第10話 何かを得て、何かを失い、ついでに記憶も失った彼のお話
「もうこんな時間ですか。私、先にお風呂いただいてもいいですか?」
「ん? あぁ、いいよ」
座椅子に座って、机の上にあるノートパソコンで今まで執筆作業をしていた有彩が伸びをしながら立ち上がった。
……体を伸ばした時に漏れていた『んっ』という色っぽい声には触れないでおこうと思う。
「一緒に入ろー! 背中流してあげる!」
「い、いえ! 恥ずかしいのでいいです!」
「いいから、ほら! 電気代とか諸々の節約にもなるし!」
「むっ……それを言われてしまっては……し、仕方ないですね」
有彩が俺の中で実はちょろい人疑惑が出た件について。
「はぁ……陽菜ちゃんと入ると自分の体がより貧相なものに見えるので一緒に入りたくないんですよね……」
「有彩だってすごくスタイルいいよ! ウエストとか本当細くて、取り替えて欲しいぐらい!」
「それなら私は陽菜ちゃんの胸とかを少し分けて欲しいですよ……移植させてください」
「それだと移植した部位であたしの胸の柔らかさがしそうだね」
「それはなんか嫌です」
お前らなんちゅう会話してんだよ。
風呂場に入る前の廊下で話してんじゃねえよ、早く風呂入れよ。
「大体、胸が大きくてもいいことないよー? 肩はこるし、下着は可愛いのサイズ無かったりするし、男子からはえっちな目で見られるし」
「……その3つ私が生涯で1度でいいから言ってみたいセリフベスト3なんですけど」
……現実とは非常なものである。
そんなやり取りがあって、30分ぐらい経った。
女子ってなんでこんな風呂長く入れるんだろうな……男なんてシャワーでシャンプー、体洗うのガーッで終わることもあるし、湯舟に浸かっても10分かかるか、かからないかだ。
「「きゃぁぁぁぁああああああああ!!!!」」
「なんだ!? おい、陽菜!! 有彩!! どうした……って、うお!?」
なんか急にバスタオル姿の2人がリビングに駆け込んできて俺に抱き着いてきたんだけど!?
え、なにこれ!? 俺明日死ぬん!?
「おおおおお、お前ら!? なにやってんだよ!!」
「り、りっくん!!! じじじじ……じいが!!」
「脱衣所にじ、じ、じいが!! 理玖くんなんとかしてください!!」
「あ!? 脱衣所にじじい!? どんな状況だよそれ!?」
そりゃ脱衣所に急にじじいが湧いたら大問題だわ!! というか人ん家でなにやってんだよじじい!!
「ち、違います!! Gです!! 黒くてテカテカしてカサカサしてるやつです!!」
「退治してよ、りっくん! 早く!!」
「なんだGか……退治って言ってもなぁ、武器がねえし」
「なんかないの!? 雑誌とか、新聞紙とか!!」
「新聞なんか見ねえし金の無駄だし取ってねえよ。雑誌とかもいらないやつは全部処分したばかりだろ?」
「もうっ、理玖くんの現代っ子!!」
「そんな罵倒のされ方ある!?」
まずお前らだってさっき電気代とか諸々の節約って言ってたじゃねえか!! 大体G退治の為に新聞取るとかあり得ねえだろ!!
「陽菜は何か雑誌持ってないよな?」
「持ってないよ! あたしだってこの間処分したばかりだし!! 有彩は!?」
「私もないです!! 靴とかスリッパとか使わない物はないんですか!?」
「元々一人暮らしの俺がそんな余分な物買ってるわけないだろ? 友達だって滅多に来ないからスリッパの予備はねえし」
「りっくんのぼっち!!」
「てめえ表出ろやごらぁ!! 大体お前らが今使ってるスリッパがお客様用だ!! なんならそのスリッパ使うか!?」
俺は別にGの1匹ぐらい放置しといて大丈夫なんだぞ!? このまま放っといてやろうか!?
