していた。


 勘が鈍っていた。


 ズサッ……


 ふっ飛ばされても楓は倒れない。

 地面にどうにか足をつけてその身体を起こしていた。


 ただ、勢いがあるので地面を引き摺る様に……滑りながら止まる。


 フ……ハハハハッ!!


 笑ったのは闇女だった。


「何と言うことでしょう? 貴女……それでも鬼? “鬼火”も使わず……勝てると思い?」


 闇女の冷たい眼が光る。

 薄い……水色が入った眼だ。


 ゴホ……


 衝撃は身体に負荷を与えた。

 血が垂れた。

 口から。


(……使えねぇんだよ!)


 と、言いたいが飲み込んだ。


 楓は……鬼火が使えない。

 鬼は鬼火と言う能力を持っている。


 それは……炎の力だ。

 敵を焼き尽くす力……。


 最初は……人間を襲う時に鬼火を照らし、惑わし襲う為のものだとされている。だがそれを攻撃能力に変えて、使用する鬼が増えたことからそう言われる様になった。


 地獄にいる鬼達が使っているのが、ヒントだと言われている。


 楓は……封印の影響なのか鬼としての本性が未だ……発揮されていない。


 完全体になれていない。

ヒトを喰らわずして生きていられるのも……“理性”が働いているのもある。


 本能を抑えるだけの理性がまだ効くのだ。


「お前がどうでもここで死んでもらう」


 牛王は棍棒を振りかざした。


 ドドドド………


 向かってくる。


「クソ! 退け!」


 楓は後ろにいる人間たちに怒鳴った。

このままあの棍棒を振り回されたら、人間たちに少なからず……当たるであろう。


 そうなれば……確実に死に至る。

無防備であやかし達より弱体な人間は、耐えられないであろうからだ。


 だが……虚ろな人間たちは動かない。

 魂を……誘惑されているから意識が無い。



 楓は人間たちの前にたちはだかった。


 刀を構え棍棒を振り下ろす牛王を待つ。


『無茶はするな』


(………葉霧………)


 浮かんだのは葉霧だった。

 葉霧の優しい微笑みだった。




 


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