世界渡りの神

月夜桜

第一章

プロローグ 異世界召喚なんてクソ喰らえ

 とある世界線の日本に、極々何処にでも居そうな普通の黒髪の男が居た。

 彼の隣には、こつこつとローファーを鳴らしながら歩いている青紫髪の顔立ちの良いちみっこい美少女が。彼の妹である。

 彼女は、薄花色のカーディガンとダークネイビーのフレアスカートに山吹色のショルダーバッグを肩から掛けている。また、首元からはロザリオの鎖が見えている。

 そんな彼女が笑顔で話しかけている彼の名は八神やがみ零士れいじ

 今は白のティーシャツに黒のスウェットパンツというかなりカジュアルな人の身なりをしているが、実は〝始原の祖とつい〟を司る神、世界神【名無しナムルス】の子供であったりする。

 彼は【ナムルス】の性質を受け継ぎ、始まりと終わりを意味する【れい】という真名を有している。

 一方、妹のせせらぎ瑠美るみは神的な力は殆ど無く──というよりは、兄である零士が瑠美を神格化させないようにかなり気を遣っており、人に命令を強制する【縛り言】を使えたり、神の領域に入っても死なない程度の力しかない。しかし、現代科学社会の世界に埋もれてしまってはいるが、零士や瑠美が創り出した神秘──俗に言う魔術の扱いに手練れている。

 双方ともに寿命や老化などの概念からは既に解き放たれており、実は数千歳という化け物じみた年齢であることは秘密である!


 ……そんな彼らが買い物帰りに町中を歩いていると、突然、足下に光り輝く五芒星──つまりは魔法陣が現れた。


「──ッ!? この魔法陣、行き先が世界を超克してる!? てか、パッシブが起動してねぇ!? くそっ! 《零の名の下に事象改変を却下する》! !? あっ!」


 と、思わず、そう、思わず! 追放パージ先を指定してから起動する妨害魔術を、追放先を指定せずに行使してしまったのである!

 そして、魔術の行使を終えた零士が漏らした「あっ!」という、不吉な言葉を聞いた瑠美が、兄にジト目を向けながら訊ねる。


「お兄ちゃん、あの魔法陣、パージしてたけど、もしかして……」

「あー、うん。追放先を指定するの、忘れた……。多分、今頃、日本の何処かに起動状態アクティブで移動したと思う……」


 うわぁ……と、神兼魔術師である自らの兄を非難するように見遣る。

 零士の額からたら~と汗が流れてきた! まるで滝のようだ!


「……俺、しーらね」


 明後日の方向を見ながら〝ぴゅ~ぴゅ~〟と口笛を吹く零士。


「ちょっと!」

「知らないものは知らない! いきなり人様を異世界に召喚しようとする何処ぞの名も知れぬ魔術師が悪い! 万が一、天照大御神アマテラスから呼び出しがあっても、俺は行かないぞ!」

「いや、そこは行きなよ。ステラちゃんが可哀想じゃない……」


 この兄妹は、そんな言い合いをしながら、家へと帰るのであった。


 ☆★☆★☆


 その日の夜


「た、大変です! 西大崎高校の一年生の一クラスの生徒が跡形も無く消えてしまいました! 警察はこれを集団失踪誘拐事件として──」


 という、何処かで見た事──というか、心当たりのありすぎるニュースが報道されていた。

 それを見ていた零士は血の気が引いていくのを感じながらも現実逃避をしようと無言で〝ピッ〟とテレビのチャンネルを変え──


「現場よりお伝えします! 本日正午頃──」


 ピッ


「警察の報道発表によると、集団失踪y──」


 ピッ


「見てくださいこのカニ! 凄いでs──」


 ピッ


 ──テレビの電源を消した。


「なぁーんで何奴も此奴も嬉しそうに報道してんだよ! 少しは自重しろ! このマスゴミ共がッ! つか、テレビ東○! お前らぶれねぇのな! この期に及んで美味そうなカニを映してんじゃねぇよ! 少しは流れに乗って事件とかの報道をしろよ!」


 見事な二重基準ダブルスタンダードである。


 零士が一人でぜぇはぁぜぇはぁと肩で息をしていると不意に鼻腔を擽る花の匂いがした。

 零士は「……おかしいなぁ。俺も同じ洗剤とシャンプーを使ってるはずなんだけどなぁ……」と呟く。

 そんな花の匂いを漂わせながら、白のネグリジェ姿で現れた瑠美は「? お兄ちゃん、そんなに肩で息をしてどうしたの?」と訊ねた。


「……知りたかったらテレビを見ろ。……疲れた。風呂入ってくる……」


 零士はとぼとぼとお風呂場へと向かった。


 ☆★☆★☆


 私は、お兄ちゃんが不自然な程に疲れていたのを気にして「知りたかったらテレビを見ろ」という言葉通りにテレビの電源を付けた。


「どうですか! このカn──」


 違う。絶対、これじゃない。ていうか、テレビ○京、あなた達、ぶれないのね。


 全く同じことを考えるのは、流石兄妹といったところであろう。


 ピッ


「えー、先程もお伝えしましたが、本日正午頃──」


 これだ。お兄ちゃんがパージした正体不明の魔法陣が、この学生ちゃんたちの教室に出現したんだ。……これは、ステラちゃんから私達【世界渡りシフター】に救出依頼が来るだろうなぁ……。