「何か……何か武器、残ってそうな雑誌……有彩!! あれだよ!!」
「陽菜ちゃん? ……雑誌、雑誌……? あ、そうですね!! あれです!!」
「「
「待てその発想はおかしい」
「だって他に方法ないし!! 大体りっくん大人の本いっぱい持ってるし1冊ぐらいいいじゃん!!」
「お前男子高校生の1冊がどんだけ価値があるか分かってねえな!! あと、俺が残してるってことはあれは俺の厳しい選考を勝ち抜いた、謂わば日本代表だぞ!? G1匹の為に犠牲にしろってのか!?」
「女子高生にその本の価値を理解しろって言う方が無理がありますよ!! 私たちにとってはここが1番の使い所なんです!!」
「そうだよ!! ここで使わずいつ使うって言うのさ!!」
「具体的な使い方は言えないけど絶対にここじゃないってことだけは断言出来るわ!!」
何に使うって、そりゃ……流石に女子にそれを面と向かって言えるメンタルなんて持ってねえよ!!
「だったらあとであたしたちがその本の代わりになる写真用意するから!!」
「お前何言ってんの!?」
「今はそれぐらい切羽詰まってるんです!! お願いします!!」
陽菜と有彩のアレな写真……? そんなもん喉から手が出るぐらい欲しいに決まってる!!
でもそんなん渡されたら顔合わせ辛くなる!! 一緒に住んでるのにそれはきつい!!
俺はどうすればいいんだ!?
「……はぁ、このまま騒がれるのも近所迷惑だしな。写真の約束、忘れんなよ」
数秒ほどの葛藤の末、俺は聖剣……いや、性剣を握ることにした。
大人の本を筒状にして丸めて剣に見立てて持った世界一かっこ悪い勇者の誕生だ。
……表紙を中に丸めれば良かったと死ぬほど後悔してる、だって手元見れば裸の女性と目が合うんだぜ? 集中なんて出来るはずがないだろ?
「敵は脱衣所に……とりあえず洗濯機の下から調べてみるか……?」
陽菜と有彩にはリビングで待機してもらっている。
あの状態でまたパニックになって抱き付かれでもしたら俺も正常でいられる自信がない。
……というかあいつらバスタオルのままじゃねえか。風邪でもひかれたら困るし、とっとと決着着けねえとな。
……洗濯機の下にはいない、あとは洗濯物入れるかごの中……って!! これは!?
「そ、そうだよな。風呂入るってことは服脱ぐってことだし、そりゃ下着があっても不思議じゃないよな……!」
2人もまさかこんな事態になると思ってないから、当然服の間に下着を隠してるなんてことはなく、脱いだ順番的に下着が必然的に上にくるのも頷ける……いや、煩悩退散だ!!
というか普通に着替えが洗濯機の上にも置かれていて、今の俺の状況は前を向けば下着、後ろを向けば下着というぶっちゃけ生殺しもいいところな状態。
そして片手には大人の本を構えている。
前と後ろを下着に囲まれ、片手には大人の本を握っている状況になった奴なんて、世界中できっと俺だけだろう。
要するに他人から見れば完全にど変態だ。
――ん? 今視界の端で何かが動いたような?
「見つけた!! グッバイ、G!! そして俺の大人の本!!」
パシーンッといい音を立て、Gは性剣の餌食に。……またつまらない物を切ってしまった。
「さて、これは厳重に処置して捨てないとな……殺虫剤あんじゃねえかこんちくしょうがぁ!!」
流石に潰れたGを見るのは俺もしんどいから袋にでも包もうと用具入れを開けたら目の前に殺虫剤が!!
なんてこった!! 完全に無駄な犠牲だ!! 俺の
「りっくん、仕留めてくれた?」
「……あぁ、尊い犠牲を払ってな」
なんだこの疲労感……俺は何の為に、貴重な1冊を無駄に……。
「理玖くん……ありがとうございます。その、しゃ、写真の件は……」
「……いや、いいよ。そもそも付き合ってもない同級生の女子にそういうの要求するとか、ただの変態だろ。本ならまた探して買えばいいから」
……あれ? というか同級生の女子に向かってまた大人の本を買います発言してる俺ってやばい?
「いや、あたしたちが言い出したことだから! 約束は守るよ! 撮るったら撮る!!」
「そ、そうですよ!! 理玖くんの大切な本を消費してまで退治してもらったんです!! 今度は私たちが覚悟を見せる番です!!」
「お前らなんでそんなチャレンジャー!? 本当いいって!! あとから顔合わせ辛くなるぞ!?」
「大丈夫!! なんとかなるから!!」
「気合で乗り越えますので!!」
「まさかの精神論!?」
やばい!! こいつら変なテンションに当てられてまともに思考出来てねえ!!
