第3話 アデルとの思い出

 僕が元妻のアデルと出会ったのはさすらいの吟遊詩人だったころの話だ。諸国を廻り冒険譚を歌い時には剣を振るう。僕はそんな10代を送っていた。今私が住んでいる武装商業王国ロベトゥームに辿り着き酒場でいつものように歌っていた時、彼女から話かけてきたのだ。


「旅の吟遊詩人さん、素敵な歌声ですね。一杯奢らせてもらうね。」

 アデルはロベトゥームの元首の娘とは思えないほど気さくな少女だった。彼女は妾腹の子で平民のように生活してたからかもしれない。元首の正妻には三人の息子がいたが、僕が知る限り娘はアデルだけだった。おそらくそれが元首のファベルがアデルを溺愛する理由であろうし、僕を離婚させてまで孫を望んだ訳でもあるのだろう。


「ありがとう。この街は小さな島国の王国とは思えないほど栄えているね。帝都にはさすがに規模で負けるけど、信じられないほど人々の顔が明るい、なにか秘密でもあるの?」

 ロベトゥーム王国は島国の商業都市国家だった。そして、その繁栄は盛んな貿易からなる。また精巧な銃器が特産であり、性能の高い武器を求めて、あちこちの陣営から引っ張りだこな王国ではあるが、貿易立国であるため中立を守ってきた。


「商売がうまくいっているからでしょうね?そんなことより、踊れる?歌えるなら踊れるよね?」

 とアデルから一緒に踊るように誘われたっけ。


 彼女と踊り、諸国のことを話しているうちに、夜は更けた。アデルは僕が語るまだ彼女が知らぬ世界の見聞に目を輝かしていたな。彼女は僕の話を聞きに毎日のように僕が逗留する酒場に訪れてくれた。僕は彼女の純粋な世界に対する好奇心を眩しく感じた。彼女が僕の話に聞き入っている時、まるで僕に関心を持ってくれているように思えたから。


 そして、時は過ぎ僕はこの街を旅立とうと思ったんだ。だからアデルにさよならを言った。すると、


「お願い、この街を去らないで。ロベトゥームは良いところよ?私、リハドさんと別れたくないっ」

 それは力強い告白だった。同時に彼女は僕に結婚を申し出た。

「私を一人にしないで。ね。この街で幸せに暮らしましょう」

 僕は断ろうと思った。所詮旅の吟遊詩人。アウトローだ。そんな僕と結婚するなんて

「僕はアウトローだし、アデルさんを幸せにできないよ」

 と自信なさげに言った。そうすれば引き下がると思ったのだ。しかし、アデルは純真で芯の強い女性だった。

「なら、近衛騎士にお父様に推挙してもらいます。近衛兵団を統率するラカ家は跡取り息子に困っていたはず。大丈夫、任せてください。リハドさん、一緒に幸せになりましょう」

 僕は笑っていた。ただの町娘のアデルの父にそんな力があるとは思えなかったから。だってまさか街の元首の娘だなんて思わないだろ?でも元首のファベルはアデルを溺愛していた。そして、ファベルが「やれ」といえば、ロベトゥームで動かぬ者はなかったんだ。


 そうして、僕はラカ家というこの王国の貴族の養子になり、ご立派な身分の人間としてアデルと結婚することになったんだ。今から十年前の話、僕は十八歳だった。アデルは十四歳だった。まさか、十年の間に子供が一人もできない上に、元首にそれを影で咎められ、離婚工作をされるなんて思わなかったけどな。


 アデルはすぐには僕が浮気をしたという事実を認めようとはしなかったが、徐々に現実を知り、元首の「離婚するように」という言葉に逆らう気力はなくなっていたようだった。


 いくら工作で執拗に迫られたとはいえ毒蛇のような女のマーリナに手を出してしまった僕はどのみち弁明の余地もないのかもしれない。でも、アデルに最後に直接会って「真実」を伝えることはできないだろうか?僕は彼女を良く知っている。純真で芯が強く寛容な女の子だ。きっと、僕が嵌められたと知れば許してくれる。


 そうだ。僕はファルカシュの女達、絶望の花束の隙をいつか突いて、アデルに会いに行こう。証拠もなしにアデルが信じてくれるかどうかはわからない。でも、少なくとも、そうすることで僕はこの惨めな気持ちが晴れると思った。


 そのためにも絶望の花束の女たちの信頼をまずは得なければならない。僕が結社に馴染まぬ間は、彼女たちが僕に隙を与えるわけもないだろうから。少なくとも「訓練相手」として利用価値がある間は消されないだろう。


 今夜から僕はもう彼女たちから逃げたりはしない。






























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秘密結社「絶望の花束」 〜性悪美少女は男をハニートラップに嵌める〜 広田こお @hirota_koo

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