転1話 はぁ!? 天賦がないんですけど!!
とある高校の一教室。
時間がお昼ということもあり、お弁当を机の上に置き、友人らと一緒に食べている者が殆どだ。
そんな中、一人でご飯を食べている……いや、飲んでいると言った方が良いだろう。
栄養補給食品として販売されているゼリー飲料をゴキュゴキュと飲み干し、机の中からノートと教科書を出して先程までの授業の復習を始める彼は
クラスの中で地味に過ごしている優等生である。
彼の容姿はそこまで良くは無い。寧ろ、〝勉強が出来るオタク〟という認識がクラスの中で浸透している為、それも相成ってクラスメイト──特に男子からの評価は悪い。
そんな彼の下へ、とてとてと歩いてくる一つの影があった。
「にゃー」
背中にハートマークのある三毛猫である。
彼女は慶伊の足下に寄ると、頭をすりすりと擦り付けて「みゃー」と鳴く。
慶伊はその猫を抱き抱えて頭を撫でた。
「……お前、どこから来たんだ? ここは学校だぞ。入ってきちゃダメじゃないか」
その言葉に答えるように「にゃー!」と目を細めながら鳴いた。
クラスメイトはその様子を、不思議な物を見るかのように見ている。
慶伊と猫が暫く見つめ合っていると突然、猫が「みゃぁッ!」と鳴いて、慶伊の懐からぴょんと飛び降り、教室の中央に居た
「え!? なんで俺が威嚇されてんの!?」
と、驚く祐人を尻目に、猫の毛はどんどんと逆立ち、獲物に襲い掛かる体制を取る。
次の瞬間、突然に光り輝く五芒星──魔法陣が祐人の足下に出現し、教室中を光で包み込んでしまった。
「……仕方ないにゃあ。おとーさんの尻拭いはうちに任せるにゃ。《遍く精霊よ・我が
慶伊はただ一人、その言葉を聞いてから意識を失った。
生徒達を包み込んだ魔法陣の光が収束すると、そこには生徒のみが突然消えたことを示すように学校の備品に加え、弁当箱や筆記用具だけが残っていたのだった。
これが後に史上最大の集団失踪誘拐事件として、後世に語り継がれるのであった。
☆★☆★☆
次に彼らが覚醒したのは、床に巨大な魔法陣が描かれた大理石の部屋であった。
そこには先程まで教室にいた生徒達が座り込んだり、倒れたりしていた。
一方、猫はと言うと転移の瞬間から転移の終了まで起きており
(どうするにゃ? 洗脳系の魔術の気配を感じるにゃ。……洗脳に掛かってにゃいのはうちが加護したさっきの男の子だけにゃ。
このまま抜け出して逃げるというのも手だにゃ。……取り敢えず、もうしばらくここで様子見にゃ。というか、転移が終わったらしっぽも猫耳も付いてにゃい美少女ににゃってたのは流石にびっくりしたにゃ。急いで猫の姿に戻したけどにゃ……。
いやぁ、転移の瞬間に魔術耐性を高めておいて良かったにゃ。……多分、おとーさんはこっちの世界に来てくれるはずにゃ……。にゃら、うちは陰から助けるだけにゃ!)
