第2話 怒ってはいけない。

ピピピピピ…

目覚ましが鳴る。朝は昔から苦手だ。

寝坊をしないようにアラームは2つ。

それでも寝坊する日もある。

「ふあ~あ。起きたくねぇ…」

昨日そのままベッドに倒れた私はシャワーを浴びる。

「昨日の帰り…まじで居眠り運転してたんかな…」

少しゾッとした。記憶が無いことに。

「いや、そんなわけないな。」

無事に帰ってこれたし、良しとしよう。と、熱いシャワーを浴びた。


今はどちらかというと繁忙期ではない。

だが、季節は春。新入社員が入って一ヶ月も経っていない。

現場は忙しくないものの、私は新人教育に追われていた。


この会社は新卒は採らない。必ずアルバイトという経験を経た者のみが社員となる。

その為、新人教育なんていう正式なものは何一つとして無い。その新人を〔拾ってきた〕先輩が教育をする。


今年『チームチンパンジー』に入った新人は2人。

今のチーム構成はこうだ。

トップのチンパンジーおじさん、二番手の私、私の翌年に入社した我が道を行く『クールビューティー』、そして新入社員の『猿』と『おふざけ』の2人。

2人を〔拾ってきた〕のはもちろんおじさん。

2人は男で、おじさんのパチンコ仲間の我社のアルバイト。

私もクールビューティーもほとんど2人には関わりが無かったからあまり深くは知らない。


私達が取り仕切るアルバイトチームはその名も大奥だ。

そう。女の園。何故かと言うと販売を主にやっている。

昭和頭が考える販売員=女性という概念のもとやっているからだ。

私もクールビューティーもアルバイト時代この一員だった。

つまり大奥から成り上がったわけである。


大奥を全て管理しているのがチンパンジーおじさん。昔黒服をやっていたそうで、女の扱いには慣れている。

チンパンジーそっくりなのにアルバイト間でモテていたこともあった。

私には不思議でならない。


そんな大奥アルバイトチームと、我々個性豊かな社員から成っている『チームチンパンジー』だが、社内でも売り上げはトップレベルだった。

他のチームには新入社員は入らない。

私達のチームには別の畑の男性諸君も入社したいという希望者が毎年いる。

それだけでも周りから疎まれていたのは確かだろう。


「おい、猿。行くよ!」

今日はアルバイト100人以上の大所帯。

いつの間にか増えた後輩により、私はおじさんと同じ現場な事はほぼ無くなっていた。

今日は新人の猿君と一緒。

その名の通り、猿のまま人間の言葉を覚えたような男だ。

「ウキッ!」という返事が聞こえた気がしたが、私は彼の前をツカツカと歩き、クライアントの元へ連れて行く。


名刺を交換させ、挨拶をさせるのも私の仕事だ。

自分で言うのもなんだが、クライアントとの信頼関係は培ってきた。

それをこいつに壊されてはたまらん。


猿君はそんな私の想いとは裏腹に、猿のごとく動き回っていた。

自由に動き回っている猿君。クライアントの近くに寄って何やら話ししている。

100人をも使う現場のクライアントだ。失敗は許されない。


「私の隣にいてくれれば余計な事も言われないし、私の知らない所で何か起こることもないのに…あいつはぁ…」

私はいつもよりもイライラしながら拳を握りしめていた。


掌に爪の圧を感じ、ふと鎮める。


怒ってはいけない。


私の脳裏によぎった。

そうだ。怒ってはいけない。彼は何もしていない。

私が『怒る』という感情に恐怖を覚えたのは入社する1年前。そう、今から4年前の話。




「うちの会社に入社しないか?」

唐突におじさんから電話がきた。

その時私は24歳。別の会社で事務の仕事をしていた。

アルバイトを辞めてから2年は経っていた。

「俺、もう一人じゃ限界でさ〜。社員誘うならまずはお前って決めてたんだ。」

そうおじさんは話す。

嬉しかった。一番初めに誘ってくれたことも。私を必要としてくれていることも。

当時の会社は楽しくなかった。事務の仕事も向いていなかったし、好きじゃなかった。


「やります。やらせてください!」

私は翌日、会社を辞めた。


「うちの会社に入社できるかはハッキリわからないんだ。でも自信がある。お前を入社させる。」

おじさんは昔から謎に自信がある。

でもその自信を何故か信じてしまう私がいた。

私が入社するまで営業社員に女性はいなかった。内勤にしか女性がいなかったのだ。

今となっては小さな会社革命だったのかもしれない。

「お前を入社させるために一年くれ」

そう、おじさんに言われ、私はアルバイトに出戻った。


その一年はおじさんにベッタリつき、同じ現場に行き、社員の動きを見ていた。

しかし、まもなく一年が経とうとしているときには『管理者』という枠で一人で現場に行っていた。


その『管理者』だったときだ。

後輩のアルバイトチーフ達に向けていつものお説教タイムが始まった。

この指示の仕方はよくない、ここの効率が良くない、等と、私がアルバイトチーフの頃していたことをそのまましていた。


しかし2年で時は大きく変わっていた。


私が話をしている途中、泣き出した子がいた。

私の説教する顔そんなに怖いか?

と思いながら説教を続けた。

「泣いても何にもならない。泣いてるくらいなら次に生かすべき」

私の持論をぶつけた。

そのままその子は泣きやまなかった。

「泣きながら売り場に来ても仕方ないから、そこでとりあえず休んでていいから。」と一言言い、私は彼女を置いてその場を離れた。


しばらくしても売り場に戻らない彼女を心配し、別のアルバイトの子が迎えに行った。

すぐに私の携帯が鳴る。

控室に迎えに行った子からだ。

「何?もう今終演して忙しいんだけど?」

少し冷たい口調で出ると

「すぐ来てください!過呼吸で呼吸困難になっています!」

私は頭が真っ白になった。

私のせいなのか?私のせいでそうなった?


急いで控室のドアを開けた。

泣いていた子は横たわり、袋を口に当てている。

迎えに行った子が用意してくれたんだ。

「これでも収まらないんです!早く救護室に!」

そう言われ、私は無線機を取り、その現場の担当社員へ告げた。

その後、彼女を担架で救護室へ運び、看護師の指示で近くの病院へ会社の車で搬送されていった。


その後はあまり覚えていないが、彼女のお母さんと電話で話をし、病院名を伝え、謝罪をした。


「泣きたいのはこっちだよ…」

すべてが終わると私は誰も居なくなって冷えきった会場のコンクリートに座り込んだ。


周りからは散々言われた。

「アルバイトを病院送りにした」とか

「鬼の説教だ」とか。


今までだってしてきたし、それでチームは強くなってた。クライアントからの信用も得てきたのに…。間違ってたの…?


もちろん彼女はアルバイトを辞めた。

二度と会うことは無かった。


私はその日を境にお説教タイムを無くし、怒ることを辞めた。


一つ、私が塞ぎ込んだ扉だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る