第28話 期末テスト前と世紀末系クラスメイト

 6月下旬、すっかり梅雨に入ったこの時期。

 今日も空はあいにくの雨模様で、重たそうな雲が空一面に広がって、まるで圧し潰そうとしているみたいだ。


 さて、6月の下旬の風物詩と言えば……。


「もうすぐ期末テストだね」


「あぁ。遥はいつも通り全く焦ってないな」


 期末テスト……それは学生にとって天国と地獄の分かれ道になるもの。

 ある者は夏休みを無事に迎えることができ、部活に遊びにとエンジョイ。

 ある者は夏休みを無事に迎えることができず、部活も遊びも阿鼻叫喚。

 

 これはそういう恐ろしいイベントなわけで、正直中間テストよりもプレッシャーがでかい。

 うちの学校は期末で赤点を取ってしまうと、夏休みに補習がある。それも1週間に渡ってだ。

 一応前半にするか後半にするかは生徒側が選べるようになってはいるけど、学生にとって夏休みが1週間消えるというのは代償が大きすぎる。


 あと、先生も駆り出されるわけで……教員と生徒、双方にメリットがない。


「うん。ちゃんと予習復習はしてるからね。そう言う理玖も全く焦ってないよね。いつも通り」


「ま、俺は上を目指すわけじゃなくてある程度の点数を取れればいいって感じだからな。授業ちゃんと聞いてノート見返すだけで充分なんだよ」


 テスト前に準備してなくて焦ってやり出すとか効率が悪すぎるからな。

 

「おい理玖! 俺が立てた完璧な夏休みの計画を聞いてくれ!」


 遥と一緒にテストのことについて話し合っていると、浮かれた和仁バカがノートの千切った1ページを持って近づいてきた。

 

「まず、可愛い彼女を作って……旅行! 海に行ったりバーベキューしたり、祭りに行ったり……楽しいことが盛りだくさんの渾身の計画だ!」


 バンッと叩きつけられたお粗末な計画表を遥と一緒に覗き込む。


「……いいか、和仁。この計画は実現不可能だ」


「はぁ? どういうことだよ」


「だってお前期末で赤点取るから補修だろ。あと、勝手に予定を組んでるけど他の奴の都合が合うとは限らない」


「俺が赤点を取ることを決めつけて話を進めるのはやめてもらおうか」


 お前なら取る。そこだけは全幅の信頼を置いてるからな。


「それに、前提条件からして実現不可能だ」


「前提条件だぁ?」


「お前に可愛い彼女なんて出来るわけねえだろ。現実逃避してないで期末の対策でも考えてろよ」


「表に出ろやクソ理玖」


 胸ぐらを掴もうとしてくる和仁を躱していると、飲み物を買いに行っていた陽菜と有彩が戻ってきた。


「なになに? なんの話?」


「あぁ。和仁の戯言の話だ気にするな」


「ごめんね、飲み物頼んじゃって。これお金」


 和仁の攻撃が激しくなったけど、それはもう放っておいていいだろう。

 遥に倣って財布から飲み物代を取り出して、陽菜に手渡した。

 

「でも夏休みの計画かー……確かに大事かもね。僕は部活次第になるけど、遊びに行くなら参加したいな」


「私も部活次第になるけど参加で!」


「うおっ、柏木お前どこから湧いた?」


 さっきまで確かにこの場にいなかったはずの柏木がいつの間にかぬるりと輪に加わっていた。

 その手には購買で買ったであろう総菜パンがどっさりと……こいつ女子って性別を捨ててやがる。


「そんなことより夏休みの計画だよ! 今年はいっぱい遊ぶぞー!」


「今年もいっぱいの間違いだろ。あとお前期末……」


「聞こえない! 期末テストなんて悪魔の呪文聞こえない!」


 聞こえてんじゃねえか。

 柏木も和仁と一緒で赤点候補筆頭だから、ここで計画を立てても参加出来ない可能性が大いにあり得るわけで。

 耳を塞いでしゃがみ込んで現実逃避する柏木を呆れた目で見つめる。


「有彩ちゃん勉強教えてぇ……なんでもするからぁ……」


「ん? 今なんでもするって言ったよな?」


「お前に対して言ったんじゃねえから。というかお前もなんでもするから勉強教えろって言う側だろ」


「あはは……なら、また皆で勉強会でもしますか」


 縋りついてくる柏木に苦笑いを向けつつも、有彩は皆を見てそう提案した。

 まぁ、こうなるよな。


「と言っても俺たちの中で赤点候補なの和仁と柏木だけだぞ」


 思いっきりバカにした目で和仁を見ると、何故か和仁が不敵な笑みを浮かべた。

 なんだこいつ、テスト前で遂に頭やられたのか。


「おいおい俺を誰だと思ってんだよ」


「バカ」


「俺だって何も学習してないわけじゃないんだぜ?」


 まさか……こいつちゃんと勉強したっていうのか……!?

 さっきからテスト前だっていうのに焦らずに計画表を作ってる辺り、今回は自信があるっていうのか!?