でも、こいつらを納得させる案は……そ、そうだ!!
「……よし、分かった!! だったらお前らのそのバスタオル姿を撮らせてもらおうか!? そのあとしっかりと風呂に入り直せ!! 風邪ひいたら面倒だからな!!」
「いいでしょう、望むところです! さぁ、撮ってください!!」
「りっくん早く!! スマホ!!」
あとで恥ずかしくなっても知らねえからな!? この2人のバスタオル姿なんてそれだけでも価値がある! 童貞
「ほら2人とももっと詰めろ!! はい、撮るぞ!!」
せっかくだから連写で撮ってやる!!
陽菜と有彩がカメラに収まり切ったところでシャッターを切った瞬間だった――。
「――へ?」
「――え?」
「――は?」
――2人のバスタオルが同時に緩み、パサリと地面に落ちたのは。
多分、元々慌ててて、緩かったのもあるんだろうけど……陽菜と有彩がくっついて体が当たったことにより解けてしまったんだろう。
……手元のカメラを見ると、ばっちりとバスタオルが落ちる瞬間が残っていて……無駄に連写にしたせいで、どんどん下に落ちていくバスタオルと共に露わになっていく2人の裸体がなんとも艶めかしいものだった。
「「きゃぁぁぁあああああああ!?」」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおお!?」
「み、見ないで!! りっくん!!」
「あっち向いてください!!」
「お、おおおおう!! すまん!! ……げっ!? ――がっ!?」
慌ててリビングの方に戻ろうと、振り向いて走り出そうとしたらちょっとした段差に躓いて、踏ん張ろうとしたが、廊下には陽菜と有彩が体を拭かずに飛び出してきたせいで水滴がたくさん落ちていて、俺はその水滴に足を滑らせた。
ついでにそのまま勢いよく頭を打って、視界が揺らぐ。
……あ、これ気を失うやつだ。
だったら、せめてさっきの光景だけは忘れてなるものか……!
薄れゆく意識の中で、俺はそう思った。
♦♦♦
「……あれ? 俺いつ寝たんだっけ? 確かGを倒して、あれ? そのあとどうしたんだっけ?」
Gを倒したあとの記憶が全くない……?
ていうかめっちゃ頭痛え……。
「り、りっくん! お、おはよう!!」
「お、おはようございます!! 理玖くん!!」
「へ? あ、おはよう? ……なぁ、昨日のことなんだけど、おいなんで2人とも目を逸らす?」
リビングに入って先に朝飯を食べていた2人にものすごく慌てて挨拶された。
昨日なにがあったのか聞こうとしたら目を逸らされた……何があったんだ?
「俺、昨日Gを倒してからの記憶が無いんだけど……あのあと何があったんだ?」
「え? えっと……ほら! りっくんあたしたちのバスタオル姿を写真に撮ったあと疲れてすぐ寝ちゃったんだよ!!」
「そ、そうですよ!! 相当お疲れだったみたいで!! 今日のご飯は疲労回復効果が見込める物にしますね!!」
……そっか? 確かにスマホの中を確認すると、バスタオル姿の2人の写真が1枚あるし、多分疲れが溜まってたんだろうな。
「まぁいいや。なんか頭が痛いのは気になるけど、俺昨日風呂入ってないんだろ? ちょっとシャワー浴びてくる」
「う、うん!! ごゆっくり~!」
「いやゆっくりしてたら遅刻すんだろうが」
「私はお弁当を準備しておきますので!」
なんか2人とも妙によそよそしいんだよなぁ……やっぱりバスタオル姿を撮られたのが今になって恥ずかしくなったのか?
「りっくん、ピンポイントであそこの記憶だけ忘れてるっぽいね……」
「はい、頭打って気絶したのが幸いだったみたいです……あらかじめ、スマホの中の写真は全部消去して、あとでまた撮り直した物を入れておきましたけど、こんな都合よくあそこの部分だけ忘れるなんてあるんですね……」
「おいなにをコソコソとやってんだよ」
「り、りっくんには関係ないから早くお風呂入ってきてよ!!」
「さ、さあ~て!! 張り切ってお弁当作りますよ~!」
……いや、本当なんなんだよ。
2人の態度に疑問を抱えながら、俺は首を傾げつつ浴室に向かった。
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