第4話 悪魔とのふたり暮らし。

苦手だ。

と思う人はジャイアン一人では無かった。

苦手な先輩は何人もいた。


私は会社にいる時、知らぬうちにものすごく神経をすり減らせていたのかもしれない。


それが、悪魔への招待状となってしまっていたのかもしれない。



その日は猿君の運転する車でアルバイトを2人を乗せて帰った。

私は家の近くで降ろしてもらい、フラフラとコンビニへ行った。

何故かはわからないがものすごく疲れていた。ジャイアンがいたからか?猿君が自由すぎだからか?

考えるのも面倒くさい。と思い、目に入ったおにぎりをカゴへ投げ入れた。


実家を出てからというもの、ろくなものは食べていない。外食とコンビニ飯と現場で出る冷えきった弁当のローテーションだ。


家に帰り、おにぎりを一つかじった。



その瞬間に私の前で悪魔が笑った気がした。


だが、悪魔とは正反対に、私は震え、大粒の涙を流していた。

止まらなかった。


理由はわからない。

頭の中は真っ白だった。




ピピピピピピピ…

目覚ましが鳴っている。

泣き始めてからの夜の記憶が全く無かった。

泣き疲れて眠ってしまったのか…。


シャワーを浴び、鏡を見ると、ひどい顔だ。

目は腫れ、顔は浮腫み、まるで殴られたようだった。


眉毛だけを書き、あとはすっぴんで家を出る。女もほとんど捨てていた。


私は恋人がいなかったわけではない。

何度付き合っても仕事の忙しさ理由に皆離れていくのだ。

仕事が好きだった。だからほとんど恋愛は諦めていた。



家はほとんど眠るだけ。休みの日ももちろんあるが、ほとんど寝ている。そんな毎日。


仕事『は』好きだった。


そんな私に迫り寄っていた悪魔は腫れた顔を物ともせず、その翌日についに実態を現した。



ピピピピピピ…


また朝が始まる。行かなきゃ。

あれ?

起きなきゃ。

…あれ?

身体が鉛のように重たい。

違う。布団が重たいのか?

出られない。

金縛りにあったように私は布団の中で固まっていた。

ふと時計を見ると、もう30分も経っている。

「家を出るまであと30分…」

布団を押しのけ起き上がった。

だが、重たいのはやはり私の身体の方だった。

ベッドから出られない。


悪魔だった。


ベッドの中から手を出し、私の腰を掴み、離さない。それもとてつもない力で。


そんな悪魔に完敗した私はまた涙を流し、その日現場が珍しく一緒だったおじさんに風邪を引いたから休む。と嘘をついた。


本来風邪なんかで休んだことはない。熱があっても現場には出ていた。


おじさんがいるから休んでもいいや。と思ったのか、どうして嘘をついたのか、私の頭の中は自分でもわからないものになっていた。


その日は本当に風邪をひいたように寝込んだ。

食事もせず、ただ眠った。



次の日にはスッキリしたようにベッドから出て、準備をした。悪魔はいなくなっていた。

だが、電車に乗り、現場へ向かう途中、何故かわからないが途中の駅で下車してしまった。

そしてその駅で吐いた。


昨日は何も食べていない。ほぼ胃液だった。

喉が痛い。気持ち悪い。

本当に具合が悪いのか?どこか身体がおかしいのか?不安になりながらも次の電車で現場に向かった。


その日の記憶は殆ど無い。

大変な現場では無かったが、唯一覚えていることが一つある。


アルバイトチーフの『チャラ男君』に声をかけられた事だ。


「顔色悪いよ?どうした?一回休もう?」


そう言ってタバコ仲間のチャラ男君と喫煙所に行った。


「どうした?なんかあったの?」

そう聞かれたが、何もない。何もないんだ。

「…なんもないんだけど……」

「けど?なに?」


「…辞めたい。」


自分でもビックリしていた。今言ったのは私なのか?

辞めたい?私は仕事を辞めたいと思っているのか?

そんなはずがない。仕事が好きなんだ。


「そう、思うのも仕方ないんじゃない?無理しないほうがいいよ」

彼はそう言って、まだ残っていたタバコの火を消し、私を置いて喫煙所を去った。


一人になった私はその瞬間から自問自答を繰り返していた。



その夜、電車に乗り、家に帰ろうとする。

今日は直帰していいと先輩が言ってくれたからだ。



…乗るべき方向がわからない。



この会場には何度も来ている。

わからないはずがない。

でもわからなかった。自分の頭で考えられなかった。


スマホで乗り換え案内を開く。


何度調べてもわからない。


文字が読めない。画面にはぐちゃぐちゃな絵のようなものが表示されていた。


スマホが壊れたのか?


違う。スマホじゃない。




私だ。


私が壊れてしまっているんだ…。



初めて気づいた。

自分自身がおかしくなっていることに。

私は知らない駅のホームで座り込んだ。

そのまま、手に持っているスマホで何故かおじさんに泣きながら電話をした。


「私…会社、辞めたい…」


おじさんは驚かなかった。


「なんか、そんな気がしてた。」

そう言った。

「とりあえず休め。気にしなくていいから。なんとかするよ。」

続けてそう言うと電話を切った。


これは私なりのSOSだった。


その日から仕事を休んだ。


私が大好きだった仕事を。


そして、悪魔とのふたり暮らしが始まった。

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私が悪魔に取り憑かれた話。 桃源 @momogen

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