第9話 妹は気難しく、弟はモテたいお年頃

「なぁ、このあと理玖の家でゲームしようぜ」


 4月も下旬に入り、桜の花びらの中に緑色が目立ち始めたとある日の平日。

 いつもなら金属バットかバールを片手に俺を襲い来る和仁と一緒に下校していると、そんな提案をされた。


「おう。いい――わけねえだろ身の程を知れ」


「なんでだよ!? 俺とお前の間にそこまで身分の格差ねえだろうが!! 何様だてめえ!!」


 あっぶねえ……いつもの癖でつい和仁が家に来ることを承諾しそうになってしまった。

 同棲生活をしている以上、なにがなんでもこいつを家に上げるわけにはいかない。

 もし、俺の秘密がバレたらマンションに放火されかねないからな……。


 誤魔化す代わりに和仁を罵倒してしまったが、まぁ別にいいだろう。


「……あれ? 陽菜? あいつまだ帰ってなかったのか」


「お? なんだ? 実は待ち合わせしてましたってか? ちょっと校舎裏行こうぜ」


「急に臨戦態勢に入るな!! てかどっから出した!? その釘バット!!」


 何気に武器もグレードアップしてるあたりこいつの本気度が伺える!!

 返答を誤ればすぐにでも躊躇いなく脳天に向かってフルスイングしてくるやつだ!!


「待て、よく見ろ!! 校門の陰で死角になってる所に誰かいるだろうが!! 陽菜はそいつと話してる!!」


「なんだそうか……いや、あれ男と話してねえか? 高嶋さんめっちゃ笑顔じゃねえか? ……おい磯野、ちょっとあの野郎と野球しようぜ」


「落ち着け中島。絶対に相手の野郎で野球をする気だろ」


 一文字変えるだけであら不思議、殺戮現場に大変身だ。

 日本語って奥が深い。


 というかあいつ凛じゃねえか。

 学校帰りか?


「……和仁。あれは陽菜の弟だ」


「なに? ……ってことはあいつあんな可愛いお姉さんと1つ屋根の下か……処すには十分な理由だな」


「流石に家族に手を出すと陽菜もキレるし、お前今後口きいてもらえなくなるぞ。仲良くしておいた方が陽菜の心象もよくなるんじゃね?」


「高嶋弟!! 野球しようぜ!!」


 和仁はそう言うと陽菜と凛の元に颯爽と走っていく。

 あいつにとっては野郎の制裁よりも女子に好かれることの方が大事らしい。


「えぇ!? ちょっ、なんすかあんた!! ……あ! 理玖兄ちゃん! 久しぶりっす!!」


「おー、凛。元気にしてたか?」


「はい!! 理玖兄ちゃんも元気そうで何よりっす!!」


 人懐っこい笑顔を浮かべたこいつは高嶋凛たかしまりん

 中学2年生でまだまだあどけなさが残る顔つきに、陽菜と同じく童顔なので更に幼く見える。

 明るめの茶髪が無造作風にくしゃっとなってる髪質が特徴だ。


「えっと、それでそっちの人は? 理玖兄ちゃんの友達っすか?」


「俺は桐島和仁、君のお姉さんとは仲良くさせてもらってるよ」


 なんだその気持ち悪い話し方は……。

 今にも君の将来のお義兄さんだ、とか言い出しそう。


「そうなんすか!? 姉ちゃん理玖兄ちゃんのことしか興味ないと――姉ちゃん?」


 なんだ? 陽菜が凛の胸元を掴んだ……あ、まさか!?


「おいしょー!!」


「大外刈りぃ!?」


 陽菜は見事な重心の崩しから、凛の足を刈り取ってコンクリートに叩きつけた。

 久しぶりに見たな……陽菜の技。


 陽菜の父さんは元柔道経験者で娘に何があってもいいように護身術の一環としていくつか簡単な技を教え込んでいるらしい。


 たまに凛が余計なことを口走った時に口封じように使われている。

 ……つまりなにか余計なことを言おうとしたんだな? 俺に興味がないとかなんとか……。


「痛ぇな姉ちゃん!! なにすんだよ!!」


「本当に言わなきゃ分からない?」


「――はい、すんませんした」


 凛はちゃんと受け身を取って尻もちを着いた状態から一転して、すぐさま土下座の体勢に移行した。

 

