その5
『兄さん、俺の女にとんでもねぇ真似をしてくれたな』バーテンは俺に向かって目を吊り上げ、精一杯の低音を効かせて凄んで見せた。
彼女はまだ泣いている。
いやふりをしているだけだ。
『何のことだね?』
俺は頭を振り、まだ意識が戻らないという振りを続けている。
『酒に弱くって何にも覚えちゃいない・・・・全ては酒の上の過ちです・・・・これで済まそうったってそうはいかねぇ。こっちは全部お見通しだぜ。』
言いながら彼は小型のデジタルカメラを俺の前にちらつかせた。
『何が望みなんだ?』
『取り合えず金だな・・・・それですべてを忘れるって訳にはゆかないが、まずは・・・・』
『成程ね。大門正義副住職氏も、それでたぶらかそうとしたという訳か?』
男と、顔を伏せていた明菜が、はっとしたような表情で俺を見た。
俺はシナモンスティックを咥え、立ち上がった。
『
『野郎!』
バーテンがナイフを抜き、俺に突っかかって来たが、俺の動きの方が一瞬早かった。
俺は左に身体を泳がせてナイフを避け、伸び切っていた奴の腕を脇に挟み込み、膝を
バーテンは声にもならない声をあげ、口から血の混じった唾液を吐き出しながら、
床に膝をつく。
明菜は顔を真っ青にし、全身を震わせて床にへたり込んだまま俺の顔を見上げている。
俺は脱ぎ捨ててあったジャケットの内ポケットから、
『俺はこの通り、私立探偵、名前を乾宗十郎っていうんだ。あんたらの会話は一通り全部録音させて貰ったよ。何だったらこいつと一緒に
『な、何が望みなのよ?』
『望み?俺にとってはただの仕事さ。あんたらが喋るだけのことを喋り、そして俺の依頼人にこれ以上ちょっかいを出すのを止めると確約させること。出来れば念書でも書いてくれると助かるんだがな』
彼女は大きく唾を飲みこみ、目を開けて俺の顔を見つめた。厚塗りの化粧がすっかり剥げ、中年女の地がむき出しになっていた。
『何だね?こんなに夜遅く・・・・』
その老人は玄関の扉を開け、俺の顔を見ると、あからさまに迷惑そうな表情を浮かべた。
俺は認可証とバッジを提示する。
『探偵?探偵が何の用だ』
『金原豪輔氏・・・・東野山天行寺の檀家総代さんですね。』
『それがどうした?』
彼は尊大な態度を崩していない。
俺は次にICレコーダーを取り出し、録音を聞かせた。
明菜があの後俺に喋った一部始終である。
『お聞きのとおりさ。あんた、いや、金原さんは、あの寺を乗っ取るつもりだった。そのために自分の息のかかった”別の誰か”を副住職に据えるために、あのくそ真面目な”副住職君”をたらし込ませたってわけさ』
『そんなものが何の証拠になる?脅して喋らせたことなんぞ』
『そうさ、こんなもの
『待て、い、・・・・』
俺はうんざりしたような顔で金原氏を睨みつけて言った。
『その後のセリフは聞き飽きてる。”幾らなら売る?”だろ?折角だが、俺は依頼人に対しては忠実なんだ。』
その後、俺は正義君の所に行き、ICレコーダーのメモリーカードと、彼女の書いた念書を渡し、一部始終を話して聞かせた。
彼はほっとしたように肩を落とし、何度も礼の言葉を述べた。
『君も結婚して身を固めるんだ。今後は酒と女はより慎むことだな。じゃ、』
俺はそれだけ言うと、残りのギャラを受け取り、東京へと帰って行った。
大金と言う訳じゃないが、久々に懐があったかい。
今晩は少し上等なので一杯やるか。
終り
*)この物語はフィクションです。登場人物その他全ては、作者の想像の産物であります。
坊さんと苦いチョコレート 冷門 風之助 @yamato2673nippon
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