第27話 王道ラッキーハプニング

「ん? なんだこれ?」


 陽菜がアルバイトを始めてから数日経ったある日のこと。

 学校を終わって帰ってきた俺はリビングのテーブルの上に置かれている箱に気が付いた。

 

「あ、それ。私の両親からです。理玖くんに娘がお世話になってますっていうお礼と挨拶の品物だって」


 俺より少し前に帰宅していた有彩が、制服の姿のまま返してきた。


「へー。中身は……うわっ、なんかすげえ高そうなチョコレート」


 箱を開けて、中を確認すると外国産のチョコレートが入っていた。

 ……というか、これって。


「ウィスキーボンボンか……食ったことないな」


「私も食べたことありませんね」


 2人して目の前の知っているはずなのに未知の物体をしげしげと眺める。

 箱に書かれている度数は2.5%だ。


「気にしたことなかったけど、これって法律的に未成年がアルコールを摂取した判定になるのか?」


 2.5%って言えば弱めの酒ぐらいの度数はあるわけだし、もし食べて犯罪になるようなら……。


「有彩の親父さんからとっとと捕まれ小僧っていう意味を込めた罠だな」


「いくらお父さんでもそんなことはしないと信じたいんですけど……まぁ、そんなことをする前に、お母さんがきっと止めますよ」


「それもそうか。とりあえず、一応調べてみるか」


 懐からスマホを取り出して、ウィスキーボンボンについて調べる。

 

「お菓子だから酒税法には引っかからないらしい。それなら逮捕を気にせず食えるな」


 どこか遠くで有彩の親父さんが舌打ちをしたような気がしないでもないが、気のせいだろう。


「えっと……とりあえず、食べてみますか?」


「……いや、時間的に今から飯だし。デザートに摘まむ感じでいいんじゃないか?」


「そうですね。それなら陽菜ちゃんが帰ってくる前に、夕飯の準備済ませちゃいますね」


 陽菜はバイト先の店長さんの計らいの元、シフトが休みの今日も料理を教わるために学校からそのままバイト先に行っている。

 最近の陽菜は、料理の練習と称して有彩の料理を手伝おうとするので、帰ってくるまでに調理を終わらせておかないと、その日の飯の保証が出来なくなってしまう。


 ……練習熱心なのはいいんだけどな。そんな簡単に味音痴の料理下手が治るなら苦労はしない。

 料理を始める前に着替えに戻った有彩を見習って、俺も自室に着替えに戻った。


♦♦♦


「へぇー、あたしウィスキーボンボンって初めて食べるなぁ」


 陽菜がバイト先から戻ってきて、3人で晩飯を食い終った俺たちは、テーブルの上に置かれたウィスキーボンボンを囲む形で座っている。


「早速食ってみるか」


 箱から1つ取り出して、包装紙を外す。

 口に含むと今まで食べたことがないような独特の風味がした。

 これがアルコールの味ってことなのか?


「俺結構好きかも」


 そのまま間髪入れずに2つ目を口にする。

 変わった味ではあるけど、決して嫌な味じゃない。

 ……俺の父さんと母さんは酒に弱かったんだろうか、それとも強かったんだろうか?

 なんてちょっとノスタルジーなことを考えていると……。


「「ひっく」」


 2人分のしゃっくりが俺の耳に飛び込んできた。

 音の発生源である2人の方を見ると、なんだか顔を赤くしてぽーっとしている。

 ……って、おい。これってまさか……。


「お、おい。陽菜? 有彩? 大丈夫か?」


 近くにいた陽菜の肩に手を置いて、軽く揺さぶってみると、ぽーっとした顔のままゆっくりと俺の方を向く。

 そして、視界に俺を入れた瞬間、なんとも締まりのない顔でにへらと笑った。


「あ~、りっくんらぁ~。えへへぇ~……ぎゅ~っ!」


「ひ、陽菜っ!? ちょっ……! どわっ!」


 締まりのない笑顔を浮かべた陽菜が俺に全体重を預けるように抱き着いてきた。

 咄嗟のことに反応出来ずに、そのまま陽菜と一緒に床に倒れる。

 俺が下になって、陽菜が俺の腹辺りに抱き着いているような体勢だ。

 

「んふふ~……りっくん捕まえたぁ~!」


「おっ……! おまっ! おまっ!」


 陽菜の柔らかさと体温が服越しに伝わってきて、俺は言葉にならない言葉を喉の奥から漏らす。

 いかん……! 陽菜の胸がッ!? 俺の股間の辺りに! これは大変まずい!


 思わぬラッキー……じゃなかったエマージェンシー的な展開に、必死に頭を働かせる。

 どう見ても、陽菜は普通じゃない……この展開、俺は幾度となく目にしたことがある。

 これは……!