 受け身を取ったとはいえ、コンクリートに叩きつけられて一瞬で動けるようになるってこいつ相変わらず頑丈だな。


「――アンタ、なにバカなことやってんのよ」


「あ、蘭。お帰り~」


「まだ家じゃないし、大体お姉も今から帰るんでしょ」


 土下座をする凛に対して、ゴミを見る目を向けながら近づいてきたのは陽菜の妹でもあり、凛の双子の妹でもある、高嶋蘭たかしまらんだった。


 姉より少し長めのボブカットに明るめの茶髪、前髪が所謂姫カットになっているのが特徴的な髪形。

 

 中学2年生にしては立派なものを胸に付けていて、身長も陽菜よりも高い。

 まぁ、そもそも陽菜が少し小さいだけなんだけどな。


「蘭も久しぶり。学年が上がって会うのは初めてだっけか?」


「……そうね、理玖も相変わらず間抜けそうな面しててホッとしたわ」


 のっけからいいパンチ打ってくんなぁ……中学校上がるまではあんなに素直で可愛かったのに。

 今だって警戒してるのか、一定以上の距離は近づいてこないし。


「こら、ダメでしょ蘭。りっくんに対してそんなこと言っちゃ」


「……ふん、いいから帰ろうよお姉」


「蘭は照れてるだけだって! いつも家じゃ理玖兄ちゃんの話ばかり――」


「――歯を食いしばりなさい」


「大内刈りぃ!?」


 当然、蘭も高嶋のおじさんから護身術として柔道技を教えられているわけだ。

 陽菜に負けず劣らずの足さばきで凛を地面に叩きつけた蘭は、凛を刺殺さんばかりに睨んでいる。


「――次、同じ空気吸ったら殺すから」


「次言ったらとかじゃねえんだ!? 理玖兄ちゃん助けて!!」


「強く生きろ」


「今から殺されそうなんすけど!?」


 凛は投げられすぎて受け身だけなら上手いし、身体だって丈夫だ。

 でも、基本的に高嶋のおじさんは凛には厳しく、娘2人には甘い。


 何かあったら大変だからという理由で陽菜と蘭には技を教えているが、凛に対してはテメーの身ぐらいテメーで守れ、甘ったれんなと言ったらしい。

 超スパルタ。


 そんな娘大好きな父親がよく陽菜が俺と同棲することを許したなって思うが、答えは単純に母親と娘たちには頭が上がらないから。

 あと、昔から俺のことも知ってるしこれでもそこそこ信頼されてるっていうのがでかい。


「……高嶋さんの妹さん。俺は桐島和仁。お姉さんとはクラスメイトでいつも仲良くさせてもらってるよ」


 だからなんだその気持ち悪い話し方は、ぶん殴るぞ。

 明らかにイケボを出そうとして作ってる感がクソ気持ち悪い。


「……は? なにアンタ、キモイんですけど」


「うぐあぁっ!?」


 和仁は胸を押さえて膝から崩れ落ちた。

 鋭すぎる切れ味の口撃に耐え切れなかったようだ。

 まぁ、普通に可愛い中学生の女子からキモイって言われれば俺もああなる自信がある。


「おし、ゴミも片付いたし帰るか」


「……あの人って友達じゃないんすか?」


「記憶にない。いいから帰ろうぜ」


 ピクリとも動かなくなった和仁に背を向けて足早にその場を去ると、俺と和仁を見比べるようにしていた凛も小走りで追ってきた。


 そのまましばらく、4人で並んで家までの道のりを歩く。


「そう言えば、今日は有彩は?」


「図書室に寄ったあと、編集者と打ち合わせだってさ。今日は俺が晩飯当番だし帰りに何か買って帰らないとな」


「あたしも手伝うよ? 料理の方も」


「それはやめろ。頼むからジッとしててくれ」


 そう言うと陽菜は頬を膨らませてむくれてしまった。

 そんな反応されてもダメなものはダメ。


「お姉に料理は無理だって。あたしたちが食中毒になったのお姉のせいなんだから」


「えっ!? あれって食材が悪かったわけじゃないの!?」


「悪いのはお前の舌と頭と料理の腕だ」


「もう姉ちゃんの料理は嫌だ……理玖兄ちゃん、絶対に姉ちゃんには料理させちゃダメっすからね!?」


 言われなくても絶対にキッチンには立たせない。

 でも、俺がいない間に勝手にやらかす可能性があるからその時は逃げる。


 ちなみに、蘭は陽菜と違って普通に料理が出来る。というか上手い。


「凛まで酷いよぉ!!」


「酷いのは姉ちゃんの腕だって!!」


「理玖、アンタお姉に教えてあげたら?」


「なにを? 現実を? それとも料理を?」


 大体俺も教えられるぐらい上手いわけじゃねえし。

