スミレのせい
~ 二月二十一日(金) アンテナ ~
スミレの花言葉 無邪気
「ヘッドクオーターから各員! 長かった戦いも、もうすぐ終わる! あとしばらくだけ耐えてくれ! 玄武隊が目標を屋上へ追い詰めた! 繰り返す! 目標を屋上へ追い詰めた!」
「メーデー! メーデー! 西側階段が抜かれそうだ! 三階の部隊は万が一に備えて後方にも気を付けろ!」
「こ、こちら玄武隊! やられた! 屋上のは囮だ! 全員、女装した一年男子だ!」
「ヘッドクオーターから玄武隊へ! そのままだと逆に屋上に追いつめられるぞ! すぐに東側階段から脱出しろ!」
「玄武隊了解! 矢部! 俺とてめえで血路を開くぞ!」
「おうさ立花! 貴様の背中は俺が守る!」
「司令部! 東階段の抵抗が思ったより激しいわ!」
「このままだと逆に押し返されるかも……」
「隊長! やべっちと立花が突っ込んできた!」
「きゃーーーー! スカートめくろうとしてんじゃないわよ変態!」
「こら、逃げるなみんな! ちきしょう、男子どもめ……! 撤退! 総員撤退!
石灰トラップを発動させて東階段は放棄!」
……春も近いのどかな一日。
いつもの廊下に、いつも通りではない光景。
立ち尽くす俺の前を行きかう男性軍、女性軍。
ああ、もう一つありましたね、非日常なものが。
「みんな、無邪気でいいの」
「いいえ。邪気満タンです」
ぼけっと、水筒のほうじ茶をすすりながら。
珍しく、俺と一緒に立たされて。
のんきな冬空を眺めているのは
軽い色に染めたゆるふわロング髪を。
久しぶりの登校日だからと気合を入れて。
夜会巻きにしているのですけど。
なんでしょうね。
この剣呑な戦場の中で見ると。
それ、兜にも見えるのです。
私立の発表が終わって。
国公立の試験までは十日ほど。
狭間と言えば狭間の時期ですけど。
卒業式の予行とホームルームを行うには最適な日ですけど。
バカなのかな、このクラスは。
全員出席って。
……いや。
今はちょっぴり違いますね。
はたして。
何人生き残っているのやら。
「一旦体勢を立て直すわよ! 保健室前に集合!」
「そんな情報が駄々洩れってことは……! やっぱりいた! 図書館に奇襲部隊!」
「見つかったわ! 司令部、応援を請う! 至急応援を請う!」
「増援が来る前に壊滅させてやる!」
「いや、待て! 先生が来るぞ、逃げろ!」
「きゃー! こっちも逃げるわよ!」
「待たんか貴様ら!」
――携帯からひっきりなし。
ここに立ち尽くしているだけで。
みんなの大騒ぎが手に取るようにわかる。
最後の最後、みんなで集まる今日この日。
なんでこんなことになっているかと言うと……。
「あたしの携帯鳴らないの」
「こら。話の腰を折らない」
「寒くなったから、空飛んでる電波が弱くなった気がするの」
「そんなことあり得ないので、携帯の方が原因でしょうかね」
「道久君、背中丸めてないで。もうちょっとピンって立つの」
「…………俺、アンテナ?」
「はっ!? まさか、寒いとまっすぐ伸びるものって……」
「絶対違います」
話を戻して。
なんでこんなことになっているかと言うと。
ホームルーム冒頭に廊下へ立たされた俺たちがドア越しに聞いた限りでの話なのですが。
どうやら、この土壇場に。
性懲りもなく、柿崎君が新谷さんへラブレターを書いたらしく。
それをクラス全員が見守る中。
受け取れ
VS
やなこった
教室中を走りまわり。
挙句にクラスの全員を巻き込んで。
そんな大騒ぎの中、あっという間に勝手にいろんなルールが生まれていって。
最終的には。
柿崎君が新谷さんへラブレターを渡したら勝ちという、妙な戦いになってしまったのですが。
「…………まさか、廊下にいたせいで戦力外とは」
「助かったの」
「まったくなのです」
ああよかった。
こんなバカ騒ぎに巻き込まれたら。
百パーセント立たされる。
俺は、こうしてずっと立たされていてよかったなと。
心底感じるので……。
「何かがおかしいということに今気が付きました」
「こんなに平和なのに?」
「…………そうですね」
若干、釈然としない点に目をつぶれば。
