その3

『・・・・』


 俺は腕を組み、黙って彼を見つめた。相変わらず下を向いたままである。


『で、本当に彼女とのか?』


 彼は二度首を横に振り、弱弱しく縦に振った。


『何しろこっちは酒が入っていて全く記憶がないんです。しかし彼女の素振りだと、そうとしか思えんのです』


『別に気にするほどの事はないんじゃないか?坊さん・・・・いや、僧侶だって女を抱いたり、酒を吞んだりしたって、地獄に落ちるわけでもなかろう。今時仏様とやらもそこまで目くじらは立てんだろう。かの一休禅師は妻帯を禁じられていたのに愛人までいたって言うぜ?』


『自分には今見合い話が進んでいるんです』


 彼はやっと言葉を吐き出した。


 何でも、檀家の総代氏の姪にあたる女性で、伊豆の熱川で温泉旅館を経営している人の娘さんと見合いをした。相手も乗り気だし、人柄も良く、早ければ五月過ぎにでも結納を交わす運びになっているという。


『なるほど、ね。そんな時に不祥事がバレたらとんでもないことになる。という訳か』


『私は明菜にいく度か会い、詫びを入れ何とか別れてくれと頭を下げました。しかし彼女はうんと言ってはくれません。それどころか、”自分を棄てるような真似をしたら、貴方との関係をみんなぶちまけてやる”というんです』


 彼の顔が段々青くなっていった。


『しかも彼女はあの時の一部始終を、全部録音しているんだ。とも・・・・』


『まるで”危険な情事”だ』


 半ば冗談めかして言った俺の言葉にも、本城は全く反応しなかった。


”こりゃ重傷だな”


 俺は呟き、


『なるほど、つまりは俺にその尻ぬぐいをしろ、と、こういう訳か?』


『お恥ずかしい話ですが、他に頼る相手がいないものですから・・・・』


『色恋沙汰は原則受け付けないことにしているんだが、まあ、隊友だったよしみもあるしな。特別サービスということにしておこう。しかしギャラもいつも通りだ。実費と、場合によっては危険手当も付けて貰う。更にプラス成功報酬だ。構わんかね?』


 彼は引き受けてくれるなら出し惜しみはしません。と言い切り、前金だと言って12万円を封筒に入れて差し出した。


 ええ?


(昔の後輩が苦境に立たされてるってのに、何て因業な男だ)だって?


 何を言ってやがる。


 普段何があっても引き受けない体の依頼を受けてやったんだ。


 これくらい当然だろ?


 

 次の日の夜、俺はそのバァに居た。


 確かに彼の話した通り、バァなどという代物ではない。


 良く言ってせいぜい”スナック”に毛が生えた程度の、そんなところだ。


 俺はカウンターの端に座り、さっきからコカ・コーラを舐めていた。

(ジン・コークなんかじゃないぜ。本当にただのコーラさ)


 本当ならバーボンが欲しい所だが、これにはちょいと訳があるんでね。


 店の中には他に歳を誤魔化すような厚塗りをした着物姿の”ママ”と、嫌な目つきをしたバーテン。それに・・・・彼が言っていた。


”明菜”という女性がいた。


 こちらもママ同様、年齢としを相当に誤魔化すような厚塗りに、目がちかちかするようなオレンジ色のミニのスーツを来ている。

 本城は彼女の事を、

”20代後半”と見たらしいが、とんでもない。


俺にはどう贔屓目にみても30代前半か、ことによると40はいっているようにしか見えない。


 彼女はボックス席で、俺より前から来ていた男性客にはべり、お世辞にも上品とは言いかねる、甲高い声で卑猥な言葉を連発していた。

 

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