と慶伊の影に隠れながら心の中で考えていたりする。
猫は隙を見て光の精霊に頼み、光を歪曲させて姿を消す。
暫くすると生徒全員が目を覚まし、聖職者らしきハゲ男が部屋の中に入ってきた。
どうやら召喚した理由などの話を始めるようだ。
猫は魔力の流れを見る為に、意識を集中させる。すると、聖職者らしきハゲから慶伊以外の生徒へと魔力の繋がりが伸び、その繋がりはそのハゲを通して上へ、天へと登っていくのが見えた。
(これは……次元を超えて伸びてるにゃ。やっぱり、おとーさん案件にゃ)
「皆様、突然の事で申し訳ありません。わたくしは当教会で司祭を務めております、エルディ=クレイトンというものです」
観察眼を持つものからすればその笑顔が上から貼っつけただけの偽りのものだと分かっただろう。しかし、今、この部屋には洗脳され、そんな思考を出来る人間はいなかった。
勿論、転移直前に精霊の【加護】を付けられた慶伊に洗脳は効いていない。しかし、平和ボケした日本人が観察眼など持つ訳もなく、偽りの笑顔に気付くことは無かった。
生徒達は
謁見の間に移動している間も、エルディは〝神とは如何に素晴らしい存在なのか〟やら〝如何に尊いものなのか〟等々、正直、一般人が聞けば怪しい宗教みたいなことを延々と話し続けた。
猫はそれを聞きながらウンザリした様子で「うちのおとーさんの方がすごいにゃ……。こんにゃ神にゃんてクソ喰らえにゃ」と呟いていた。
「此度はこちらの都合で──」
などと、ありきたりな謝罪文を述べ、何故この世界に呼んだのかを説明し始める。
相変わらず、猫は怪訝な様子で魔力の流れを追っており、司祭から国王へと延びる
「《
猫が誰にも聞こえないように小さく呟いて世界の構成情報を覗き見る。
(……ふむ。おとーさんから貰った権限で調べたところ、にゃにやら〝ステータス〟というシステムがこの世界に組み込まれてるにゃ。ナムルス様にゃら絶対に付けないシステムにゃ。
えーと、ステータスへのアクセス権をバレないようにクラックして……よしにゃ。
どれどれ~……へぇ、召喚前、魔力の渦が長谷川にゃる少年に巻き付いたと思って、思わず唸ったけど、勇者ねぇ。これは要調査にゃ。
後は、うちの子にゃ。えーと、うげっ、これ、バレたらやばそうにゃ。
【神殺し】……神へと至らんとする至高の存在……秘匿決定にゃ。ステータス関連は少しだけ弄らせてもらうにゃ。……てか、これは天賦じゃないにゃ。
確かに、字面だけ見ると〝天賦〟であってるにゃ。けど、中身はどちらかと言うと〝適職〟とか〝天職〟とか、そんにゃ感じにゃ。いや、神が【神殺し】を天賦としてる時点で……そう言えば神の子のおとーさんも【神殺し】だったにゃ。
取り敢えず、秘匿するのは天賦だけでいいかにゃ。加護はバレても問題にゃさそうにゃ。後は、自分の口で喋っちゃわにゃいように〝天賦〟は〝
と、自らの父が来るまで、助けた少年を何とかして生かそうとする猫であった。
☆★☆★☆
国王がこの国の状況を粗方伝え終えると「で、どうだろうか?」などと聞いてきた。
なんだコイツは。俺たちをいきなり呼び出して世界を救えだって? 巫山戯るのも大概にしろ。ここは勿論みんなも断──
「やります!」
──は? 何処のどいつだ、そんな馬鹿な事をほざいてる奴は。……うっわ、長谷川かよ。あいつ、俺よりも頭ん中お花畑なのか? オタクの俺も大概だが、あいつよりはマシだな。
「俺はやら──」
「長谷川くんがやるなら私もやる!」
「おう、そうだな! 祐人がやるんなら俺らもやるぜ!」
と、クラスのアイドル的存在の八木結衣を始めとし、井坂誠や吉澤健太郎等のクラスの陽キャという陽キャが賛成し始める。
それだけならまだ良かったのだが、クラスのどちらかと言えば陰キャに該当する奴らも賛成し始めた。
……何処か違和感があるが、今はそれどころじゃない。だけど、暫くは様子を見た方が良さそうだ。取り敢えず、本当に召喚されたと仮定して、この世界がどんな世界なのかを調べないと。抜け出すのはそれからだ。
今の時点で予測出来ることは〝地球にはなかった魔法のような何かがある〟ということぐらいか。
っと、考えていたら何時の間にか俺たち全員が協力することになってる。
えーと、この銀色のプレートを持ってステータスオープンと唱える? 何処ぞのラノベだよ。マジで。
どれどれ
「ステータスオープン」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
羽山慶伊 17歳 男 レベル:1
天賦:なし(上位権限により秘匿中)
筋力:50
体力:50
耐性:50
俊敏:50
魔力:150
魔力耐性:150
技能:言語理解
称号:猫又の加護・精霊の加護
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
はい? えっ、えぇ?? ちょっとツッコミどころしかないんだけど。
まず始めに、天賦がないってなんなの? いや、分かるよ? 何となく意味は分かるけど、召喚されたんだよ、俺。なのにないの? 天賦の才的なやつ。
次に、上位権限により秘匿中ってなんなの!? てか、そもそも上位権限ってなんだよ! なんだ、誰か俺たちの事を見てるのか!?
