その4

 男たちが帰っていった後、ミニスーツの”明菜嬢”は、俺の隣に来て座り、勝手にカカオフィズを注文した。

『お兄さん、見かけない顔ね?』 

 そういって彼女は真っ赤なルージュを塗った唇に細長い煙草を咥えて突き出した。

 火を点けろというつもりなんだろう。


『悪いが俺は煙草は喫わないんでね』


 俺は代わりにシナモンスティックを取り出す。


『男の癖に煙草吸わないの?嫌煙運動ってやつ?』


『そうじゃない。もっと別の理由さ』

 

 彼女は肩をすくめ、小さな銀色のライターで、勝手に火を点け、それから俺の前に置いてあるコカ・コーラのグラスを眺め、


『お酒も?』と聞いた。


『ああ、根っから弱い。体質って奴でね。コップ半分で意識がなくなる。』

『酒もダメ、煙草も喫えない・・・・じゃあ、なんでこんな店に来たのよ?』


 俺はカウンターの下で、彼女の膝を右手で撫でた。


『だが、こっちの方は捨てられないよ』


 女の目が猫のように光った。


『ここって、そんな店じゃないのよ・・・・でも、お客さん、私の好みだから、いいわ。その代わり、払うもんは払ってね。』


 俺は財布の中から三万円取り出して彼女に渡した。


 彼女が舌打ちをする。


 仕方ない、俺は万札をもう一枚出してテーブルの上に置いた。


 彼女は『ちょっと支度してくるから待っててね』


 といい、マスターに意味ありげな目線を送った。


 間もなくして、彼女がキャメルのコートを着て戻って来た。


『この近くに部屋を借りてるのよ。そこでいい?』


 俺が黙って頷くと、彼女はママに、


『御免なさい。ママ、今日は早退させてもらうわ』


 と声をかけ、俺の腕に自分の腕を絡めてくる。


 それから、俺と明菜は二人そろって店を出た。


 彼女の家は、店から少し離れた所にあるマンション・・・・とはいっても田舎町のことだ。


 アパートより幾らかグレードが高いという程度の代物に過ぎない。


 それでも一応は2LDKにバス、トイレ付きと、そこそこましな造りにはなっていた。


 艶めかしい匂い、何となく男性の助平心をくすぐるような音楽に照明。


 大門正義が話してくれたような雰囲気そのままの室内だった。


 俺がベッドのある、六畳ほどの寝室兼リビングに通されると、彼女は直ぐに

 ダイニングに立って、ウィスキーのボトルとグラスを二つ、それから何故かチョコレートの入ったガラスの器を、盆に載せて戻って来た。


『おい、さっきも言ったろ?俺は下戸なんだ。というよりアルコールは・・・・』


『分かってるわよ。でも今日ぐらい良いでしょ?口をつけるくらいなら大丈夫よ。

 それに呑まなきゃ私をわよ?』


 俺はわざと、

”仕方がない”といった表情を浮かべてやり、彼女が注いだウィスキーを半分ほど吞んだ。


 不味いウィスキーだが、俺にとってはなんてことはない。


 それでも俺は目が回ったふりをして、その場に倒れた。


 俺が目をつぶる間際、彼女が嫌な笑みを浮かべ、覆いかぶさってきた。


『おい、起きなよ。兄さん』


 頭の上で、男の声が聞こえた。


 俺は目を開け、身体を起こした。


 さすがに裸にひん剥かれてはいなかったが、ズボンを下げられ、ベッドの上にあおむけに寝かされていた。


 俺の目の前にいたのは、そう、バァにいた、あの嫌な顔をしたバーテン氏である。


『う・・・・うん?なんだ?』


 わざと振りをして、部屋の中を見渡す。


 明菜は俺の足元に半分服を脱がされ、手で顔を覆って嗚咽していたが、俺は直ぐに、

”下手な芝居だ”


 と悟った。







 



 




 



 










 




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