良かったと言えなくもないでしょう。
しかし、今更思い出してみれば。
このクラスは、ずーっとこんな調子。
大人しい子も。
真面目な人も。
それなり揃っているというのに。
気付けば年中。
全員が一斉に羽目を外して。
こんな騒ぎを巻き起こしてきたのです。
「……変なクラス」
「そう? あたしは楽しいの」
そして、そんなクラスの牽引役。
もとい。
そんなクラスの発火点以上。
いつでも事の発端となっていたはずの君は。
本日はこうして。
傍からのんきに見守るおばあちゃんを決め込んでいますけど。
「あなたがこんな連中にした生みの親なのですから。無関係装いなさんな」
「そんなこと無いの。道久君が生みのパパなの」
「パパは産めないでしょうが」
「そこは現代航空宇宙工学の粋を集めて……」
「頼る相手」
医学とか。
逆に、文学とか。
もっと違う人に頼りなさいよ。
さて、ほうじ茶の香りがよく似合うのんきな週末に。
似つかわしくないバカ騒ぎの方は。
どうなったのでしょうか。
そう思って顔を上げれば。
廊下の向こうに固まる女子一同。
ざっと見て十人強。
おそらく全員が集まっているようです。
「囲まれたわ!」
「ここは逆に、先生を利用しましょう!」
「男子を巻き込んで先生に掴まれば半数は逃げ切れると思うわ!」
「ダメよ! あっちからは敵の本隊が来る!」
そして俺たちの前を女子一同が通り過ぎて。
今度は逆向きに走り去って。
さらに戻ってきたところで。
とうとう先生と男子とに挟まれてしゃがみ込んでしまうと。
「よ……、ようやく追い詰めたぞ新谷! 俺の思いのたけを食らえ!」
石灰やら泥やら葉っぱやら。
体全体をマーブル模様に塗り上げた柿崎君が、噛みつかんばかりの勢いでラブレターを掲げると。
「分かった! あたしの負け!」
女子一同に護られた一番奥から。
白いハンカチを振りながら。
新谷さんが顔を出してその便箋を受け取ります。
……大歓声と。
悔しそうな悲鳴と。
学校中に響き渡るほどの。
三十人による大合唱。
そして、英雄になった柿崎君が。
男子一同からの熱い抱擁でもみくちゃにされるのです。
そんな大騒ぎを。
呆れ顔で眺めていた俺の横から。
ぽつりと聞こえたつぶやきは。
「……柿崎君が勝ったみたいだけど」
「ええ、そうですね」
「勝ったら、どうなるの?」
「それはもちろん……」
そこまで話したところで。
俺の代わりに。
当事者が答えを教えてくれました。
「やった! 苦節十八年! とうとう俺にも彼女ができたぜ!」
「え? それは無理」
…………ええ。
勝ちか負けか。
そんな話にはなりましたが。
誰も、ラブレターを渡せたら付き合うなんて言ってません。
一同揃って、そりゃそうだと頷きながら。
膝を落として呆然とする柿崎君を置いて教室へ戻っていくのですが。
そんな彼を眼下に見据えて。
廊下に立ち尽くしている人がいるようで。
「先生。さすがにどう沙汰を下したものか悩んでいらっしゃるようですね」
「うむ。上手い沙汰はないか?」
「そんなの簡単なのです。このバカ騒ぎに加担してない俺と穂咲を座らせて、後の皆を廊下に立たせればいいのです」
「それでは柿崎の気概が浮かばれんだろうが」
「いいえ? 結構平気だと思いますよ?」
だって、あの柿崎君が。
この程度で引き下がるとは思えない。
そして俺の沙汰が採用されると。
予想通り、廊下では柿崎君の無謀なアタックが再び始まって。
男子対女子。
いがみ合いから罵り合いへ。
とうとう第二回戦が開始されると。
今度は他のクラスの三年生。
さらには二年生、一年生を巻き込んで。
挙句に卒業生まで召喚されて、校外へとフィールドを広げ。
街をあげてのバカ騒ぎへと発展してしまったのです。
俺と穂咲は、そんな大惨事を生みだした黒幕として。
軽トラックの荷台へ立たされて。
市中引き回しとなったのでした。
「あ! アンテナ立ったの!」
「ええ。しっかり立ってないと落っことされますからね」
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