取り敢えず、その某が見ているとして、人の天賦を秘匿する理由ってなんだよ! なに、「天賦がないなんて可哀想www温情で隠しといてあげるよwww」ってか!?
うっせぇーよヴァーカ!!!!!!
よし。後は、言語理解は分かる。そりゃ、地球とここでは言語は違うだろうしね。その次。猫又の加護と精霊の加護ってなに!?
え? 俺ってばいつの間にか猫又と精霊に愛されてたの? いやぁ、照れますなぁ……じゃねぇよ! ここに来てから殆ど経ってないからこの世界の猫又に愛される理由がない。精霊も多分、そうだ。
ん? てことは、地球に猫又とか精霊とかがガチでいたの? え?? なに、そんなファンタジーでスピリチュアルな世界だったの、地球って。ちょっと日本に戻りたくなってきた。
おほん。ええと、話を聞く限り、この世界の平均的なレベル一のステータスは十。なら、その五倍の俺はちょっと毛が生えた程度か。後は……魔力と魔力耐性が十五倍か。てことは魔法的な何かは結構使えそうだな。
「取り敢えず、今日は部屋でゆっくりと休んでもらいたい。明日からは訓練をしてもらいたい。訓練には我が騎士団の団長、イアン=リードが務める。いくら勇者様と言えど基礎が身についていなければ道端の小石と同じである」
……無言は肯定、か。
だが、今行動したとて意味は無い。排斥されるのがオチだな。
「皆様、私について来てください。お部屋までご案内致します」
いつの間にか現れていた白髪の男性がそう言って俺たちを部屋に案内し始めた。
これから先、一体どうなることやら……。
☆★☆★☆
次の日、朝から騎士団長イアンさんの訓練が始まった。
「祐人! そうじゃない! 引き切るんじゃない! 叩き切るんだ!!」
という、イアン団長の声が響く。
やっぱり、刀とは違ってロングソードは叩き切るのか……。
「こらっ! 羽山君! 意識を他のことに向けない! 【ウォーターボール】の形が崩れてるわよ!」
「す、すみません!」
宮廷魔法師のヘルティアさんに怒られてしまった。
〝天賦〟がない (正確には何者かに秘匿されている) 俺だが、魔力が高いことから導師ヘルティアに魔法を教わることになった。
魔法ってめちゃくちゃ難しくて面倒くさいんだな……集中力をめちゃ使うんだよな。
それに、魔法陣がなければ自己強化魔法すら使えない。いちいち、魔法陣を書くか予め用意しておく必要があるんだ。
「うん、集中力が欠けるのは直す必要があるけど及第点ね」
「あ、ありがとうございます」
「次は【ファイアボール】ね。【ウォーターボール】よりも難しいわよ!」
「……表面張力が働かないから定形し難いってことですか?」
「その〝ひょうめんちょうりょく〟ってのは何か分からないけど、炎は魔力で維持し続けないと、すぐに消えちゃうのよ。水は撃ち放ってしまえば魔力で少しコーティングするだけで形を保ち続けられるのよ。こう、魔力が漏れだしにくいっていうの? 炎だと、次々と外側に出ていく魔力が水だと出ていきにくいのよね。ま、使ってみる方が早いわね。呪文は《炎よ・ここに集いて・形を成せ》で、魔法陣はこんな感じよ」
ヘルティアさんが地面に五芒星を描き、そこに
それを見て、見様見真似で魔法陣を写していく。
「よし、出来た。《炎よ・ここに集いて・形を成せ》」
掌に魔力が集まり、次第に橙色へと染まっていく。
暫くすると、炎が出現して形を成した。
「……すごい……一回で炎を生み出すなんて……」