 伊邪那美命イザナミ様が「ちょっとあんた! まぁ~た日本の人口が (現世から) 減ったんだけど!? どうしてくれんの? 私の仕事が無くなったら、ど・う・し・て・くれんだ、あ゛あ゛ん゛??」って、鬼の形相でステラちゃんに迫るから、偶に世界渡りシフトチェンジが出来るこっちに飛び火するんだよね……。

 ……はぁ、こういう系統でのマスコミのタチの悪さは、面白可笑しく報道するところよね。お兄ちゃんの疲れの原因は報道の在り方か……。

 ま、明日にでもステラちゃんに癒してもらえるでしょ。

 なんやかんや言ってお兄ちゃんもステラちゃんの事が好k───


 パリンッ


 えっ、なに!?


「れいじ! 零士はどこ行った!? あっ、瑠美ちゃん! こんばんは~」


 八神邸の窓を『ダイナミックお邪魔します』して家の中に入って来た黒い長髪のちみっこは【天照大御神アマテラス】。巫女服的な服を着て現界したようだ。……まぁ、現界せずともこんな服装なのだが。


「う、うん。……こんばんは……?」

「瑠美ちゃん! 零士の居場所知らない? さっきから【念話】で呼び掛けてるのに出ないんだけど!?」

「……ステラちゃん、それ、多分無視されてるよ? 今、お兄ちゃんは──」


 もう、どうにでもな~れ


 ☆★☆★☆


「はぁ……疲れた……」


 零士は割と広めなお風呂で寛いでいた。


「久しぶりに【破棄ディスカード】なんて使ったな。事象・現象への干渉結果を別の場所へ移す魔術、か。追放先を指定しなくても安全に行使出来るように改良してみるか……」


 零士がそんな事を考えていると突然、脳内に聞き覚えのある声が聞こえてきた。


『零士! ちょっと零士! 聞こえてるんでしょ!? 答えなさいよ! ちょっとお話があるんだけど!!』


 なんかギャンギャン喚いているのが聞こえる。……無視しよ。


「ふぁあ~~気持ちいぃ……やっぱお風呂はいいわぁ」


 パリンッ──


「古代日本人は、本当にいいものを作ってくれた」


 れいじ! 零士はどこ行った!?──


「……《雷精よ・汝が力を以て・彼の者に裁きを──》」


 零士の右手がバチバチと帯電し始める。


 ドタドタドタ──バタンッ!


 お風呂場の扉デモンズゲートは開かれた。


「零j──」

「《──与え給え》!」


 浴槽から扉に向けて掲げられた帯電中の右手からスタンガン程の威力の雷が飛び出し、アマテラスをビリビリさせ、気絶させた。


「るみ~、そこの変態駄女神連れてこの扉閉めてくれる~?」


 呆れたような表情をして瑠美がひょこっと顔を出した。


「……魔力の残滓は……右手か。なら、手加減はしてるのかな?」

「当たり前だろ。俺をなんだと思ってるんだ? 瑠美は」


 心外だぁ! と言わんばかりに言い放った。


「何って、私が大好きなお兄ちゃんであり、戦闘狂であり、身内に手を出されると容赦が無くなる極々普通の神様?」

「……褒めてるのか貶してるのかよく分からないな。……ていうか、早くその変態連れてこの扉閉めてほしいんだけど」

「はぁ、分かった」


 本当にお兄ちゃんは仕方ないなぁ! といった様子でアマテラスの首根っこを掴み、扉閉めていった。……あのまま引き摺られているんじゃなかろうか。

 まぁ、いいや!


 思考を落ち着かせ肩までお湯に浸かる神様であった。


 ☆★☆★☆


「んで、俺になんの用?」


 零士は寝巻きに着替えて、完全に寝る気満々である。

 ソファに座った零士の机を挟んだ向こう側には、いつにも増して真面目顔のアマテラスが座っていた。

 因みに瑠美は、自分の部屋のベッドの上で、足をパタパタさせながら「むっふふ~、お兄ちゃんのお風呂、自然な流れで覗いちゃった~」とちょっとやばい事を口にしていたりするが、気にしてはいけない。いけないのだ!


