第9話 萌えろ!「交通安全運動」

「『秋の交通安全運動』の期間が、いよいよ今月末に迫って来たな」

「期間中、管内の交通事故件数を何としても『ゼロ』にしなくてはならない」

 十年一日のように繰り返される、幹部会で交わされる会話。

「警ら、取り締まり、通勤通学時間の交差点での立哨と、例年どおり課を挙げて全力で取り組みます」

 目付きの鋭い交通機動隊あがりの交通課長が、上体を微動だにせずに、幹部連に視線を投げる。

「まあ、出来ることと言ったらそれくらいなんだが。交通安全教育の方はどうなってる?」

「はい、管内の小中学校で婦警とマスコットによる啓発授業を実施します」

 署長の問いに間髪入れず返答する総務課長。

「変わり映えせんなあ」

「いえ、今回はマスコット二体を出動させます」

「ああ、女性キャラな。『ピー…』なんだっけ?」

「『ピークル』であります」

「なんか、そんな飲み物があったな。うちのも飲んでた」

「それは『ピルク○』かと思います」

「そんなことは答えんでいい」

 副署長の不機嫌な声が会議室に響く。

「うーん、別に無理して新しいことをしろと言う訳じゃないんだが。もうちょっと、こう何か、な」

 沈黙に包まれる会議室。

「また女子高生の知恵でも借りるか」

「いや、署長、それは、いかがかと」

「まあ、いいじゃないか。子どものことは子どもの意見も聞いてみるもんだ」


「えー、またあ。いいけど、ちょっと安易じゃない」

「署長のご意向だ」

「署長さん、好きだけどさあ。で、何するの」

「小中学校での交通安全教育だ」

「え、あれえ?やだ、あんなダルいのやらない」

「いや、やってくれと言うんじゃなくて、何か小中学生に響くようないい知恵を」

「中坊が何喜ぶかなんて知らないわ」

「お菓子は当たったじゃないか」

「スイーツは女子向け。ガキんちょ相手にした訳じゃないわ」

「そう言わず」

「だいたい、あの腹話術とか、やめた方がいいよ。見てて気の毒で」

「気の毒?」

「だって、みんな『いっこ○堂』とか見てるでしょ。素人じゃね」

「うけてるのかと思った」

「今どきの子、大人だから」

「じゃあ、どうすれば」

「知らないわよ。とりあえず、着ぐるみでも出してお茶濁しとけば」

「着ぐるみは出る。それも二体」

「『体』言うな。でも、あの子たちもなあ。ピークルちゃんはいいとしても、ピーコロはちょっと」

「なに?」

「可愛くないし。なんかさあ、汚いんだな。洗ったことないでしょ」

「ファブリーズはしてる」

「はー。そうじゃなくて。そうねえ、今回はピーコロはお休みしてもらって、もう一人新キャラでも作ってみる?」


 三日後、署長室。

「では、署長、マスコットの新しいキャラクター候補をご検分いただきます」

「そう堅苦しくせずに。さあ、入って」

 観音開きのドアが署員によって内側にさっと開かれる。

 入ってきたのは純白の超ミニのフリフリドレスを身にまとった女子。

「うちの演劇部の部長です、署長さん」

「初めまして署長さん。『○○に代わって、お仕置きよ!』」

 スティック振り回してのいきなりのセリフに、一同思わず暴漢制圧体勢に。

「ごめんなさい。これ『セ○ラ○ムーン』のパロディの登場人物なんで」

 半笑いで説明する女子高生。

「おお、観たことあるぞ。娘が子どもの頃、テレビでやってたな」

「今もやってますよ」

「でも、これはNHKで放送された大人版にインスパイアされて創作したものなんです」

 いらんところに力が入る演劇部長。もちろん、室内の一同の反応はなし。

「あなたが今回の交通安全教育にご協力いただけるということですかな」

「ええ、喜んで」

「それは頼もしい。ぜひ、お願いしたい」


「あっさりOKが出たわね」

「うん、まあな。それにしても、よくこんなすぐにキャラクター作れたな」

「このために作ったわけじゃないわ。来月の文化祭で演劇部がやるのを持ってきただけ」

「『セ○ラー○ーン』か」

「『○ーラーム○ン・オミクロン』っていうのをやるんだって」

「オミクロン?」

「『なんとか・Z』とか、あるじゃない。そういうノリ。あたしはひねり過ぎだと思うんだけどね」

「確かに、あんまり穏当じゃないような気がする。ところで、権利関係みたいのは大丈夫なのか」

「平気よ。たかが高校の文化祭だし」

「でも、こっちは警察のキャラクターだぞ」

「別に『セ○ラーム○ン』って名乗る訳じゃないでしょ」

「そりゃそうだが」


 それから十日ほど後、管内のとある中学校で。

「それでは、マスコットちゃんたちを呼びましょう。ピークルちゃ-ん。そしてピーギャルちゃん」

「『ピーギャル』ってなに?つけたの誰?」

「いやあ、なんか警ら部長が…」

「反対しなかったの、誰も」

「署長も良いって」

「『おやじ』か、まあみんなおやじだけど」

 けれど、名前はさておき、生徒たちには大好評。

 演劇部長もノリノリ。

 ピークルちゃんと自転車二人乗りしてひとこと叫ぶ。

「ダメだぞお、二ケツはあ」

 あげくに派手に転んでみせるも、自分はひらりと着地。

 一方、ピーグルちゃんは、あわれ自転車の下敷き。

「あれ、中の人大丈夫?」

「ああ、屈強な野郎が入ってるから」

「げっ!さっき女子に抱きつかれてたじゃん」

「こっちからは手出さないように厳命されてる」

「そういう問題じゃない!」

 そうこうするうちに、無事、交通安全啓発授業も終了。

「みなさーん、今日はありがとう!来月、○○女子の文化祭でお芝居やるから観に来てねえ、ぜったいよお。来ないと『お仕置きよ!』」

 演劇部長、最後にちゃっかり宣伝をぶちかます。

 もちろん、啓発授業の中で『セーラ○ムー○』の名前は絶対出さないようにと強く釘を刺されていたのでそれは守った、のかな、かろうじて。


 後日、文化祭の演劇『セー○ー○ーン・オミクロン』が過去に例のないほどの大盛況のうちに上演されたという噂が警察署にも聞こえてきた。もっとも、主役に向かって「ピーギャル」!の声がさかんに掛けられていたことまでは伝えられなかったらしい、たぶん意図的に。


「次の『春の交通安全運動』にも、『ピーギャル』ちゃん、来てくれるかな」

「無理だと思う。部長、卒業しちゃうもん」

「ええー、一番の人気キャラなのに」

「別にいいじゃん、ほかの人がやれば」

「誰がやるんだよ。二十五過ぎてあのカッコは、ちょっと…。うち年齢高いから」

「差別う!投げ飛ばされるわよ、ホントに」

「いや、『痛い』って、見てる方が、マジで。そもそもやりたがるヤツなんて誰も」

「じゃあ、あなたがやれば、スネ毛剃って。脱毛流行りだし」

「冗談じゃない、やめてくれ」

「えー、けっこうイケるかもよ。可愛い顔してるし、ね、トオルちゃん」

「石川だ。石川巡査長」

「はいはい、巡査長さん」

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