「ええと、魔力で炎を包むイメージ……イメージ……イメージしにくい……砂をラップで包むイメージなら……」
ラップで包むイメージをした所で炎が丸くなり形を保つようになる。
「す、すみません、これ、どうすれば……ここで解除すると暴走するような気がするんですが……」
「そ、それはまずいわね。どれぐらい持ちそう?」
「三十秒……いえ、一分はいけます」
「結衣! そこに置いてある標的を端っこに持って行って設置して!」
「は、はいっ!」
ヘルティアさんに指示されて八木が的を持って行く。
八木が標的を設置し終えると、腕で大きく丸を作ってから逃げるようにしてこっちに走って戻ってくる。
「もういいわよ。撃ち方は?」
「なんとなくなら分かります」
「よし、なら思うように撃ちなさい!」
「はいっ!」
ええと、装薬の要領でファイアボールの後ろ側……俺の掌に魔力を集めて、銃の撃鉄の様に撃ち放つ。
小さな爆発が起こると同時に【ファイアボール】が通常ではありえない速度で標的に向かって突き進む。
【ファイアボール】が標的に当たると、爆発を起こし、それを壁ごと粉々に破壊した。
「う……そ……」
訓練場に居た全員が、その音と威力に驚愕している所に遅れて爆風が俺達を襲う。
「きゃあっ!」
女子達がスカートを押さえながら恨みがましそうに俺を睨むが、そんな事を気にする余裕なんてない。
額から冷や汗が流れ落ちる感覚を感じながら、ブリキ玩具のような動作で振り向く。
「……あの、【ファイアボール】って初等魔法なのにこんなに威力が出るんですね、あはははは……」
「んなわけないでしょ! あの射撃精度といい、威力といい、羽山君、一体何をしたの!」
「ええと、なんとなく……?」
〝私達の世界にある迫撃砲と銃という兵器の技術を応用しました。〟などと、この世界の技術レベルを考えると言えるはずもなく、あまりにも曖昧な答えをしてしまった。
彼が行った所業の詳細はこうだ。
まず、彼は一番始めに迫撃砲を思い浮かべた。迫撃砲は、装薬と呼ばれる推進薬を砲弾に取り付け、砲身内にある撃針に打ち付ける(落とす)ことによって発射される。
慶伊はアニメオタクであると同時に軍事オタクでもあった為、迫撃砲等の仕組みについては詳しい。なので、無意識の内に〝ライフリング〟や〝榴弾砲〟を思い浮かべてしまい、あの射撃精度と爆発になってしまったのだ。ありえない速度になった理由は、装薬の量を考えずに魔力を集めてしまったことによるミスである。
因みに、ライフリングとは、銃弾や砲弾が真っ直ぐ飛ぶように、砲身内に作られる螺旋状の溝のことである。日本語では施条や
「あんた達! 天賦がない羽山君ですらここまで出来るのよ! 魔法職系統の天賦を持つあんた達が負けてどうするの!」
ヘルティアさんの言葉に「……あれ? そう言えば、なんで私らは天賦がないあいつなんかに負けてんの……?」という声が上がり始め、悔しさからか魔法職系の天賦を持つ生徒達の魔力が高まる。
「あんた達! 悔しむ暇があったら一回でも多く練習するのよ!!」
その言葉に「「「おぉおおおお!!」」」と声が上がった。
一方、柱の影では、一匹の猫が「……魔法の才能が凄いにゃ……これにゃらおとーさんが魔術を教えれば……!」と期待を膨らませていた。
「──!! ふふっ、漸くお出ましにゃ。早速会いに行くにゃ!」
そう言い残して、猫は影に消えた。
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