「今回は秘策があるんだよ……これだぁ!」


 和仁が再び机に激しく叩きつけた紙の数々の正体は明らかにカンニングペーパーだった。

 数式やテストに出ると言われた部分だけが書かれている。


「遥、窓開けて」


 迷わずに机の上の紙を握りしめ、窓に向かってオーバースローのフォームをとった。


「テメエ! さては俺の努力の結晶を窓から捨てる気だな!? させるか! お前が窓から落ちろやぁ!」


「ダメだよ理玖。ちゃんとゴミ箱に捨てないと」


「遥ぁ!?」


 俺が握って窓からスローイングしようと思っていた紙くずを遥がそっと取っていき、ゴミ箱に捨てた。

 和仁が裏切り者的な目で遥を見てるけど、間違いなく遥に非はない。


「ずるはダメだよ、和仁」


「頼むよ遥! そいつらが無いと……俺は……俺はッ! 金ならいくらでも払うからァ!」


 俺は和仁の席に移動して鞄の中から財布を取り出して、中身を確認した。

 

「お前財布の中に500円しか入ってねえじゃねえか」


 これでよくいくらでも払うなんて妄言を吐けたもんだな。

 

「そんなのいらないから」


「なるほど。つまりそんなはした金じゃなくてもっと大金を寄越せってことだな? ちょっと臓器売ってくるわ」


「お金なんていらないから! ちゃんと勉強教えるから自分の力で赤点回避してよ!」


「財力だって自分の力だァ!」


「現時点で全財産500円の男のセリフじゃねえな」


 今遥が欲しているのは財力じゃなくてお前の学力だぞ、間違いなく。

 と、まぁこれ以上バカに構ってても仕方ないから……。


「じゃあまたあたしの……りっくんの部屋でいいよね?」


「あたしのりっくん……だと!? テメエ理玖……!」


「待て待て! 陽菜の言い間違いだろ!」


「ここでその言い間違え方する方が不自然だろうがァ!」


 くそ! いらんとこだけ頭回りやがる!

 

「遥! 助けてくれ!」


 同棲のことを知ってる遥に迷わず助けを求めた。

 遥はんーっと考える素振りを取って、口を開く。


「ここで大人しくして、ちゃんと勉強会に参加してくれるなら、僕からバドミントン部の女子に和仁のいい噂を流したり、合コンとはいかないかもだけど遊ぶのをセッティングしてあげられるかもしれないよ?」


「神、俺が悪かった」


 流石遥、この男の扱い方をよく分かってやがる。

 

「うぉぉぉおおおおし! やるぞぉ!」


 うるせえ雄叫びを上げるな。

 それにしても……。


「お前あんなこと言って大丈夫なのか?」


「かも、だからね」


 にひっと笑みを浮かべる遥。

 なんだこいつ小悪魔可愛いかよ。

 というか、和仁の奴中間テストの時にもこの手で騙されてなかったか?


「じゃあまた理玖君のお家で勉強会だね! 今回は週末にちゃんと時間を取ってお泊り会でどうかな! 今テスト期間で部活無いし!」


「それ楽しそう! どうかな、りっくん」


「それはちょっと……リスクがでかいって言うか……」


「そうですよ陽菜ちゃんに鳴海さん。流石に泊まりはバレちゃいますよ」


 俺たち3人が同棲してるってことを知らないのは和仁1人……つまりあいつを消せばその案も実現可能になるけど。 

 その場合俺1人に対して女子が4人……じゃねえや、今ナチュラルに遥を女子枠に入れてた。


「大丈夫だって。その辺りはあたしたちがちゃんと上手くやるからさ」


「お前と柏木だから余計に心配なんだっての」


「うーん……じゃあ、僕もちゃんとフォローするから、それでどうかな? お泊り会って実際楽しそうだし」


「遥がそこまで言うなら……まぁいいか」


 寝る時は有彩と陽菜の部屋に女子を配置して、絶対に和仁を入れないようにすればいいだけだし。

 もし同棲の秘密を知られたら死ぬまで殴ればいいか。

 ……それはそれとして。


「おい和仁」


「あぁ。分かってる」


 俺たちは頷き合って、全力で床を蹴った。俺たちがさっきまでいたその場所に、大量の鉄パイプが振り下ろされた。

 あと1秒でもそこにいたらやばかったな。


「逃がすかァ! てめえら! あの裏切り者2人に目にもの見せてやんぞぉ!」


「女子と勉強会兼お泊り会だと!? 俺たちの前でふざけた予定入れてくれてんじゃねえぞぉ!」


「よっぽど命がいらねえと見える! 覚悟しろやァ!」


『ヒャッハー! 血祭りだァ!!』


 鉄パイプ、カッター、竹刀、スコップ、etc……。

 様々な武器凶器を手に持った暴徒と化したクラスメイトという名のカス共が俺と和仁に襲い掛かってきた。


「「さらばっ!!」」


 俺と和仁は、命がけで廊下を疾駆した。

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