「えへへ~」


 ――こいつ、ウィスキーボンボンで酔ってやがるッ!?

 マジかよ、現実でそんなことありえるのか!?


「ひ、陽菜、ちょっと離れろって」


「え~? やっ!」


「いや、やってお前」


「や~!」


 んぐっ!? 頼むからその位置で体を左右に揺すらないでくれ! 胸が図らずとも擦れて息子が準備体操始めやがるから!


「あ、有彩……悪いけど、冷蔵庫から水を取ってくれ……有彩?」


 そう言えば、有彩もしゃっくりしてぽーっとしてたよな……? 陽菜のことで一瞬頭から抜けてたけど、ってまさか有彩も!?

 慌てて有彩を見ると、未だにぽーっとしたまま椅子から動こうともしてない。

 ひとまず、陽菜みたいなことになることはなさそうだ。


「んー……あついれす……」


 と、思った矢先、有彩がおもむろに服を脱ぎ始めた。

 ワイシャツの上に羽織っていた薄手のカーディガンを脱ぎ捨て、スカートも下ろす。

 ワイシャツのお陰で下着は見えないけど、もう少しで見えてしまいそうな絶妙なラインだ。


「うわぁ!? 脱ぐな脱ぐな!」


 なんで幼馴染は抱き着いてきてクラスメイトは俺の前でストリップ始めてんの!? どういう状況だよ、これ!?


「他の子を見ちゃ……めっ!」


「んもっ!?」


 腹に抱き着いていた陽菜が、俺の顔を抱きしめてきた。

 や、やばい! 視界おっぱいに……じゃねえ、いっぱいにおっぱいが! 柔らかくて温かいものが!

 

「ひなちゃんばかりずるいれす……わらしも……」


「有彩ッ! お前その恰好で近づくな! 色々とまずい! お前ら2人して思春期の少年を殺す気かそうなんだろ!?」


 辛うじて見える視界の端に、ワイシャツ1枚を羽織っただけの有彩がふらふらとこっちに近寄ってくるのが見えた。

 すらりと伸びた綺麗な足が俺の傍で立ち止まって、控えめに屈んだ有彩が、控えめに俺の顔の横に自分の顔を並べるようにころんと寝転んだ。


「これでまんぞくれす……りくくくんが近くにいましゅ……しあわせれすー……」


 石鹸のような優しい香りが俺の鼻腔をくすぐる。

 整い過ぎて怖いぐらいの顔が俺の近くにあって、陽菜の豊満な胸が俺の顔の視界の半分以上を占拠している。


「りくくくんって誰だよ! いいから2人とも離れてくれ! このままだと大変なことになるぞ!? 理玖くんの理玖くんが表に出てくるぞ!? いいのか!?」


 必死に脳内でボディビルダーのボディビル大会を想像して理性を保ちながら、ツッコミを入れることで気を逸らす。

 

「んー……りっくんはあらしらちのころがきらいらのぉ~?」


「そうれすよ~……どうらんれすか、りりくくん……」


 陽菜が俺の顔から離れて、有彩と並んで潤んだ瞳で余計に回らなくなってきた呂律でそう言いながらこっちを見てくる。

 あとりりくくんって誰だマジで。


「それは……」


「んもー……にえきりゃないなぁ! ありしゃ、こうなったらりっくんも脱がしてからだにきいちゃおうよ~」


 ――はい? 今、なんて?


「そうれすねーひにゃちゃん! わらしだけ脱いでりくくんがぬがにゃいのはふこーへいれす!」


「いや服はお前が勝手に脱ぎだして! 待て! お前ら俺のズボンに手をかけるな!」


 む、剥かれる……! このままだと犯される! 

 俺はズボンを犠牲にして、シャツとパンツのスタイルになってその場から緊急離脱した。

 だってあの2人普段からは想像出来ないぐらいの握力を発揮してきて、何かを犠牲にしないと逃げられそうになかったし。

 

「んにゃー……りっく~ん……」


「んみゅ……りくくん……」


 ズボンを奪い取ったことで、力尽きたのか、陽菜と有彩はズボンを握りしめたまま寝息を立て始めた。

 

「……このウィスキーボンボンは2度と口にしないように厳重に封印して、俺が責任もって処理していくことにしよう」


 この騒ぎの元凶になった箱を片付けながら、部屋で新しいズボンを履いてきた俺は風を浴びる為に外に出た。

 なぜなら、このまま部屋にいると落ち着かなさすぎて俺の方が獣になりそうだったからだ。


 狩られる側の恐怖を知りたくもないのに知ってしまった日だった。





 

 

 




 



 




 

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