第43夜 テストは大変なんですかっ!?
~まつりばやしのふえのおと~~
~よるな~さわるな~
~つれていかれてやみのなか~~
「なんだ? その歌………」
バリッ。
楓ーーは、煎餅を齧りながらそう聞いた。
「ん? あ。これ? 遊びうたよ。」
蒼月寺ーー夕焼けの空が見下ろす縁側で、紫陽花の咲く庭の前。
優梨が膝にお菊……
「遊びうた?」
バリッ。ボリボリと、齧ってはいい音をたてて煎餅を食べる楓。
テーブルの上には、煎餅の袋。その脇には、小袋のゴミのやま。
彼女は、和室にいる。いつも食事をする広い和室だ。茶の長テーブルを前にして、通路寄りに、胡座をかき座っている。
縁側でまるで親娘の様に座る優梨の背中に視線を向ける。
ふんわりと緩くパーマの掛かるライトブラウンの髪は……肩より少し長め。いつもシュシュで一つに纏めている。
今日は、ピンクとパールに似せたビーズが散らばる、可愛らしいシュシュだ。
「そう。まつ~りば~やしのふえの~おと~~よる~なさ~わるなつれ~てい~かれてやみのなか~」
優梨はリズミカルに歌を謳う。
膝の上に座るお菊の黒い瞳は見上げていた。
楽しそうに。
おかっぱ頭の黒髪は、前髪ぱっつん。そこから覗くぱっちりお目々。
紅い紅葉柄の着物に、黒い帯。優梨の白いワンピースの膝にちょこんと、座っている。
「昔ばなしでよくある……何かに誘われてついていくと、良くないことが起きる。って言うお話の歌なの。」
優梨は楓に顔を向けた。
振り返る。
優しげな黒い瞳が楓を覗く。
「ふ~ん。」
楓は煎餅……齧りながら曖昧に頷く。
興味は無さそうだ。
ボリッ
煎餅齧る。
「昔から……いろんな言い伝えの歌があるのよ。それもきっとあやかしのことなのかな~?」
優梨は膝に抱えたお菊を覗きこむ。
黒髪のぱっつんな前髪の掛かるおでこに鼻をくっつけた。
おかっぱ頭のお菊は、はにかむ。
「あ。楓ちゃんも気をつけてね」
優梨はお菊の頭を撫でながらそう言った。
「ん? なにを?」
開封された煎餅の袋から一枚取り出す。
醤油焼けた芳ばしい香りが漂う。
「最近……突然いなくなっちゃう人が、いるみたいよ?」
優梨がそう言った時だった……。
ガラッ……
玄関の戸が開いたのだ。
「すみませ~ん。鎮音さんいますか?」
男性の声であった。
途端……楓と優梨は玄関の方に視線を向けたのだ。
「は~い」
優梨が……紅い着物姿のお菊の腰を掴み膝から降ろす。
縁側にちょこんと座る。
立ち上がると優梨は……白のワンピースをひらひらとさせながら玄関に向かった。
お菊は……楓の方に顔を向ける。
きょとん。と、その大きな瞳は見開く。
「客だ。」
楓が言うとふんふん。と、お菊は頷く。
言葉数はとても少ない。
ただ……よく笑う。
「え? 見回り? 夜ですか?」
「そうなんだよ~……何とか頼めないかな? 楓ちゃんに。あの娘。腕っぷし強いって評判なんだ。」
玄関から聞こえてくる優梨と男性の声。
(なんだ? 見回り………?)