「零士、貴方、今日、異世界召喚されかけたわね?」

「んー、ま、そんな事もあったなぁ」

「……〝それ〟、どうしたの?」

「〝それ〟だけじゃ、なんの事かちょっとよく分からないかな」

「異世界召喚に使われた魔法陣よ! 貴方は! それを! どうしたのか! って聞いてんのよ!」


 アマテラスの勢いに押されかけた零士であったが、踏み止まり、アマテラスの蒼碧の目を見つめながらこう言った。


「いや、あのね、今日、魔術妨害のアーティファクトを家に忘れたのよ。んで、それ知らないで、普段パッシブで発動するハズの【ディスカード】が発動しないからアレって思って急いで魔術を使ったっけ、追放先を指定するの忘れて、もうあの惨状さ」


 某北海道サイコロ旅系バラエティ番組の某氏のような受け答えをする零士。


「半分あんたの所為じゃない! 今回の召喚の所為で伊邪那美命様おかあさまがめちゃくちゃ怒ってるんだけど! どうしてくれんの!?」

「どうもこうも、あんなの、他の世界から強制的に人様を召喚する奴らが悪いんだし、俺は何もしないよ。それこそ、神々が集まり、他世界、特に我々【神界】の手を離れた世界を勝手に自分の物にして住み着いた、神や神を僭称する者を裁く【オリンポス評議会】が俺に依頼をするぐらいしないと動かんよ」

「あっそ。なら、評議会からの通達を。【神殺しゴッドイーター】の八神零士。オリンポス評議会が一柱、【天照大御神】が命じます。評議会に於いて指名手配された、神を僭称する愚かな邪神に【終末アポコリプス】を突き付けなさい。」

「……邪神?」


 アマテラスの口から出てきた、聞き捨てならない単語を聞き返す零士。

 それに対し、アマテラスは真剣な顔でこう言った。


「そうよ。貴方が評議会に送ってきた魔法陣のデータを調べたら、どうも私達【神界】の手を離れた世界に居座った邪神が、その世界の生物に干渉して召喚したみたいなのよ」

「たくっ、母さんは何してんだよ。世界を破壊せずに手放すなんて……。ま、そういう事なら行くしかないな。今回は俺の不注意もあったわけだし。評議会への出頭は?」

「必要ないわ。この件に関しては私が全権を委任されてるから」

「そうか。出立は……二日待ってくれ。今は少し、神力が足りない。最低でも二往復は出来る神力を溜めないと」

「分かったわ。それじゃあ、改めて二日後、また来るわね」

「おう」


 神界に帰るアマテラスを見送ろうとして零士が立ち上がると、何時の間にか立っていたアマテラスがスタタッと零士に駆け寄り、そのままぼふっと抱きついた。


「ねぇ、暫く会えないんだし、今日、泊まって行ってもいい……?」


 その碧眼を上目遣いで零士に向ける。

 零士は「はぁ……やれやれ、仕方ない」といった面持ちで──


「却下に決まってるだろ、バカ」


 ──と、言い放った。


「!?!? なんで!? 今さっき『はぁ、やれやれだぜ』みたいな顔したじゃない! そこは私を家に泊めるとこでしょ!? 仮にも私は美少女よ! 美少女を家に泊めないなんてあんた正気!?」

「正気だ。ほら、神界まで送ってやるから、うちから出てけ。あとな、本物の美少女は自分のことを美少女なんて言わないからな? それに、俺ら神は、容姿なんて実際の質量の範囲内でなら簡単に弄れるだろうが」


 【短距離転移ショートテレポ】でアマテラスの後ろに周り、背中をぐいぐいっと押して玄関に連れていく。

 零士は一瞬、神力を高め、それを纏ったかと思うと先程までの寝巻き姿ではなく、【世界渡り】であることを示す白色の紋章が肩に付いた黒一色の服を着ていた。


「ほら、行くぞ」

「あぁっ、もうっ! ちょっと!」


 アマテラスの手を取り、神力を使って空を飛ぶ。

 アマテラスの顔が少し紅くなっているが、それは前を向いている零士には気が付けないことであった。


「アマテラス、目的地は高天原でいいか?」

「う、うん……」

「よし。《我が母、ナムルスが名の下に命ずる・開け・次元の扉》」


 零士が神言を唱えると彼らの前方に金色の膜が出現し、そのまま彼らを飲み込んでしまった。


 ☆★☆★☆


 高天原から帰ってきた零士は徐にスマホを取り出してSIMカードを秘匿回線用に入れ替える。

 ダイアルを表示させ、09285と打ち込む。

 通話を押してから耳に当てると呼び出し音がなった瞬間に通話相手が出る。


「あ、基地司令ですか? ちょっと暫く有給を取りたいんですけど《よろしいですか?》」


 少し強めの【縛り言】を掛ける。


『了解した。受理しておくよ』

「ありがとうございます」


 お礼を言ってから電話を切る。

 零士は小さく「基地司令、すみません。これが終わったらめっちゃ働くんで許してください」と言って布団に入った。

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