 最近はちょっとずつ出来るようにはなってるけど、結局は有彩の飯が1番美味いし。


「凛、アンタも理玖を見習って料理ぐらいやりなさいよ」


「えー? 料理なんて女々しくて絶対モテねえじゃん!」


「いつもアンタがやってるモテようと頑張ってる行動よりはモテるわよ。大体アンタ皆からモテようと必死なのが透けて見えるから逆にカッコ悪いって言われてるわよ」


「え!? マジで!?」


「あー、狙ってやってるんだろうなーって思うことあるねー。女子は結構そういうの敏感なんだよ?」


「あと、アンタ女子と話す時胸見過ぎなのもキモいから。クラスの子もいつも見られてるって言ってたわよ」


「お前なんでそういうの言っちゃうわけ!? なんかもう明日からどんな顔して話せばいいか分かんねえじゃん!! 墓場まで持って行って欲しかったわ!!」


「キモがられるんだったらもう話さなくていいんじゃね? はい解決」


 凛は本当にバカだな……。

 そういうのはあからさまに見るから気付かれるんだ。もっと気付かれない程度に一瞬チラ見するレベルで頑張って網膜に焼き付けんだよ。


「あと、アンタが変な本を隠してることお母さん知ってるからね? 場所も大体分かってるらしいし」


「なんでだよ!? それこそもう顔合わせ辛えよ!!」


「前にお父さんが見つけて凛にはこういうのはまだ早いから没収だって言って自分の物にしようとしてたことがあって、それがお母さんに見つかってお母さんマジギレしたことあったよねー」


「何やってんだあのクソ親父!! ……もしかして親父の晩飯がたくあんだったのって……」


「そそ。お母さんの逆鱗に触れましたーってね。お父さんもいい歳して童貞のアンタや理玖みたいなことしないで欲しいわ」


 よく分からないけど、高島家も色々と大変らしい。

 ついでに1番立場が低いのがおじさんか凛ってことみたいだ。


 あとなんか俺も童貞呼ばわりされて心折れそう……。


「……じゃ、俺たちスーパー寄って帰るから。行くぞ、陽菜」


「あ、うん! 2人とも帰り道は気を付けるように!!」


 さて、今日は何を作ろうかな……。


♦︎♦︎♦︎


「にしても理玖兄ちゃんと姉ちゃんが同棲かー……付き合っても無いのにな」


 姉ちゃんたちと別れたあと、俺たちは微妙に距離を空けて、その距離を維持して歩いていた。


「……ねえ、凛」


「なんだよ、蘭」


「……ど、どうしよう。理玖の前で童貞とか言っちゃって、えっちではしたない子だって思われたりしてないわよね!?」


 なんで急にこんなことで狼狽え始めるんだよ……。


「お前さぁ、照れ隠しで理玖兄ちゃんに辛辣に接するのやめたら?」


「簡単にやめられたら苦労しないわよ!! あーもう!! 絶対変な子だって思われてる!!」


 見ての通り、蘭は理玖兄ちゃんのことが好きらしい。

 元々気が強い奴ではあったけど、最近は思春期に入ったこともあって、照れ隠しで理玖兄ちゃんに対して強く当たっては後悔するって流れがお約束だ。


「……でもいいのよ。どう見たってお姉とあたしならお姉を選ぶだろうし。お姉と理玖はお似合いなんだから」


「だから泣きそうになるぐらいなら、姉ちゃんに遠慮みたいな真似すんなって」


「うっさいわね童貞!! あたしはどうやったってお姉には勝てないんだから! せめて理玖とお姉がくっついてくれないとあたしが報われないじゃない!!」


「今俺が童貞とかどうとか関係ねえだろ!? お前そういうとこだぞ!!」


「……お姉にあたしが理玖のこと好きとか知られたらお姉のことだから気を遣いかねないんだから、やっぱりこれでいいのよ」


 涙ぐみながら先を歩く蘭が言った今の言葉に対しては疑問持たざるを得ないわ。


 理玖兄ちゃん大好きな姉ちゃんが身内だろうと理玖兄ちゃんを譲るなんてことするわけねえだろうし。


 それに、姉ちゃんなら蘭の気持ちに気付いてる可能性の方が高くね?


 姉ちゃんも蘭のことはよく分かってるから、自分が言ったら意地張って否定するって知ってて蘭が自分で動くのを待ってるのかもしれねえし。


 ……ま、俺には関係ねえけど、正直八つ当たりされるのも面倒だし、ちゃんと話聞いてやれるのは俺しかいないからな。


 ――本当、うちの女性陣は面倒くせえわ。


 早歩きで去っていく蘭を見ながら、俺は密かにため息を吐いた。

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