楓はお煎餅齧りながら和室から顔だけ覗かせた。玄関では、優梨が困惑した表情をしていた。
✣
ーーその日の夜……。
「で? 何で……楓が行くんだ?」
ギッ……
葉霧は、椅子を後ろに少し向けた。
ここは……葉霧の部屋だ。彼は……テスト勉強中。机の上には、教科書やらが並んでいる。
白いライトも眩しい程についている。
「ん? だって……用心棒じゃん。オレ」
後ろに立ってるのは楓だ。既に……出掛ける用意をしているのでいつもの如く……
黒のロングパーカーにライトブルーのジーパン。黒のTシャツ姿。
これが一番動きやすい。
「用心棒?」
葉霧は……その綺麗な顔を歪めた。
眉間にシワを寄せる。
「商店街の用心棒。」
楓はそんな彼を前にしてもへらへらと笑っている。締まりの無い顔だ。
美人なのだが……余り言われない。
葉霧はくるっ。と、椅子を楓に向けた。
向き合うと……
ぐい……
楓の腰を引く。
「え??」
突然……ぎゅっ。と、腰を抱かれて楓は驚く。
(な………な………なにしてんの!? えっ!?)
葉霧はきっと聞こえるであろう……ドキドキしてる楓の胸元に顔を埋めた。
(………な……なんですか?? 何か……しました?? え?? なんですか~~~~???)
楓はドキドキとひやひやとで……パニックになっていた。身体は硬直してる。
「……楓……ドキドキしてる」
葉霧は抱きついたままそう言った。
楓の胸元に……頬をくっつけながら。
「は………葉霧……?」
楓は真っ赤な顔をしながらどうしていいのかわからず……硬直。
ビシッと固まっている。
こんなにしっかりと……密着したのは久し振りだ。
それも……こんな風にされた事はない。
「行ってもいいけど……無茶はするな。」
葉霧は楓の胸元で目を閉じた。
ぎゅっ。と、腰に回した腕に力を込めた。
「わ……わかったから……離して…………」
楓の心臓は限界であった。
顔を真っ赤にしたまま泣きそうな声でそう言った。
葉霧はそれを聞くと……目を開けた。
顔だけ起こす。
下から覗く楓の顔は何とも……情けなく見えた。
(……心臓バクついてて……こんなに真っ赤な顔して……。ん? 今……何て言った?)
葉霧は楓から離れた。
腕だけ………腰に回していた。
「離して……って何?」
「え!?」
(な……どうした!? どーした葉霧!? テストって大変なのか!?)
葉霧は……少し不機嫌そうな顔をしている。不機嫌になると……綺麗さが増す。
楓は困惑していて……顔が歪む。
するっ……
葉霧は腕を解く。
硬直状態の楓から机に椅子を回した。
シャーペンを手にした。
「商店街の人達が……待ってるんだろう?」
楓は……葉霧のその声を聞くとハッ……とした。
(……お……怒ってる……のか? 声が………おっかない……)
後ろを向かれては……楓にはわからない。
ただ……背中から何となく……不機嫌そうなオーラは出てる。
(……よ……よし。オレは……もともと肉食なんだ……。そうだ。何もビビることはねぇんだ。)
ドキドキ………
楓は心臓をバクつかせながらも近寄る。
静かに。
葉霧は後ろにいる気配はわかっているものの……平然と教科書を捲る。
その表情は……やはり少し不機嫌だ。
楓は……葉霧を背中から抱き締めた。
ふわっと、乗っかるその感触に……葉霧は教科書から手を離した。
ぎゅっ。
抱きついてくるその暖かなぬくもり。
首に掛かるその腕……。
頬に当たる……楓の少し熱い頬の感触。
葉霧は楓の腕をそっと掴む。
「葉霧……無茶しない……」
葉霧の頬にぴたっと……頬をくっつけそう言った。いつもの楓の声よりも小さくて……甘えた様な声だった。
葉霧は……くすっと微笑む。
「それだけ?」
そう……囁く。
優しい声で……。
楓は……少しだけ瞳を開くが……ちゅっ。と…ほっぺたにキスした。
楓の頬は真っ赤。その瞳も潤む。
葉霧は楓の腕を掴んだまま……その顔を向けた。
「楓……」
涼し気ないつもの瞳は……何処か熱を含む。
楓は葉霧の……色気ある眼差しに惹き込まれていた。
……その声は聞いた事も無いほど甘く響く…。
だから……自然と……唇をかさねていた。
(……葉霧………好きだ………)
正真正銘………三回目の……触れ合いだった。
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